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2021年07月11日

ホラーというよりは、一人の人間の人生を仕組む政治の残酷を描いた哀しいドラマ。トビー・フーパーの1989年作品『スポンティニアス・コンバッション/人体自然発火』。(以下ネタバレあります)


『トゥルーマン・ショー』のような
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1955年の8月6日、広島に原爆が落とされた日からちょうど10年後に生まれたサムという男が主人公なのですが、34歳になる現在、教職についています。バツイチですが子どもはないようで、新たな恋人と結婚しようかと考えているごく普通の男です。

その男が意外すぎる出生の秘密を知ってしまう。「自分の人生がすべて仕組まれていたことを知った主人公が仕組んだ奴らに復讐する」これがこの映画の「一言ストーリー」です。

人生が仕組まれていた、といえば、思い出されるのがジム・キャリー主演の『トゥルーマン・ショー』。

あれはリアリティショーの主人公として育てられた男が、自分の人生が実は全米のテレビで24時間放映されていることを知る映画でした。主人公が家族や友人と思っていた人物もすべては役者。すべてを仕組まれた人生から退場することでハッピーエンドを迎える素敵な映画でしたが、結構簡単に脱出できるぶん能天気な映画とも言えました。

この『スポンティニアス・コンバッション』はより壮絶です。


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何しろ、両親は水爆実験場で人体実験をされていた。放射能の免疫を作るためのワクチンをアメリカ政府と軍が開発していて、そのワクチンを打たれ、シェルターで水爆の爆発を体験する。無事生還し、子どもも産まれるものの人体自然発火=SHCという現象を起こして二人とも死んでしまう。

デビッドという名前の彼らの子どもは、サムと名前を変えられ、両親は溺死したとの嘘の履歴を作られる。もちろん、SHCの事実など知らせるわけもない。

サムの住んでいる町では新しい原発が稼働間近なのですが、前妻の祖父ルーがその会社の経営者で大富豪。しかもあの実験の首謀者でもあった。ルーは常にサムを監視し、自分の孫のレイチェルを妻としてあてがい、彼女が離婚したら今度はリサという女を妻にしようとする。すべてはルーの計画。サムのすべてはルーがこしらえたもの。


『ザ・フライ』のような
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サムは何とかルーたちの計略から逃れようとします。そしてリサに電話するも、もう彼女の言うことが信じられない。「おまえもグルだったのか!」と。でもリサもまた犠牲者なのです。リサもサムと同じように自然発火能力をもっている。

ここらへんは『ザ・フライ』みたいでした。ホラーという枠組みの中でラブストーリーをやっています。リサはレイチェルとは違い、本当にサムを愛しています。でもサムにはもう彼女を信用できない。できるはずもない。自分の声が届かないリサは悲しくてボロ泣きするんですが、『ザ・フライ』のジーナ・デイビスとジェフ・ゴールドブラムの悲恋のような様相を呈してきます。

というか、ルーのもとまで到達したサムは信じられないことを聞き出します。ルーがサムの父親に大金をつかませ、一緒に核シェルターに入る女を口説かせて子どもを作ったのです。両親の夫婦関係さえ金の力によって作られたものだった!

しかも、その狙いというのが、人体自然発火能力をもち、核エネルギーを自在に操る「人間兵器=リーサルウェポン」を作るのがルーたち軍や政府筋の野望だったと。

サムは冷戦という政治構造によって、生まれる前から「生贄」としてアメリカ合衆国に捧げられるための存在だった。リサも同様です。

怒り狂ったサムはルーの原発を攻撃しに行きます。ルーもレイチェルも殺し、リサも自分の火で焼かれそうになるんですが、あれは何をどうやったのか、サムがリサの火を奪ったのか、サムだけが跡形もなく焼かれて死に、残ったリサは助かるけれども愛する人が死んでしまい号泣する。という救いのない結末。

『ザ・フライ』もラストでジーナ・デイビスがジェフ・ゴールドブラムを撃ち殺すラストは救いがないけれども、だからこそ美しかった。

『スポンティニアス・コンバッション/人体自然発火』も同様にとても美しい。感動的なラストシーンでした。


不当に低い評価
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この映画の評価が不当に低く感じられるのはなぜでしょう? やはり処女作『悪魔のいけにえ』が偉大すぎるのか。クローネンバーグの諸作、『ザ・フライ』だけでなく『ザ・ブルード』や『スキャナーズ』『ビデオドローム』と同程度に面白いのに、トビー・フーパーは結局『悪魔のいけにえ』だけの人だった、みたいに言われているのは納得いきません。







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2021年07月09日

1968年製作のロバート・エリス・ミラー監督によるアメリカ映画『愛すれど心さびしく』を久しぶりに見たんですが、今回が一番心をかきむしられました。(ネタバレあります。これ以下すぐ結末に触れています。ご注意あれ!)


見事な伏線「あんたなんか大っ嫌いよ!」
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物語は最終盤でアラン・アーキン演じる聾啞者の主人公ジョン・シンガーが自殺するという衝撃のラストで幕を閉じるのですが、その伏線が、ソンドラ・ロック演じるミックが引っ越してきたばかりのシンガーに投げつける「あんたなんか大っ嫌いよ!」でしょう。

この伏線は終盤、ミックが一番好きなのはシンガーなのに、特別好きでもない年上の男子とセックスして自分がいやになり、プレゼントを用意してくれていたシンガーの手を「やめて!」と振り払って部屋に閉じこもるシーンで回収されます。

このときのシンガーの表情はものすごい恨みつらみのある顔をしています。自分のことを好きだったはずの女の子が、泣きたいときは自分に抱きついてきたあのミックがものすごい拒絶の仕方をする。出逢いの頃にミックから「あんたなんか大っ嫌いよ!」と言われたのでそれを思い出して、自分に気があるそぶりを見せたのは女の気まぐれ、自分を弄んでいたに違いないと思ったのでしょう。

親友が死んでしまったことも彼の悲しみと絶望の原因でしょうが、ミックに拒絶されるのはその直後ですから、彼女にプレゼントして、受け容れられて、それで何とか希望を見出せたかもしれない。でもミックは父親の病気のせいで定時制に移らないといけない。母親のように障碍者の夫をもって子どもに夢を見るのをやめさせるような女にはなりたくない。だからシンガーが好きなのに彼より一段も二段も劣りそうな平凡な男との情事にふける。そして自己嫌悪に陥る。

以前、『ホンマでっかTV』で、心理学者の植木先生が「女性は一番好きな人とは付き合わないんですよ」と言っててホンマかいなと思ったらスタジオの女性が全員うなずいてたので驚愕したんですが、この映画を再見して「本当にそうなのかも」と思いました。とはいえ、ミックがあの彼氏とするのはセックスやキス以外は映画鑑賞とかダンスとかシンガーには無理なことばかりですし、シンガーにもできることなら彼氏とは一緒にしないのかもしれない。

いずれにしても、拳銃自殺をしたシンガーの墓にすがりつき、「あなたのこと愛してたのよ」とミックが泣き崩れるラストシーンはとても美しく、そしてたまらなく哀しい。

このような悲劇になった原因は何でしょうか。まずはミックがなぜシンガーに「あんたなんか大っ嫌いよ!」というのか、そこを見てみましょう。


「排除」された者たち①ミック
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ミックにはもともと聾啞者への差別意識はありません。「なぜ物も言えない人間に部屋を貸すの」とは言いますが、中盤、モーツァルトのレコードを鳴らしているシンガーに「聞こえないくせに」などということは言わないばかりか態度にも表しません。差別的言辞は表面的なもので、根っこにあるのは「自分の部屋が貸し出された」ということです

時計職人の父親が病気のために腰を悪くして働けなくなった。いまは車椅子生活を強いられている。部屋をひとつ貸しに出せば週20ドル入る。それで当面は何とかしのげる。というのが両親の考えなのですが、まだ未熟なミックには被害者意識しかない。その当否は別として、彼女は「自分の部屋から排除された者」だというのが重要です。

そんな彼女は級友からも排除されています。近所のクラスメイトがモーツァルトを聴いている。それが漏れ聞こえてきて、ミックがモーツァルトのようなクラシック音楽が好きなことが示されますが、そのときに別のクラスメイトがパーティーを開くことを知る。でも自分は招かれていない。

だから自分の家でパーティーを開いてほしいと両親に訴えます。厳格な母親は聞く耳をもちませんが、父親は「何とかうまく話をしてやるよ」という。ミックは「お父さんは嘘ばかり。あたしの部屋は貸しに出さないと言っていたのに貸した。それもあんな口もきけない男に」と言ってビンタされます。

ミックは玄関の外に出て泣き崩れます。そこにシンガーが仕事から帰ってくる。何かやさしい言葉をかけてあげようとするんですがミックは「あんたなんか大っ嫌いよ!」ときつい言葉を吐き出す。

つまり、ミックの「あんたなんか大っ嫌いよ!」は決してシンガーへ向けて放った言葉ではなく、父親の病気で自分の部屋が貸しに出されたことに対する恨みつらみです。それをシンガーは自分への呪詛と受け止めてしまう。

最初のボタンの掛け違いが最終的に大きな悲劇を生む原因となっています。


「排除」された者たち②アントノポロス
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「排除された者」というのはミックだけではありません。シンガーの親友で同じ聾啞者のアントノポロスもそうです。

もともとこの映画は、シンガーのルームメイトだったアントノポロスがお菓子屋のショーウィンドウを割って中のケーキを食べるシーンから始まります。当然逮捕されるのですが、2回目の犯行らしく、弁護士も「次は罰金じゃすまない」と二人に釘を刺します。

シンガーはアントノポロスに自分のやったことを反省しろとくだんのお菓子屋に連れて行くのですが、手話で喋っているうちに可笑しくなってシンガーも笑い転げる。手話が翻訳されないので何をしゃべっているのかわかりませんが、会話の内容などどうでもよく、シンガーとアントノポロスは大の仲良しということが伝わってきます。

そうです。会話の内容がわからなくても物語の内容がわかる。この『愛すれど心さびしく』はサイレント映画の作法で作られています。脚本のトーマス・C・ライアンが製作も兼ねているので「脚本家の映画」になっていますが、名カメラマン、ジェームズ・ウォン・ハウの映画でもあります。

アントノポロスが面倒ばかり起こすので保護者のいとこは彼を入院させると言い出します。どうやら旧知の間柄だったらしい弁護士とシンガーは猛反対しますが「女房とガキ4人の面倒を見なくちゃいけない。いとこの面倒まで無理だ」とアントノポロスは精神病院へと排除されます。

シンガーは宝石店で働いているのですが、弁護士の忠告でアントノポロスが退院するまで病院の近くへ越したらどうか、幸いあの街には大きな宝石店が3つもあり、親戚が働いている店があるからどこかで雇ってくれるはずだ、と。それでミックのいる町にやってくるのでした。


「排除」された者たち③シンガー
主人公シンガーもまた排除された者です。アントノポロスと同じ障碍がありますからいままでいろんな目に遭ってきただろうと想像できます。

ダンスパーティーから排除されたことがミックを自宅でのダンスパーティー開催に駆り立てるのですが、シンガーは聴こえないからダンスができない。おそらく、シンガーはあのパーティーの夜、疎外感をもっていた。だからミックの弟たちが打ち上げる花火という自分にも見えるものを見て喜んでいたのだと思います(この映画で唯一手持ちカメラが使われるショットも見事でした)。でもパーティーを台無しにされたミックは花火を喜んで見ていたシンガーに怒る気持ちが芽生える。それもたいして好きでもない彼氏とセックスする原因のひとつだったのでしょう。


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パーティーのだいぶ前のシーン。モーツァルトを一緒に聴こうとのミックの誘いにシンガーは乗ります。ミックが指揮棒を振るかのように両手を大きく振る。シンガーも真似して両手を振る。音楽が終わると同時にミックは手を止めるのに、目をつむったシンガーは曲が終わったことがわからず手を振り続ける。ミックは自分の犯した残酷に涙をこぼしそうになるのですが、あれも人物のアクションだけで示すサイレント映画の作法ですね。(音楽は使われてますけどセリフを必要としないという意味で)


排除しない者たち
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シンガーはステイシー・キーチ演じるジェイクという男と出逢います。ジェイクは見た目が少し禿げていて残った髪の毛もボサボサ。しかも酔って他の客に絡むので店主から毛嫌いされている。シンガーにも絡むんですが、彼は聾唖だから唇を読むことしかできない。ジェイクには黙って聞いてくれているように感じる。それで仲間のような気がする。しかしジェイクは「俺は一目でルンペンかどうかわかるんだ」という店主によって排除される。ジェイクを排除した店主はシンガーに「毎日来てくれるなら週25ドルの特別料金にするよ」と障碍者にやさしそうな一面を見せますが、あれは偽善ですよね。

シンガーは宝石店で銀の食器にイニシャルを彫ったりする職人で立派に一人前の人間として生きている。それを「障碍者だから特別料金」というのは彼を一人前の人間とは見ていないということです。昔、かくれんぼや鬼ごっこをするとき「タマゴ」とか「ミソ」なんて子がいましたよね。自分たちより低学年の子は体が小さくて足も遅いから捕まえても関係なしとするというルール。店主はシンガーをタマゴと思っているんです。一人前の人間と見ていない。でもシンガーはそれをわかっていて受け容れる。自分やアントノポロスを迫害する健常者たちから少しでも奪い返してやれ、とでも思っているのでしょうか。

ジェイクは一晩、シンガーの部屋に泊めてもらう。翌朝起きて、チェスの手筋を研究しているシンガーを見て「いいチェスをもってるな。俺は下手だが今度、一勝負どうだ」と誘います。彼は少しもシンガーを排除しないし、一人前の人間として扱うまっとうな人間です。

しかし、一勝負の約束をした日、ジェイクは「遊園地のメリーゴーラウンド係の職が見つかった」とシンガーに報告に来ます。「申し訳ないが今日は夜勤なんだ。チェスはまた今度」と去っていくのですが、シンガーは苛立たしくてしょうがない。ジェイクが自分を排除する人間でないことはわかっている。仕事が見つかったこともいいことだ。今日仕事があるからチェスは今度というのも当たり前。それでもシンガーは苛立つ。「俺は排除される側なのだ」という怒りと悲しみが深く内面化されている重要な場面だと思います。

ジェイクは後述する黒人医師コープランドの娘婿ウィリアムの犯行で、明らかに白人のほうが悪いのに彼らは無罪放免で、正当防衛のウィリアムは6年6か月の懲役なんておかしい、しかも俺が証言するといってもそんなのは無意味の一点張り、こんな町は出ていく、とシンガーに別れを告げます。

自分を差別しないまっとうな人間との別れ。シンガーの孤独と悲しみは如何ばかりだったか。


黒人たちのドラマ
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ジェイクとの出逢いの直後、店を追い出されたジェイクが荒れて壁を殴っていたとき、シンガーは黒人医師コープランドが通りすぎようとしているのを見て治療を頼みます。コープランド医師は「私は黒人専門の医者だ」と断ります。「黒人を排除した白人を俺は排除する」という宣言です。

このとき、シンガーはミックたち家族に最初に見せた「私は聾啞者です。読唇術ができます」と書いたカードを見せます。それを見たコープランド医師は同じマイノリティということで頼みを聞いてやります。シンガーはここでもなかなか狡猾です。「私は聾啞者です」といえば診てくれると計算しているのです。レストラン店主の偽善を受け容れて安く飯にありつくのと同様、彼のずる賢さも描いているのが素晴らしい。決して彼は聖人ではない。ごく普通のありふれた人間として描かれています。

コープランドには医者にしたかった娘ポーシャがいるんですが、この娘が父親の期待を裏切って家事手伝いをしている。結婚したウィリアムという男をコープランドは「アンクル・トム」と蔑んだこともある。コープランド医師は黒人の味方のはずですが、インテリのために学のない黒人を差別したりもする。

しかしコープランドは複雑な人間です。シンガーがジェイクの治療代を払いに来たとき、ここは白人の病院ではないと言い、治療代はいらない、白人の医者がいやいや黒人を診るのと同じだ、幸い君は聾啞だから噂にならないと言います。

さすがのシンガーも激怒して出ていきます。奴も自分やアントノポロスを排除した奴らと同じか、と。が、コープランドは彼を追い、謝罪します。そして「聾啞の患者のために通訳してほしい」という依頼をし、シンガーは受け容れる。マイノリティ同士の心が初めて通い合ういいシーンでした。

ポーシャとウィリアムがメリーゴーラウンドで白人たちと喧嘩になり、割って入ったジェイクも殴られ、すったもんだの末にウィリアムが白人のナイフを奪って刺してしまいます。

ポーシャは父親に頼みます。ウィリアムは正当防衛だからそう証言してほしいと。実際その通りなのです。しかし事実が事実として通らないのが南部の現実。保安官はこの手の喧嘩の見せしめにするためウィリアムに重い罪を科すと言っている。だから正当防衛だと証言してほしいとポーシャは頼むのですが、「それは偽証だ」とコープランドは断る。彼も違法な差別はたくさん受けてきたはずなのにインテリゆえに偽証を拒む。黒人として学を積み、ひとかどの人物になったがゆえの桎梏。見ていて戦慄しました。

結局、ウィリアムには懲役刑が科され、ポーシャは父親を恨む。だけでなく、囚人仲間と脱走を図ったウィリアムは懲罰房に入れられ、サイズの合わない鎖を足にはめられる。悲鳴がおさまった頃には足はすでに壊死していた。切り落とさなくてはならない。

ここでコープランド医師は立ち上がり、判事に話をしに行くものの、取り合ってくれないばかりか白人警官たちに笑われるだけ。それぐらいの差別は幼い頃から受けていただろうに、やはり医師として成功したという傲慢さが彼にその記憶を失わせていたのでしょうか。

コープランド医師は末期がんを患っており、一人だけその秘密を打ち明けられたシンガーがポーシャにレントゲン写真を見せて、父と娘は和解します。ここは何かちょっと取ってつけた感じでしたね。

しかし、その直後……


アントノポロスの自殺
アントノポロスの見舞いに行ったシンガーは彼の死を知ります。その少し前、アントノポロスを外出に連れて行ったシンガーが困った事態に陥ります。門限6時厳守と言われて街まで来たのに、アントノポロスは甘いものをこのチャンスに食べれるだけ食べようと帰りたがらない。シンガーは箱詰めのチョコレートを買ってそれで釣ってアントノポロスをタクシーに乗せます。そしてチョコレートは窓から捨てる。そのときのアントノポロスの怒りよう、悲しみようがすごい。

そのあと詳しい経緯は何も説明されませんがアントノポロスは死んでしまう。重い腎臓障害を患っていたので甘いものを食べすぎて悪化してしまったのか。でもたぶん自殺でしょう。だって親友のシンガーが自分を社会から病院へと排除したから。シンガーだって排除のつもりはなく、門限を守らないと退院の許可を得られなくなるから当然の処置でした。でもそれが親友の自殺を招いてしまう。

しかもチョコレートをタクシーの窓から投げ捨てたときのシンガーは、コープランド医師のように冷徹でした。同じ聾啞者なのに、俺は健全な聾啞者、おまえはダメな聾啞者と言わんばかりの顔をしている。自分は選ばれた聾啞者なのだという驕り。コープランドの驕りと通じるものがあります。

しかしコープランドは改心し、娘と和解した。なのに自分は親友を死なせてしまった。

・ミックは少しも悪くないのにちょっとしたボタンの掛け違いからシンガーに汚い言葉を吐き、彼を拒絶する。
・理解者ジェイクは、ろくでもない町に未練はないと出ていってしまう。
・自分は正しいことをしたつもりなのに、それが原因でアントノポロスは自殺してしまう。
・彼の自殺によって自分の中の驕慢な心に気づくシンガー。コープランド医師も同じだけど、彼は改心して娘とも和解した。

自分は独りぼっちである。そして自殺する。


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主要人物の誰も悪いことをしていないのに最悪の悲劇を招いてしまうというのはまるで『ゴッドファーザー』のようですね。素晴らしい映画でした。


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