ビデオ

2020年10月13日

泣く子も黙る名作中の名作『フレンチ・コネクション』。

私は『クリエイティヴ脚本術』という本で、ユング心理学を援用した比較神話学で脚本の書き方を学んだ人間なので、映画を見るときもそういう観点から見ることがあるのですが、この『フレンチ・コネクション』はそういう意味でも類まれな面白さをもった映画だと思います。

ユング心理学そのものを学んだわけじゃないので頓珍漢なことを言っているかもしれませんが、平たく言うと、「身体」「心理」「感情」、そしてもうひとつ「霊」というところから人間や世界を考えるわけですが、私は「霊」に関してはその手の映画じゃないかぎりは無視しています。

「身体の物語」
「心理の物語」
「感情の物語」

この3つの側面からこの映画を眺めてみると・・・

①身体の物語
2e5a26a6

何といってもこの映画はカーチェイスが有名です。麻薬密輸グループを撲滅せんと躍起になる主人公ジーン・ハックマンが相棒のロイ・シャイダーと協力して組織の頭目フェルナンド・レイを逮捕しようと奮闘するのが物語のあらましです。

カーチェイス以外にも、中盤に素晴らしい尾行のシーンがあったり、この映画は身体の物語、つまり「アクション映画」として出色の出来栄えです。


②心理の物語
cf22d73e

問題解決のための謎を解くのが「心理の物語」だそうで、俗っぽい言葉で言うと「サスペンス」とか「ミステリ」ということになります。
この映画では、密輸グループが車をやり取りしていることを突き止めたジーン・ハックマンがいったい車のどこに麻薬を隠しているのか、それを突き止めるのが「心理の物語」です。


③感情の物語
7fa4f530 (1)

だいたい映画における感情はほとんどが恋愛として描かれますが、同性同士の友情物語の場合もあります。
この映画における「感情の物語」はちょっと特殊で、ソニー・グロッソが演じる財務省の役人とジーン・ハックマンとの確執がそれに当たります。ソニー・グロッソはかつて懇意だった刑事がジーン・ハックマンのせいで死に追いやられたと恨んでおり、二人は何かにつけて諍いを起こします。


④逆転!
この映画は、ジーン・ハックマンとロイ・シャイダーが自分たちで見つけたヤマを解決できるか否か、つまりフェルナンド・レイを逮捕できるかどうかの物語であり、そのために尾行やカーチェイスを経てラストの銃撃戦に至ります。

麻薬の隠し場所を見つけ「心理の物語」は解決しました。「感情の物語」は最初からほとんど味付け程度の意味しかもっていません。だから「身体の物語」にさえケリをつけてしまえばいい。

が、ここで驚くべきことが起こります。

ジーン・ハックマンが「フェルナンド・レイがいた!」とばかりに発砲したら、命中はしたもののその男は何とソニー・グロッソであり、即死していました。それに気づいたロイ・シャイダーは意気消沈してしまいます。でもジーン・ハックマンは少しも驚くことも慌てることもなくフェルナンド・レイを追い求めるところで物語は幕を閉じます。

フェルナンド・レイを射殺していれば「身体の物語」に首尾よく終止符を打てました。それがこの映画の眼目だったはずです。なのに、フェルナンド・レイは逃げ延びてしまうため「身体の物語」は終わりません。(だから「身体の物語」に終止符を打つべく続編が作られます)

しかし、なぜでしょうか?


⑤自己言及
フェルナンド・レイを射殺してしまえばすべて丸く収まったはずですが、しかしそれだと「目的のためには手段を選ばない刑事」に対する批判的な目がなくなってしまいます。

同年に作られた『ダーティハリー』も目的のためには手段を選ばない刑事を描いていましたが、『フレンチ・コネクション』の作者たちは、当時流行り出したそういう刑事ものへのアンチテーゼを打ち出そうとした、というのが私の見立てです。おそらく無意識に。

「身体の物語」に終止符が打たれるはずが、アッと驚く逆転によって、味付け程度だったはずの「感情の物語」が一気に前面に出てきます。

はたして、ジーン・ハックマンは本当にソニー・グロッソとフェルナンド・レイを間違えたのか、それともソニー・グロッソだと確信してどさくさまぎれにわざと撃ち殺したのか。

真相は誰にもわかりません。しかし、それまでのジーン・ハックマンの言動から察するに「わざと」の可能性は大いにあります。ロイ・シャイダーの「もしや」という疑惑の目にも注目したい。(あの疑惑の目も「感情の物語」ですね。一枚岩だった二人の間に初めて感情的な亀裂が入る)

凶悪犯が急増した70年代初頭に「はたして目的のためには手段を選ばない刑事」は許される存在なのかと、この映画は観客に問うてきます。おそらく、ソニー・グロッソが懇意にしていた刑事はジーン・ハックマンの「俺は法の執行者なのだ」という傲慢で身勝手な性格のせいで死んだのでしょう。

そして、ラストシーンに至って、ジーン・ハックマンはそれを責めたてるソニー・グロッソをも、もしかしたらわざと殺したかもしれない。いったい何が正義なのか。正義を標榜しすぎるから悪がより凶悪になるんじゃないのかというメッセージも読み取れます。

だから、この『フレンチ・コネクション』は「刑事映画を批評する刑事映画」なのです。ヌーヴェルヴァーグのように直截的なやり方ではなく、もっとスマートなやり方で作られた「自己言及映画」と言えるでしょう。


⑥伏線
ところで、ラストの疑惑の一発の銃弾には伏線がありますよね?

c0b0944d

フェルナンド・レイの手下に狙撃されそうになったジーン・ハックマンが彼を執念深く追いつめて射殺するシーン。あの有名なカーチェイスの直後です。

このエピソードは、ジーン・ハックマンと狙撃犯との「身体の物語」です。撃たれそうになったジーン・ハックマンが、逆に狙撃犯を撃ち殺してこのエピソードは終わります。

が、このエピソードには「心理の物語」もあります。それは、列車に乗った狙撃犯をどうやって追うか、というサスペンスです。ジーン・ハックマンは迷うことなく一般市民の車を強奪して狙撃犯を追います。

「心理の物語」としての解決にはなっていますが、「一般市民から車を強奪する=犯人逮捕のためには手段を選ばない」という主人公の行動=キャラクターが、映画全体の「感情の物語」を読み解くカギになっているところも素晴らしい。


7fa4f530 (1)

アーネスト・タイディマンの脚本、しびれます。


関連記事
『ダーティハリー』の肝は「わからない」というセリフにこそある!






  • このエントリーをはてなブックマークに追加

2020年10月04日

長谷川和彦監督の衝撃的デビュー作『青春の殺人者』をチャンネルNECOにて再見しました。


2009_seishunnosatsujinsha


無花果をめぐる物語
水谷豊演じる主人公は、スナックを与えてくれた両親と対立しています。スナックの経営をやっている恋人の原田美枝子をめぐって。原田美枝子は右耳が聞こえないのですが、彼女が語るその理由は、裏庭だったかどこかの無花果の実を食べて母親から思いきり叩かれたからだ、と。

水谷豊はそれを鵜呑みにしているのですが、父親は「考えてもみろ。鼓膜が破れるほどぶっ叩くなんてのはよっぽどのことだぞ。あの女のことだ。母親の男を咥えこんだのを見られて殴られたんだろう。性悪なんだよ。おまえもそろそろ目を覚ませ」

なんてことを言われて、カッとなった主人公はまず父親を刺し殺します。そこへ母親が帰ってくるのですが、咎めるどころか「あたし、こうなることを望んでいたような気がするの」なんてことを言って、父親は女と蒸発したことにして二人でどこか知らないところへ行って静かに暮らそうともちかけます。

何だかんだの行き違いの末に主人公は母親まで殺してしまい、両親を亡きものにした男のウロウロは頂点に達します。

そこで再度、無花果が出てきます。出てくるといっても、確かに原田美枝子が食べる小道具として出てはきますが、それはあくまでも彼女の嘘の映像として、主人公が愚かにも信じてしまった妄想として、幻影として、です。

確かに父親の言うとおり、無花果の話は作り話だった。それは原田美枝子の母親を演じる白川和子にも確認したし(「あれは無花果ではなくヤツデだった」)何より原田美枝子が継父に犯されていただけでなく、自分から咥えこんでいたことも告白します。

すべては両親の言うとおりだった。後悔先に立たず。

とはいえ、彼は原田美枝子の嘘がもっと前に判明していたら別れていたのでしょうか?

違いますよね。嘘は嘘として「それぐらいのこと」とか何とか言って両親に反抗して仲を深めていたに違いありません。


picture_pc_4ead97c969d0070e54ef143d48ac6a51

それに、原田美枝子は両親の言うとおりのあばずれなのはそうなんでしょうが、結構主人公のことを心配し、彼のために行動する場面が結構あります。そんなに悪い女じゃない。いや、むしろいい女でしょう。

何が言いたいかというと、両親を殺すより原田美枝子を殺すことで地獄のどん底に叩き落とされる主人公のほうがよりドラマチックだっただろうということ。

しかしながら中上健次の原作『蛇淫』は実際に起こった殺人事件をモチーフにしているので、そこは動かせなかったのでしょうね。何しろプロデューサーは『復讐するは我にあり』の今村昌平監督であり、実録物からはずれることは許されなかったと推察します。


長谷川和彦監督の狙い
130407

長谷川和彦監督はこの監督デビュー作の前にすでに脚本家としてデビューしていました。

なのに自分で書かず、脚本を田村孟さんに依頼しています。これは自身の判断だったのか、今村さんの判断なのかはわかりません。それに『蛇淫』を読んだことがないので、どこまで原作に即しているのかもわからないし、実際の事件にもそんなに詳しくないのでどこまで現実に即しているのかもわかりません。もちろん、そんなものが評価の対象にならないのは百も承知です。

問題は、書ける監督である長谷川和彦監督が、他人に依頼したのはなぜかということ。

かつて私も長谷川さんに師事しました。師事というのはおこがましいのですが、それでも教えを受けたことには違いなく、専門学校で直接指導してくださった先生方や先日亡くなった桂千穂さん、何度も自作シナリオを読んで感想を送ってくださった小滝光郎さんなどとともに、長谷川さんも師匠の一人には違いない。

さて、その長谷川監督から私がどういう教えを受けたかというと、、、

「君のシナリオでは主人公がウロウロする様が描かれていない。もっと主人公のウロウロを客観的に突き放して書けば人間の可笑しみや哀しみが出るはずなんだ」

だから、『蛇淫』をどう脚色するとか、主人公がウロウロする原因の無花果にどういう意味があるかとか、誰を殺すとか、そういうことはほとんど些末なことだったんじゃないか。

現実の犯人が両親を殺した、それなら親殺しでいいじゃないか。女を殺してたのならそれでいい。とにかく俺は主人公のウロウロを撮りたいんだ。

長谷川さんがほんとにそう思ったかどうかは定かではありませんが、できあがった映画の水谷豊のウロウロぶりは半端ではありません。ここまで主人公がうろうろする様を克明に丹念に追っていった映画はそうないんじゃないでしょうか。映画全編が主人公のウロウロなのです。

両親を殺すのにもあれやこれやがあって、死体の始末をしようにも二人分の始末は大変で、スナックに戻って女を抱こうとしたら旧友が訪ねてきて水を差され、首尾よく死体を始末するも無花果の件で途方に暮れてしまい、警察官にすべてを告白するも信用してもらえず、スナックに放火してついに永遠にうろうろすることが暗示されて映画は幕を閉じます。

実際の犯人は捕まったようですが、映画では生き地獄を味わわされるかのごとく捕まえてすらくれません。どこまでもおまえはウロウロせよ、ウロウロしなければ主人公の資格はないよ。

という長谷川和彦監督のサングラスの奥の冷徹な目が言っているかのようでした。次作『太陽を盗んだ男』でも主人公は最後までウロウロしてましたっけ。

見事な傑作です。もうそろそろ新作見たいんですがね。どうでしょうか。



青春の殺人者
桃井かおり
2013-11-26





  • このエントリーをはてなブックマークに追加

2020年08月23日

黒沢清監督が生涯ベストワンに挙げている、リチャード・フライシャー監督による1971年作品『ラスト・ラン/殺しの一匹狼』。

黒沢さんはフライシャーの経済効率にすぐれた映像演出を絶賛していましたが、私がこの映画で一番すごいと思うのは脚本家アラン・シャープによるセリフですね。


背景を説明しない
the_last_run_3 (1)

まずこの『ラスト・ラン』の最大の特徴は物語や登場人物の背景をほとんど説明しないことです。

舞台もどこなのか判然としない。ヨーロッパ人なら簡単にわかるのかもしれませんが、私は主人公ガームスが船を貸している懇意の漁師がミゲルという名前であることと、彼が「大西洋」と言っていること、そしてフランス税関が出てくることなどから、バスク地方かもっと下ってポルトガルとの国境あたりなのかな、ぐらいしかわからない。テロップでどこそこと出さないのが大変よろしい。どこで起こった物語かなんてあまり関係ないというか、この3人ならどこで出会ってもこういう展開・結末しかありえなかっただろうという普遍性があります。

ガームスは9年ぶりの仕事に際して息子の墓参りをします。3歳で死んだそうです。でもなぜ死んだか映画は教えてくれません。息子が死んだ直後、奥さんは「胸を膨らませに」と言って家を出ていき、そのまま帰ってこなかったとか。男ができたのか、それとも息子が死んだことで一緒にいたくなくなったのか。映画は最後まで明かしてくれません。

ラストでも、娼婦モニークが裏切ったのかどうかもよくわかりません。ミゲルが殺されたのはガームスの船を奪うためでしょうが、だとすると、ガームスを雇った黒幕は最初から彼らが元の町に戻ってくることを予想していたのでしょうか。というか黒幕が最後まで登場しない。

でもそれでいいのだと思います。大事なのはガームスという男が底なしの孤独を抱えていることです。ほとんど夫婦のような関係の娼婦モニークには大事な金を預けたり心を許していますが、いざ仕事に行く直前、彼が行くのは教会。そこで神父にではなく神に直接語りかけます。この告解が実に印象深い。ガームスという男の人柄が一番よく出た場面になっています。

「俺は罪びとです。でも昔とは違います。最近は何もしていません。信仰心は薄い。でも今回の仕事はやり遂げたいんです。俺には運転だけだ。金のためです。でもまっとうしたい。それだけです」


見事な演技のアンサンブル
the_last_run_4

刑務所に入っていたリカルドという男をフランスまで逃がすのがガームスの仕事なのですが、思いもよらず彼を待つ女クローディがいて、三角関係が始まります。この三角関係が実に斬新。

クローディはかつてリカルドの弟の恋人だったのに4年前にリカルドにあてがわれます。「弟は麻薬中毒だった」というセリフがあるだけでどういう事情なのか詳細には語ってくれません。大事なのはクローディが「商品」として男と男の取引に使われてきた女だということです。

ガームスはクローディに惚れるのですが、それはクローディが誘惑したからであり、背後で糸を引いているのはリカルドです。ガームスを都合よく利用するために誘惑させた。リカルドはガームスはおろか恋人のクローディも「物」として利用する悪人ですが、このリカルドの人物造形が素晴らしい。アラン・シャープによる脚本にすでに活き活きとした人物が描かれていたのでしょうが、演じるトニー・ムサンテとフライシャーの丁寧な演出(映像演出ではなく演技指導のこと)によってリカルドというキャラクターはリカルド自身の輪郭を常にはみ出す勢いがあります。

それはジョージ・C・スコット演じるガームス、トリッシュ・ヴァン・ディーバー演じるクローディも同様でしょう。3人の芝居がすこぶるうまい。うますぎるほどにうまい。「演技のアンサンブル」とはこういうのを言うのだ、と言わんばかりのフライシャーの演出ぶり。


「娼婦は心あしき女」
the_last_run_2

ガームスは娼婦モニークに金を預けるとき、

「娼婦とは多くの男と床を共にする女のことではない。心あしき女のことだ」

という印象的なセリフを言います。このときモニークを演じるコリーン・デューハーストがサッとガームスの手を握るんですね。この芝居のつけ方がまた素晴らしい。まるで本当に目の前で彼らが生きているかのようです。

ガームスはモニークのことを少しも疑っていない。だから金を預ける。しかしモニークは心あしき女と言われてハッとなる。この時点で彼女は黒幕に買収されていたのでしょうか。すべては最初から仕組まれていたのか。どうか。

しかしながら、「娼婦は心あしき女」というセリフで肝要なのは、それがクローディにも当てはまるのかどうかということです。


the_last_run_1

クローディが本気で自分に惚れていると思い込んでいるガームスは、リカルドを捨てて俺と一緒にアメリカへ逃げようと言います。しかしこの前にガームスはリカルドに「彼女を連れて逃げたら許すか」と訊いています。それを知ったクローディは「私にはいつ訊いてくれるの? 男同士で相談してから?」と言います。リカルドとその弟もそうやって男同士で相談してクローディを物としてやり取りしていた。クローディはまだ年端もいかない子どもの頃から「商品」だった。そういう意味では彼女は娼婦です。利用するためにガームスを誘惑するのも彼女が娼婦だからです。

でもガームスの娼婦の定義に彼女が当てはまるかどうかというと、私は違うと思います。

確かにクローディは最後にガームスを振ります。彼女と逃げる気満々だったガームスはショックで硬直し、そして精一杯の笑顔で「知ってたがね!」と言います。このときのクローディの哀しい表情がたまらない。心を痛めている彼女は決して心あしき女ではない。クローディはガームスのことが少しは好きだと思う。でもそれ以上に「商品として扱われることへの嫌悪」が勝ったのでしょう。ガームスにとっては悲劇でも、クローディにとってはこれまでの自分を脱皮する大事な通過儀礼でした。


射程距離の長いセリフ
その直後、「何を話していた」とリカルドに訊かれた彼女は「彼が聞きたかったこと」と答えるんですね。このセリフの射程距離の長さ! アラン・シャープという脚本家は天才だと思います。

黒幕が誰なのか最後までわからず、なぜ追われていたのかもよくわからないままガームスは殺されます。息子に死なれ、妻には逃げられ、懇意の娼婦に裏切られ、娼婦ではない女には振られ、最後には殺される。そして結局一番得をしたのは身勝手で少しも成長しないリカルドだったという理不尽な、あまりに理不尽な結末。

何とも哀しい。ここまで哀しい映画は他にちょっと思いつきません。

特異な背景を背負った3人のキャラクターという特殊性から、展開や結末の普遍性を導いたアラン・シャープの作劇とそれを実現したセリフのすごみに感服した次第。


ラスト・ラン 殺しの一匹狼 [DVD]
ジョージ・C・スコット
復刻シネマライブラリー
2016-10-24





  • このエントリーをはてなブックマークに追加