コメディ

2020年09月11日

『この町ではひとり』『きょうも厄日です』で大ファンになった山本さほさんの目下の代表作とされる『岡崎に捧ぐ』全5巻を読みました。


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面白エピソードの数々
①輝かしいマンガの裏には必ず隠れた名作がある。というのが山本さんと岡崎さんに共通する確信で、
読者投票の下位の作品に肩入れしてしまう。順位が上がっていると二人でガッツポーズ。

私なんか下位のマンガを完全にバカにしていたからなぁ。一流になれる人とはそういうところが違うのかな。


②中学は二人そろって剣道部(何と自己主張しない岡崎さんが山本さんを誘って入部)で、通称「山本を探せ」という遊びが流行った。剣道着を着たまま、いろんな部活の練習に参加し、迷惑がられるどころか馴染んでいたという。

私にはこのような野放図さがなかった。

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③優等生の森くんにとんでもない罰ゲームをさせてしまったこと。

森くんは「とても楽しかった」と喜ぶのだけど、やってはいけないことをやってしまったという後悔と自責の念にかられる山本さん。

似たような経験があるような気がするが思い出せない。


④イケてる女の子のグループに入れてもらって一時的に岡崎さんを裏切ってしまい、号泣して謝ったこと。

これは完全に同じような経験があるなぁ。といっても裏切った山本さんじゃなくて裏切られた岡崎さんと同じ経験。でも私は彼から謝られたりしなかった。その日を境にまったく喋らなくなってしまった。いま彼はどこで何をしているのか。そもそも生きているのか。もう永久にわからないのか。


⑤岡崎さんとのメール。まだネット黎明期だったからか、必ず電話で一報入れてからというのが面白い。しかもそのメールが「岡崎さんへ うんこ 山本より」だったりする。

子どもは本当にウンコとかオシッコガ大好き。私はいまでも好きだが。。。


⑥岡崎さんは常に眠い。人生に一度だけ朝起きて今日は眠くないと思った日があるとか。その日はいろんな人から「目が大きい」と言われたそう。

「人生で一度だけ眠くないと思った日がある」ってそんな人間がいるのか⁉ 爆笑。


⑦「わたし、山本さんの人生の脇役として生まれてきたんだと思う」

自分を主役だと思わない人間に初めて出会った山本さんの衝撃たるや。そしていま、自分自身を主役にしたマンガを描きながらも最終的に岡崎さんという無二の親友の素晴らしさが浮かび上がる、つまり、主役でなかった人間が主役以上に大きい存在になる作品をものした。


⑧高校の同級生は話が合わないと、球技大会の日に別の高校に進学した岡崎さんを呼んで体操服を着せてドッジボールを応援させた。岡崎さん居心地悪い思いしてないだろうかとチラと見ると、めっちゃ馴染んでて驚愕。自分が3年かかってできなかったことを岡崎さんは10分で達成した。

私も高校ではクラスに一人も友だちがいなかったからよくわかる。

岡崎さんは悩まない。(母親が3か月行方不明でも平気)
岡崎さんは怒らない。(山本さんに何をされても平気。むしろうれしい)
岡崎さんは変わらない。(怒りっぽかった妹は大人への階段を上がっているのに)

岡崎さん、岡崎さん、岡崎さん。


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最初は岡崎さんのほうが山本さんを必要としていたのに、いつの間にか山本さんにとって一番大きな存在になっている。そして変わらない岡崎さんもいつしか結婚相手を見つけ、山本さんはどうしようもない寂寥感に襲われる。

わかる。わかるぞ、その気持ち。


山本さんの焦燥
私は岡崎さんとの友情やバカ話も好きだけど、それ以上に山本さん個人の人生に対する焦燥感のほうに興味をもちました。

やはりこの『岡崎に捧ぐ』の20年間の一部を切り取った『この町ではひとり』を先に読んだのが大きいのかもしれない。

高校では周りの学力が低く、授業なんか聴かなくても高得点が獲れた。それで学校をさぼる癖がついたが、それを知ったお母さんが叱るよりも涙をぽろぽろこぼして泣き、何という親不孝者かと自らを責めた。それでもさぼり癖は治らなかった。

私も高校では登校拒否をしていましたからね。しかし、うちの親は私の心配よりも、息子が学校へ行っていないことを恥じる気持ちしかなかった。つまり「世間体」というやつ。私が世間体とやらを一切考えない人間になったのはこのときの経験が非常に大きかったと思っている。

だって、中学校くらいまでは、雨が降ってないのに傘をもっていったら笑われるだろうか、とか、周りの目をものすごく気にするごく普通の子だったんですよ。それがいまは周りの目なるものなど存在しないかのように生きている。おそらく私は全身全霊で両親を否定するために生きているのです。


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「一度何かから逃げたら、一生逃げ続けないといけないんだな」

美大受験を決めるもゲームばかりして不合格。そして関西へ逃げ、「この町ではひとり」状態となる。実家に逃げ、ニート状態を許してくれる母親に甘え、そして「このままでいいのか」という焦燥感にかられる。

私も同じような人生を歩んできたからよくわかる。

大学受験をやめた、そんな世界とは縁を切った、と言っているけれど、逃げたのかもしれない。
脚本家を目指すために撮影所を辞めた、と言っているけれど、逃げたのかもしれない。
シナリオからも逃げて、いまは小説を書いている。

逃げ続ける人生。でも一周回って何かに出逢うかもしれない。いまだに何にも出逢っていないが。


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2020年09月05日

『深夜のダメ恋図鑑』最新の第7巻まで読みました。



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前回の記事
感想①女たちの痛快なブチキレ劇


セクハラ・性犯罪の本質
ダメンズとダメンズ・メーカーの女たちの物語ですが、今回第4巻から第7巻で一番印象的だったのは、第6巻の「斬新きわまりないセクハラ」ですね。

セクハラに「斬新」なんて言葉を使ったらいけないのかもしれませんが、へぇ~、こんなセクハラがあるの⁉ と驚愕しました。

そのセクハラとは……

主人公の一人である古賀円が駅のホームで電車を待っているとき、後ろに立っている男がケータイで話をしているふりをして、ずっと卑猥な言葉をつぶやいている。円に聞かせるように。

卑猥な言葉を口にすることが純粋に快感なのか、それを若い女に聞かせて反応を見るのが楽しみなのかは円にもわからなかったようですが、いずれにしても「他人を不快にすることで自分だけがエクスタシーを感じる、「そんなタイプの変態がいるんだ」と円はキモすぎて吐きそうだったと述懐するのですが、いやはや、私も想像しただけで何だかいやな気持ちになる。

私は男だし、実際にそういう現場に遭遇したわけじゃないから円ほどの嫌悪感はもてないけれど、こういうことをされて、でも誰にも言えず、精神に傷を負う人がいると思うと本当に反吐が出ます。

痴漢やレイプは性犯罪にカテゴライズされる犯罪だけれど、私はそれよりも何よりも「弱い者いじめ」だと思っています。力の弱い女を腕力でねじ伏せてほしいままにする、声を上げられない弱さにつけこんで好き放題する、それはとても卑怯なこと。性的な快感を得たいのではなく、弱い者を組み伏せることに快感を見出すのが性犯罪の本質だと思うわけです。

円の後ろで卑猥な言葉をつぶやいていた男も、結局同じですよね。

だって電車を待っているときなわけだから、そのあと同じ電車に乗るわけでしょ? もしかしたら家まで尾けてくるかも、という恐怖とも闘わないといけない。何とか撒かなければいけない。でも足の速さは男のほうが断然上。

実際に行っている行為は口を動かすだけだけれど、身体能力の高さを後ろ盾にしているわけです。女より筋肉の量が多いことが根っこにある。

そう、痴漢やレイプは「筋肉の量の男女差」というどうしようもない現実が根っこにあると思うんですよね。体の仕組みが違うのだからこれはどうしても解決できない。ならば男の意識を変えるしかない。男の意識を変えるには女が上手にキレなければいけない。


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前回の記事で、脳科学者の中野信子さんが「上手なキレ方を教えてくれるのが『深夜のダメ恋図鑑』」と紹介していたと書きましたが、円や千鳥佐和子のように思わず喝采を贈ってしまうキレ方をする女性が増えるといいなと思います。もちろん、われわれ男性も卑劣な同性に上手にキレることが大前提ですが。


いとおしいダメンズたち
痴漢男のような卑劣漢と違い、佐和子の元カレで典型的なダメンズの諒くん(ちょいとデフォルメされすぎの感はありますが)や、円の会社の取引先の市来という男などは、確かに「家事は女の仕事」「男に文句を言う女はかわいげがないからダメ」みたいな前時代的なことを平気で言うダメンズではありますが、少なくとも卑劣ではない。

だから、円は市来と映画を一緒に見るし、佐和子は佐和子で、諒くんが別れてもまだ自分をあてにすることに辟易しながらも、諒くんの今カノのところに一緒についていってあげたりする。

上記の痴漢男や、円の上司でとんでもないセクハラ部長などに比べたら、諒くんや市来がめちゃくちゃかわいいというか、最初は「何だこいつは」という腹立たしい気持ちで読んでいたのに、いまじゃだんだんいとおしくなってきたから不思議。作者である尾崎衣良さんの筆力は相当なものです。


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こういう設定の円ですが、市来がもしかしたら最初の男になるのか。
佐和子さんと諒くんの行く末は?

先が気になってしょうがないですが、7巻が出たのが6月なので、8巻は来年1月くらいでしょうか。

嗚呼、待ち遠しい。

円と佐和子の他に、八代という男と結婚しようとしている千代という女性がちょいと邪魔になってきました。もう円と佐和子だけで行ってほしい。勝手なお願いですが。






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2020年08月16日

先日、『この町ではひとり』を読んだので、今度は同日発売だったらしい『きょうも厄日です』の第1巻を読みました。しかし暑いっすね。

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これも面白かった!
コミック・エッセイという位置づけですが、『この町ではひとり』が思い出したくない街・神戸での思い出したくないあれやこれやについての物語だったからか、トーンが暗かったのでそういう作風の人だとばかり思ってましたが、本領はおそらくこっちなのでしょう。かなりコミカルです。

コミカルといってもエッセイだから自分自身を嗤うのです。他人を嘲笑うお話なんて誰も読みませんものね。

全部で20以上のエピソードから成る短編集ですが、特に気に入ったものを挙げると……


「書字表出障害」(ディスグラフィア)
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山本さほさんは漢字が書けないらしいんですね。小学生レベルの漢字なら書けるとのことですが、それ以上のレベルとなると無理。マンガ家になったいまでも常に左手に辞書をもっているとか。左手で調べて右手で書いているらしいです。

学習障害のひとつらしいですが、他にも、

・字が読めない
・計算ができない
・カタカナだけ読めない

などなど、さまざまな種類があるそうです。(カタカナだけ読めないというのは初めて聞きました。字が読めないのは「ディスレクシア」といって有名ですよね。トム・クルーズやアインシュタインなどがそうとか。他にもいっぱいそういう有名人がいるらしい)

山本さほさんは、特にサイン会が苦手らしく、相手がじっと自分の手元を見ているから緊張度マックスでよけいわからなくなるらしい。そういうときはいつもなら書ける小学生レベルの漢字も無理になってしまうとか。

私はそういう障害が何もないので恵まれているんだな、と思う反面。実は少しも恵まれていないとも思うのです。

なぜならば……


「運」をもっている山本さほ
高校生の頃にバイクの免許を取った作者は、中学の頃スクールカースト上位だったイケメンくんと再会する。で、彼を後部座席に乗せることになるんですが、彼が乗った途端、車体が傾いてしまう。ここでこけたらあまりにかっこ悪すぎると思った作者は火事場の馬鹿力を発揮して160キロの車体を足で支えた。が、このときマフラーに密着した足が重度のやけどを負ってしまう。全治何と1年!

他にも、マッサージが大好きな作者が入ったマッサージ店で「私はとてもうまいんです」と自慢ばかりするマッサージ師にものすごく力の入ったマッサージを受けるんですが、終わって足を見たら何と内出血だらけ。全治1か月。

さらに、巻頭にあるエピソードですが、まだデビューして数年しかたっていない作者は、無名時代にSNSにプライベート写真をたくさんアップしていたらしく、それを手掛かりに何者かに住所や家族の名前などあらゆる個人情報を特定されてしまっていた。

などなど、不運な毎日ばかり送っているかのよう。

でも、マンガ家としては、特にエッセイ漫画家としては不運な自分を嗤う作品のほうが面白いに決まっているわけで、「山本さほは幸運な人生を歩んでいる」といっていいんじゃないでしょうか。

ネットで個人情報を特定されていた件では、ある先輩が怒りに任せてリプを送ったら静まったとか。普通なら怒りを買って刺されたとしても不思議じゃないのに、それはなかった。ここぞというときに本当の「幸運」に当たるんですから、この人の運は相当なものなんじゃないか。うらやましい。

これから『半沢直樹』を見るのでもう時間がありません。

他に気に入ったエピソードは『おぎぬまX』『岩手』『切ない恋のお話』です。

山本さほ、これから一生追いかけていくマンガ家さんになることでしょう。


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きょうも厄日です 1 (文春e-book)
山本 さほ
文藝春秋
2020-06-30




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