社会批評

2021年03月20日

ちょいと前ですが、看過できないニュースを読みました。

何と、映画や動画などを見るときに倍速で見る若者がいまや多数派を占めると。


内容がわかればいい⁉
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何でも、いまどきの若者は「コスパ」を異常に重視するとかで、スマホでツイッターやらインスタやらLINEやらを常時見てないと安心できない。そこへさらにYouTubeで話題の動画を見たり、テレビのドラマや映画など話題の作品を見ておかないと友だちとの話についていけない。だから倍速で見るというんですね。普通の速度で見ると「時間を無駄にしている」と思うらしい。

いやはや、そんな見方をするほうが時間の無駄だとおじさんは断言します。

しかし、まだ倍速で見るならいいほうで、中には「内容さえわかればいい」と、ネタバレしているブログやらまとめサイトなどであらすじや結末を知っておけば流行に乗り遅れなくてすむと信じている輩もいるとか。


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いやはや。私が高校生ならこんな目で世をはかなんでいることでしょう。

映画や文学など「作品」のことを「コンテンツ(内容)」なんて言うようになったからこんな人たちが跳梁跋扈するようになったんじゃないですかね?

映画や文学は「時間芸術」でもあるのにその時間を味わわず、内容だけわかればいいというのは笑止千万。

なぜ笑止千万か。


健康のためなら死んでもいい人たち
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以前働いていた職場で、まさに健康のためなら死んでもいい人がいました。その人は、食事を栄養補給の時間としか考えていませんでした。

血栓を予防するにはこの食材をこう調理して夜食べるのがいい、とか、便秘を解消するにはこの食材をこう調理して朝食べるのがいい。などの健康蘊蓄をたくさん聞かされました。で、その人は食べる順番から量まですべてを管理していると。旦那さんにも「その順番は違う! これはそれ以上食べたらダメ。こっちをもっと食べて」といちいち叱りつけるんだそうです。

こんな人と結婚したら人生の墓場だと思いませんか?

食事の時間は何より団欒の時間なのに、食材に含まれる栄養素をいかに効率よく摂取するかということにしか関心がない。毎日毎晩叱られてたらストレスが溜まって逆に病気になってしまいます。

料理を食べているのではなく、栄養素を摂取しているだけ。機械に油を指すようなもの。それが「食事」ですか?

映画や動画を倍速でみて内容だけわかればいいと言っている人たちも同じです。効率よく内容だけ摂取しても、そのときの話題にはついていけるかもしれないが、長い人生の滋養にはなってくれません。心が風邪をひいてしまいます。


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これは中国の授業風景だそうです。

目を輝かせて教師の話に聞き入るのと映画や文学をじっくり味わうのは同じ。問題は量ではなく質。話題になんかついていけなくていいから我が道を行ってほしい。

すべての若者が人生の滋味を味わう輝かしい顔になってほしいとおじさんは切に願っています。









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2021年02月07日

森喜朗の「女性がたくさん入った会議は時間がかかる」という女性蔑視発言問題は、その謝罪会見で逆ギレして火に油を注ぐ結果に終わってしまいました。


自分の中にひそむ「内なる森喜朗」
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正直に言いますが、私も男だから、森のような女性観を少しはもっているような気がします。女性が激怒しているのは当然だけれど、男で森を非難する人に言いたいのは「自分の中の内なる森喜朗」のことを少しは省みるべきではないか、ということです。

「森のような下劣な考えは自分の中にはまったくない」と言い切れる男を私は一切信用しません。

ここから話をガラリと変えて、「女性蔑視の観点から人類の歴史から排除された競技」について語ります。


里見香奈女流名人のニュース
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ついさっき、里見香奈女流名人が12連覇を果たしたというニュースを見ました。

私も昔は将棋をたしなんだものですが、最近はさっぱり。藤井聡太くんが四億手先まで読めるAIが悪手と判断したが六億手まで読めるAIは最善手と判断したすごい手を打ったと聞いたことはありますが、それがどういう局面のどういう手なのかまだ知りません。

さて、かなり昔ですが、女流名人のニュースが話題になったとき、「なぜ男と女に分けるのか。差別じゃないのか」と言った友人がいました。

別に分けてるわけじゃないんですよね。実際、里見香奈さんは普通のプロ棋士を目指して登竜門である奨励会に入会しています。でも女子の間では圧倒的に強くても、どうしても論理的思考力では女性より男性に分があるようで、結局、定められた年齢までに三段から四段に上がることができず、退会しています。

だから、男も女も一緒に将棋を指せる世界(といっても実質男だけの世界)でやるよりは、「女流」というカテゴリを作らないと、将棋で飯を食っていきたい女性の道を閉ざすことになってしまう。だから女流というカテゴリは差別ではないんだ、という説明をしました。囲碁も同様でしょう。


スポーツも男の世界

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世の中にはいろんなスポーツがありますが、肉体を使うのだからどれもこれも男のほうが有利ですよね。だって筋肉の量が違うんだから。

他のスポーツのことはよくわかりませんが、少なくともサッカーでは将棋と同じように女子を差別していません。女子も実力が伴えば普通に男子に交じってプレーできます。

ただ、どうしても体格が違うから当たり負けしてしまうし、足の速さだって違う。シュートの威力だって違う。どうあがいても男子にはかなわない。だから女子だけのリーグや大会があるわけです。

しかしおかしいと思いませんか? 肉体を使うスポーツでも頭を使う将棋や囲碁でも、「なぜ女性が男性に絶対かなわない競技しかないのか」と。

私は、男性優位の社会が連綿と続いてきた歴史の中で、女性が男性に勝てる競技は男性の政治力によって排除されてきたと考えます。


女性が勝てる競技は排除されてきた
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例えば、女性は男性より嗅覚が優れているといいます。嗅覚細胞は女性のほうが1.5倍多いんだそうです。

だから、嗅覚を競う競技があったら女性が絶対勝つと思うんですよ。


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あと、誰が嘘をついてるかを当てる競技とかね。俗に「女の勘は鋭い」といいますが、おそらくそういう競技があれば女が勝つ。

嗅覚を競う競技とか誰が嘘をついてるか当てる競技とか、そんなの競技があるわけないじゃないか。

と思う人もいるでしょうが、それは我々がそんな競技がないのが当たり前の世界に生きているからです。

村の祭りなんかでそういう遊びって絶対あったと思うんですよ。でも、女が勝てる競技は男たちが自分たちの優位さを保てなくなると考えて排除してきたんだと思います。


森喜朗の発言をもう一度考える
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森喜朗の発言をもう一度考えてみましょう。

「女が入った会議は時間がかかる」⇒「女のいる会議は時間がかかるから男は退屈である」

と読み替えたうえで、会議を競技に変換してみると……

「女性が勝てる競技は男にとって退屈である」になってしまうじゃありませんか!

オリンピックでは様々なスポーツ競技がありますが、スポーツである以上すべて「女性が男性に絶対勝てない競技」なんですよね。だから大会組織委員会の会長がこういう発言をするのは当たり前なのかもしれません。


「競技」というものを考え直す
これをいい機会にスポーツというものを考え直してみるべきじゃないでしょうか。

東京オリンピック2020では、空手、スケートボード、スポーツクライミング、サーフィンが新競技として採用されるらしいですが、すべてスピードや腕力が要の競技ですよね。まだ正式種目にはなっていないeスポーツだってやっぱりスピードが要だろうから男子のほうが有利でしょう。(ゲームには疎いのではっきりとはわかりませんが)

いまの社会では「嗅覚を競う競技」のように、女性が男性に勝てる競技を「競技」として夢想することが困難になっています。おそらく女性自身もそのような競技を思いつくことができなくなっている。男性が常に女性に勝てる競技だけが「競技」として普及した世界でずっと生きているわけだから。

でも、その歴史をここらへんで終わりにするべきだと私は考えます。

男が優位に立てる競技だけでなく、女が優位に立てる競技も併存している社会。21世紀には無理でも、22世紀にはそんな社会を作り上げてほしい。そのための礎をいまから作っていく。

せっかくコロナ禍で延期になったのだから、それぐらいのことは考えようではありませんか。





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