スクリーン

2020年12月31日

大晦日。まだ台所の掃除が残っているけど、後回しにして劇場映画のベストテンを選んでみました。

もう10年くらい前の映芸ベストテンで名前は忘れたけどある人が、こんなことを言っていました。

1位は今年の顔。2位から4位は質とボリューム。5位は裏ベストワン。6位7位は味系。8位と9位でまとめに入り、10位はお祭りの総仕上げだ、と。

私もそれに倣ってみようかな、と。今年も10本に絞り切れなかったのもあり、12位まではこんな感じです。

1位は極私的偏愛映画。2位3位は今年の顔。4位~6位は質とボリューム。7位は裏ベストワン。8位9位は味系。10位11位でまとめに入り、12位がお祭りの総仕上げ。

では行きます。



ザ・ハント(クレイグ・ゾベル監督)
④フォードvsフェラーリ(ジェームズ・マンゴールド監督)
⑤ジョジョ・ラビット(タイカ・ワイティティ監督)
⑥三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実(豊島圭介監督)
⑧一度も撃ってません(阪本順治監督)
その手に触れるまで(ジャン・ピエール&リュック・ダルデンヌ監督)
脳天パラダイス(山本政志監督)


面白さだけで言うなら『レ・ミゼラブル』か『アルプススタンドのはしの方』なんですけど、最近『バクラウ 地図から消された村』を見たんですが、同じ人間狩り映画なら断然『ザ・ハント』のほうが面白いのにほとんど誰も挙げていないことに憤激したので。(ジョン・ウォーターズが今年のベストテンの上位に挙げていて大いに溜飲が下がりましたが)


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それに同じアクション映画でもなぜか『ブルータル・ジャスティス』が高い支持率を誇っているのか理解できず、『ザ・ハント』のアクション映画としての活きの良さを称揚したくて極私的偏愛映画として1位にしました。

『フォードvsフェラーリ』と『ジョジョ・ラビット』はさすがハリウッド! と言いたくなる映画らしい映画。

『一度も撃ってません』は最後、敵のヒットマン・豊川悦司も一度も撃ったことがなくて痛み分けに終わるというのが何ともつまらなかったんですが、阪本順治監督の「生活感」の出し方、その演出力に舌を巻いたので。妻夫木なんかほんとにああいう人が目の前にいるかのような存在感で、それは佐藤浩市や桃井かおりなど他の役者たちについても同様。エンディングクレジットの「原田芳雄」には涙があふれました。

『さよならテレビ』についてはもう誰も語らないのが不満で(というか誰にも見られてない?)個人的にはロバート・アルトマンの『ザ・プレイヤー』と同等の傑作だと思うので、『ザ・ハント』と同様、称揚したい意味もこめて裏ベストワンの7位に。

毎年恒例のワーストには、『罪の声』(土井裕泰監督)を挙げます。『パラサイト』『ブルータル・ジャスティス』『ミッドサマー』『ラストレター』など単につまらない映画を挙げてもしょうがないし。グリコ・森永事件を扱うからにはベストワンかワーストワンのどちらかしかふさわしくないとも思うし。

『異端の鳥』『マンク』『れいこいるか』『ミセス・ノイズィ』などなど他にもいっぱい見逃してますが、来年はどんな映画が待っているでしょうか。まずは『シン・エヴァンゲリオン』でしょうかね。





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2020年12月06日

ツイッターで絶賛する人続出で期待が高まっていたので、シネマ神戸さんまで『守護教師』との2本立てに行ってきました、メル・ギブソン主演『ブルータル・ジャスティス』。

S・クレイグ・ザラーという監督さんは名前すら知りませんでしたが「暴力の伝道師」の異名を取り、さらにこの作品はラジー賞で「公共破壊貢献賞」なるものを受賞しているということを知り、期待は否が応でも高まりました。


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しかし心配もありました。二人の刑事が停職中に強盗から金を強奪する、という物語のあらましは面白そうなものの、この題材で159分という上映時間はあまりに長すぎるのではないか、と。

心配は杞憂に終わってくれませんでした。


停職処分まで30分⁉
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強盗団の一味が幼馴染とセックスするファーストシーンで始まり、彼と母親との諍い、弟との再会などが描かれ、主役二人の刑事二人の強引な逮捕シーンからドン・ジョンソン演じる上司(なぜこんな役で⁉)から6週間の停職を言い渡されるまで、何と30分超。これはいくら何でも長すぎます。ここまでを10分でやらないと。

このあとで見た『守護教師』はボクシングのコーチだった男が暴力沙汰で失職し、ある高校の教師として赴任するところまでものの2分とかかりません。『守護教師』も特に面白いとは思わなかったけど(でもマ・ドンソクと女子高生役の女優の顔がとてもよかった)やはりあの手の話で100分という上映時間は適切だと思うんですよね。欲を言えば90分くらいかな。

それはともかく『ブルータル・ジャスティス』の159分は長すぎる。最後の銃撃戦も長いですよね。

そもそも、あの黒人の日常みたいな描写がなぜファーストシーンなのでしょう。どうせ日常の描写から始めるのなら主役メル・ギブソンから始めるべきでは?


なぜ人物の顔に光を当てない⁉
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この映画はまた、私が前々から言っている「最近のアメリカ映画は人物の顔にろくに光を当てない」という見本のような映画でした。

参照記事↓

上の画像は最初の逮捕のシーンですが、ちゃんと光が当たっています。あれ? 私が見たこのシーンでは二人とも薄暗いなかでろくに表情が読み取れなかったけど……?

シネマ神戸さんはたまに上映状態がよくないから、そのせいかな? と思ったものの、直後に見た『守護教師』はマ・ドンソクやかわいい女優の顔がはっきり映っていたのだから『ブルータル・ジャスティス』は私が見た通り、本来薄暗い映画なのでしょう。


ポール・トーマス・アンダーソンと同じ匂い
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私は『ブギーナイツ』以外のポール・トーマス・アンダーソンの映画にまったく乗れない人間ですが、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』や『ザ・マスター』『ファントム・スレッド』と同じ匂いを感じます。

まず役者にとても色気がある。メル・ギブソンもヴィンス・ヴォーンもあと名前を知らない黒人俳優にしてもすごく色気があります。

色気があるならいいじゃないかという声が聞こえてきそうですが、それはそれでいいものの、その色気に監督自身が酔っている気がするのです。

編集では鬼にならなければなりません。「せっかく撮ったんだから」「せっかくいい芝居してるんだから」という「せっかく」というのは厳しく戒めないと冗長になってしまいます。

私が卒業製作で編集を務めた作品では、あるシーンをまるまるカットしたんですが、「せっかく撮ったのに」みたいなことをさんざん言われました。しかし作品のためには不要なシーン、不要なショットはすべてカットすべきです。

ポール・トーマス・アンダーソン作品にしろ『ブルータル・ジャスティス』にしろ、役者の芝居を重視しすぎていて、いいかげんプロットを前に進めてほしいと思っても、長々と色気たっぷりの役者の表情を見せ続けられるのだからたまりません。

最近の映画監督は「どういう芝居を作るか」より「どう撮るか」「どう編集するか」ばかりを重視する傾向が強く、「演出」という言葉は本来「演技指導」のことなのに、映像演出にばかり重きを置いていて私はそれが大いに不満なんですけど、S・クレイグ・ザラーやポール・トーマス・アンダーソンは芝居に重きを置いているのはいいのですが、重視しすぎていて作品が冗長になって退屈してしまうという本末転倒なことが起こってしまっています。

『ボーン・アルティメイタム』のような役者を殺すことしか考えていない映画よりはましですけどね。

先日、『ザ・ハント』を見て「これよ、これがアメリカのアクション映画よ!」と狂喜乱舞しただけに、期待値の高かった『ブルータル・ジャスティス』が期待外れに終わったのは何とも残念です。


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2020年11月29日

山本政志監督の新作『脳天パラダイス』を見てきました。期待にたがわぬ映画で大喜びです。


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借金苦のために家を手放し引っ越さなければならなくなった一家。引っ越し屋が来る間に娘が家の写真付きで「今日、この家でパーティーをします。みんなで参加しよう」みたいなツイートをしたら、たまたま拡散して、次々にいろんな人がやってきて宴会が始まり、やがて踊るマハラジャ状態に至るという、山本政志監督らしいアホな傑作でした。


思わず笑ってしまったところを箇条書きで
・最初にやってくるのがゲイカップルで「私たちを祝ってくれる人を探しています」というセリフ。

・宴会をよそにヤリまくってばかりのカップルを老夫婦が正座して眺めていて、「若いですわねぇ」「思い出すなぁ」というやりとり。

・南果歩が子どもと一緒に風呂に入っていたら男の子がいなくなり「溶けちゃったのかしら」というセリフにはゲラゲラ笑ってしまったのだけど、場内で笑っていたのは私だけだった。

・ついでに、南果歩の一挙手一投足すべて。この人はこういう「ええかげんな役」をやらせると天下一品だと思う。

・何の意味もなく出演している古田新太が焼きそば作りながら「言っとくけどまずいよ」というセリフ。

・自分たちの結婚式のはずだったのに(その頃はまだ人が少なく淋しかった)いつの間にか賑やかなミュージカル葬式になっていることに腹を立てるゲイのイライラっぷり。

・南果歩の今亭主と元亭主が一堂に会して「何かこういうのもいいなぁ。一夫多妻ならぬ多夫一妻というか」と言ったら、それを聞いていた三角関係のゲイが「俺たちも」みたいな感じになるのに、すでに首を刺してしまっていてオロオロするところ。


最後のほうの生きてるコーヒー豆が怪獣になったりするのは好みじゃなかった。ああいうので一気に終幕にもっていくやり方は好きになれない。もっととぼけた味だけで勝負してほしかったな、というのが正直なところ。


今日は舞台挨拶だった
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今日行った元町映画館ではちょうど舞台挨拶の日で、それを忘れていた私は劇場に向かう際、青ざめました。完売だったらどうしよう。元町映画館はちょいと辺鄙なところにあるから不便なんですよね。でも行って整理券をもらったらかなり前のほう。コロナ第三波襲来ということでガラガラでした。

山本政志監督の第一声は、

「さっき行ってきた大阪の劇場では人が死んでました。ウソです。こんな状況のなかわざわざ劇場まで足を運んでくださってありがとうございます。見たらめちゃアホな映画で失望する人がいたりして」

みたいな感じでしたが、なかなかよかったんじゃないでしょうか。

質疑応答では、

「ヤリまくりカップルが部屋の物を盗むとき、博多人形とか福岡の物ばかり盗りますが、なぜあそこまで福岡を推してるんですか?」

という質問が飛び出ました。え、そうなの? まったく気づかなかった。というか博多人形がどんな物か知らない。と思ったら、山本監督も、

「いやいや、まったく! まったく何にも考えてなかったんです。すいません、子どもの頃に交通事故に遭ってるんで論理的なことは弱いんです。これは次の舞台挨拶で使えるな。あれには実はこういう意味があって、なんてね」

と意味がないことを強調してましたね。自らのアホをさらすことを厭わない。だから素敵な映画を撮ることができるのでしょう。

でも、「論理的なことには弱い」というのはどうなんでしょうね。

私は先日、生涯二作目の小説を書きましたが、すごく真面目な内容でした。もとは脚本家志望で9年前に佳作をもらったんですけど、それは下ネタ満載のアホすぎるほどアホなコメディでした。

最近、その両方を職場の同僚さんに読んでもらったんですが、小説のほうは「すごくしっかり書いてるね。シナリオのほうはふざけた書いたの?」なんて訊いてくる人がいるんですよ。ったく。

ふざけて書いたように見えるもののほうがよっぽど計算しないと書けないのに。世間はアホでバカでデタラメなコメディに厳しすぎるのではないか。

かつて大島渚は、「論理を推し進めた果てに立ち現れる『超論理=詩』を発見せよ」と言った。

『脳天パラダイス』は「詩」だと思う。文学の詩とはぜんぜん違うし、いわゆる映像詩というのとも違う。映画にしかできない「詩」。だってデタラメなんだから。論理を超越してるんだから。詩に決まっている。

ところで、昔、同じ元町映画館さんでの舞台挨拶で、52稿まで脚本を直したとか自慢みたいに監督と脚本家が言っていて、そんなのどうでもいいというか、観客にとってはできあがった映画が面白いかどうかが問題なのであって、裏でどれだけ苦労したとかそんなのわざわざ語ったうえで見せられても……と作り手を目指している人間として激怒した思い出があるので、今日のどこまでもアホに徹した山本政志監督にはとことん惚れてしまったのでありました。脚本直しの話もちらっとあったけれど、予算的に無理なホンを直そうとしたらもっと無理になったとかいう笑い話でしたしね。

素敵な映画をどうもありがとうございました。






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