社会批評

2021年08月20日

2,3日前に「スマホOK映画館を作るべきでは」という声が紹介された記事を読みました。

何でも、「90分とか120分とか長時間映画館の席に縛られるのが耐えられない」「スマホでLINEをチェックしたり気になる情報を見たいから上映中にスマホを見たくてしょうがない」という集中力のない若者が激増しているからとか。

笑止千万。そんなもんアカンに決まってるやろ! 映画はスクリーンに反射した弱い光の明滅であって、スマホの強烈な光がそこかしこから差し込んだらちゃんと見れないではないか。それ以前に、90分も我慢できないなら映画館に来るなと言いたい。

スマホOK映画館に関しては以上の言葉しかありませんが、ツイッターでは映画館におけるマナーを語る人たちが急増して、私はそっちのほうに興味をもちました。

「ぺちゃくちゃ喋るな」
「レジ袋をガサガサやるな」
「トイレに何度も行くなら真ん中に座るな」

こういうのなら大賛成ですが、「映画館に飲食物をもちこむな」という言説にはまったく賛同できません。彼らは「映画館のコンセッションスタンドで売ってるものを買わないと映画館の収益が上がらない」というんですが、私たちは映画館を儲けさせるために映画を見てるんですか?

以前にも書いたことですが、映画館への飲食物のもちこみは何ら問題ありません。

チケット代の半額は配給会社へ返さないといけませんが、飲食物の売り上げはすべて映画館の懐に入る。儲けようとして「コンセッションスタンドでお買い求めいただいた飲食物以外のもちこみを禁止させていただいております」などとアナウンスしているわけです。

映画館は映画を見せるのが本業であって、飲食物販売は副業にすぎません。チケットは買わないと入れないが飲食物は買わなくても入れるでしょ。そういうことです。映画泥棒したら捕まるけど、飲食物をもちこんでも「持ち込みは遠慮してください」と嫌味言われるだけ。あるいは何も言われない。そういうことです。

しかし、そんな私でも飲食物を買う映画館があります。

神戸の映画ファンなら誰でも知っているパルシネマさんやシネマ神戸さん、元町映画館さんです。前者二つは二本立てで見せる名画座。(ちなみにこの三つの映画館はすべて飲食物の持ち込みOKです。本当に持ち込みがダメならなぜOKの映画館があるのでしょう?)


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(パルシネマ)

私は人見知りなのでこちらから映画館のスタッフに話しかけることはないし、強面なので向こうから話しかけてくることもないですが、他のお客さんとスタッフや支配人さんが喋っているのは何度も見たことがあります。シネマ神戸さんや元町映画館さんでもね。

「今日の映画は最高やった。今年一番やね」
「ありがとうございます。自分が作ったわけでもないのにすごくうれしいです」

こういう「人間の顔」がちゃんと見えている昔ながらの牧歌的な映画館なら、「少しでも助けになるなら」と紙コップのコーヒーを買ったり、駄菓子を買ったりします。(ポップコーンやホットドッグなどは置いていない)

でも、「持ち込み禁止」を謳ってるところってどこも大手シネコンで、お客さんとスタッフが会話してるところなんて見たことない。具体的な「人間の顔」が見えない映画館を「助けてあげよう」とはどうしても思えない。思える人の感性がわからない。

映画とは「人間の営み」を映し出すもの。なのに「人間」が見えないところ、「システム」しか見えないところに対し「助けてあげよう」と考えるのは人間の営みに反しています。極言してしまえば、システムだけが露骨に前景化して人間が後景に退いているものを人間扱いする人は映画ファンにあらず!

それから、我々映画ファンは映画の「消費者」です。そして消費者とはマルクスによれば「労働者」です。労働者がなぜ資本家を肥え太らせるために行動するのか少しもわからない。『怒りの葡萄』を見て何を学んだのでしょうか。

ところで、映画館を支えるためにお金を落とそうとはいっても(この「お金を落とす」という言い方が私はすごく嫌い)製作者たちにお金を還元しようという声が上がらないのはどうして? 

あるサイトでは、「チケット代の半分が配給会社に取られる」みたいな書き方がされてましたが、違うでしょ。製作会社が映画館に半分も取られてるんでしょ。残りの何割かは配給会社が取り、製作会社の取り分はごくわずか。農業と同じですね。作っている人が一番儲からない。この仕組みに少しも疑義を呈さず映画館だけ儲けさせようというのが本当にわからない。

食欲はなくなることがないから、飲食物の売り上げはある程度あらかじめ確保されています。それで充分では? それ以上助けてあげる必要はありません。そんな余裕があるなら、クラウドファンディングにでも回したほうがよっぽどいいぜ。

製作・配給・興行。この三つはどれも大切だけれど、土台となるのは製作でしょ。作る人がいなくなったらいくら小屋があってももう映画は見れなくなる。

それに料金設定が高い。一番小さいサイズのドリンクでも250円とか300円もする。いくら何でも高すぎ。普通に100円とかで販売したらどうか。それなら買ってやってもいいが。先述した牧歌的映画館で売ってるドリンクや駄菓子はまさに100円程度。

高い料金設定をして、そのうえさらに持ち込み禁止と洗脳する。ボロ儲けする気満々なのが見え見え。なのに騙されている人の何と多いこと。

自分たちが収奪されていることに早く気づいたほうがいい。


関連記事
映画館への飲食物持ち込み禁止ルールなんか守らなくてOK!
映画館を味わい尽くそう!(シネマ神戸さんで思ったこと)

映画館と観客の文化史 (中公新書)
加藤 幹郎
中央公論新社
2006-07-01





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2021年08月11日

少し前に失業して職探しをしているんですが、最近、やたら腹が立つことがあります。

それが、履歴書の「性別」という項目。

私はLGBTQでも何でもなく、ごく普通の男ですが、履歴書の性別の項目をなくすべきだと思うのです。(この「ごく普通の男」という言い方自体が生物学的には大問題なのですが、それについては最後に書きます)


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JIS規格から「性別」はすでになくなっているらしく、コクヨなどが作っている手書きの履歴書ではすでに性別欄がないらしいです。欄があるものでも「性別の記載は任意です」との但し書きがあるとか。

私は手書きじゃなくて、あるサイトを利用してパソコンで作っていて、そのサイトではいまだに「性別は必須項目」となっているんですが、そんなのはもう時代遅れのようで、性別の記入は「不要」「任意」というのが常識だそう。

私が「性別の項目をなくすべき」と言っているのは、各企業が独自に用意している履歴書というか、企業は「アンケート」などと称してますが、エントリーシートみたいなやつです。

ネットから応募する場合は、たいていその会社から「簡単なアンケートにお答えください」というメールが来て、その会社の独自フォーマットに名前や住所、学歴、職歴などの個人情報を書いて送信するのが主流なんですが(それアンケートとちゃうやろ)そのとき、性別の項目に「男性」「女性」の選択肢の他に、「どちらでもない」「答えたくない」という三つ目の選択肢が増えていることに今回の職探しで驚愕したんですね。

最初はいいことだと思ったんですよ。体は男だけど心は女、私はどっちと書けばいいの? というような人や、「そもそも仕事に性別なんか関係ない。有能な人を雇えばいいんだから性別を書かせること自体がナンセンス!」というような人にとって三つ目の選択肢があるというのは非常にいいことだと。

でも、いや、これはちょっと違うぞ、と最近思い始めました。


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「どちらでもない」「答えたくない」という欄を設けるくらいなら、コクヨの履歴書のようにそもそも性別の項目をなくせばいいじゃないですか。わざわざ三つ目の選択肢を増やすというのは、性的マイノリティに配慮しているように見えて、その実、差別主義者が悪意をもってそうした可能性もあると思う。いや、その可能性はかなり高い。

私は事務系の仕事を希望していて、そういうのは女性が優遇されやすいんですよね。はっきり「女性限定」と言ってくるところもある。だからそういう企業にとって三つ目の選択肢は「うちはマイノリティへの配慮がある企業ですよ」というアピールでしかなく、実際は男性を落とすための口実でしかない。

でも「女性限定」というのはいまに始まった話じゃなく、男女雇用機会均等法が施行されてから「男性限定」はなくなったものの、女性限定はまかり通っている。何で男だけが……とは思うものの、そんなことに腹を立ててもしょうがない、次を探そう、と完全に諦めているので特に問題はないんです。

ただ、三つ目の選択肢を選ばざるをえない人たちのことを考えるとはらわたが煮えくり返るのです。

「どちらでもない」「答えたくない」という三つ目の選択肢というのは、LGBTQの人への差別を助長しかねないと思うんですよね。というか、差別するために新しい選択肢を増やしたとしか思えない。だって、「どちらでもない」「答えたくない」という選択肢を増やすくらいなら性別の項目自体を削除したらいいんですから。そのほうが簡単でしょ。

三つ目の選択肢にチェックが入っていたら、それだけで落とす企業も世の中には結構な数あると思う。

マイノリティへ配慮しているふうを装ってマイノリティを排除している。

だから最近は性別の項目に「男性」とチェックを入れるたびに憤りを感じるんです。この項目自体を削除しろよ、と。


蛇足
冒頭に書いた「ごく普通の男」問題。
BSプレミアム『ヒューマニエンス 40億年のたくらみ』によると、100%の男も100%の女もいないとか。性というのは、常に男と女の間を揺れ動くグラデーションなんだそうです。つまり、はっきり「男」「女」「どちらでもない人」の三種類いるわけではなく、すべては「濃淡」の問題とか。

履歴書の性別問題も、「男性」「女性」「どちらでもない」or「答えたくない」の三種類しかいないと仮定して議論が進んでいますが、そうです。性別というのは「仮定の話」でしかないのです。いまこの人は90%ほど男だとか、いまあの犬は80%ほどメスだとか。でも次の瞬間、この人は85%男だというふうに揺れ動く。これは推測ですが、「どちらでもない人」というのは、50%あたりで揺れ動いている人なのかな、と。

我々男にはショッキングな話ですが、将来、男はいなくなるそうです。ハリネズミはすでにY染色体をもったオスがもう一匹もいないとか。オスだけがもつY染色体は生物の長い歴史でどんどん短くなっているらしく、いつ消えてもおかしくないらしい。50万年後かもしれないし、明日かもしれない。

性別が本当に意味をなさなくなる時代は、もう目の前に来ているのかもしれません。


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