映画

2021年06月16日

隠れた名作『恋は雨上がりのように』の永井聡監督最新作なので期待値が高かった菅田将暉主演「キャラクター」。あまりにひどすぎて怒り狂いました。(以下ネタバレあります)


誰の話なのかわからない
character

菅田将暉はマンガ家の卵役で、いつまでたってもアシから独り立ちできない。絵は抜群にうまいが、サスペンスやホラーを描いているのにいい人なのが災いして悪人のキャラクターを描くことができない。

そんな彼が一家四人殺人事件の第一発見者となり、そのときに垣間見た犯人の顔を模して新作漫画を描くとこれが大ヒットして押しも押されぬ漫画家先生となる。

んですが、この書き方では菅田将暉が主人公のようですけど、途中まで誰の話なのか判然としないのです。

第一発見者となった彼は当然警察に連絡します。そこで登場する漫画ファンの小栗旬とマンガを読まない中村獅童のコンビ刑事があまりに前面に出すぎなのです。というか、主人公であるはずの菅田将暉の描写をおろそかにしている。

最初の殺人事件のあと2回目の一家四人殺人事件が起こるんですが、この1年間の間に菅田将暉が人気漫画家になっているのが「あとで」判明する。事件の現場検証のあと、小栗旬が菅田将暉が描いている『34(サンジュウシ)』というマンガを中村獅童に読ませることでわかる。

しかしこれでは話の視点が小栗旬と中村獅童の刑事のほうに完全に移ってしまっています。だから誰の話なのか判然としないのです。


character1

第一発見者になる前の菅田将暉は出版社に原稿をもちこむも、中尾明慶編集者に「キャラクター」が描けていないと却下されます。

であれば、菅田将暉が犯人の顔を活用した『34』の原稿をもちこみ、

中尾「すごいですよ、これ! ぜひうちで掲載させてください!」
菅田「ありがとうございます!」

くらいのやり取りは必要じゃなかったでしょうか。

いや、その前段として彼は警察に犯人の顔を見てないと言っていました。

中村獅童から「犯人の似顔絵を描いてください」といわれても、菅田将暉は「見てない」とウソをつくんですよね。その気持ちはよくわかる。何しろデビューできるかどうかですから、社会正義を犠牲にしてでも夢の実現を優先したい気持ちは痛いほどよくわかる。

しかしながら、それならそれで、もともと菅田将暉は「悪人キャラが描けないほどのいい奴」なんだから良心の呵責に悩むはず。少なくとも彼氏想いの高畑充希には正直に打ち明けるんじゃないでしょうか。

それに、中尾明慶に『34』の原稿をもちこんだとしたら、先述のように明るいシーンではなく、

中尾「ぜひ掲載させてください!」
  菅田、暗い顔で黙り込む。
中尾「どうしたんですか? デビューですよ」
菅田「(暗く)ですよね。ようやくですね」
中尾「実感がわかないってやつですか」
菅田「(笑って)そうなんですよ。何か夢の中みたいで」
中尾「みなさん、そうおっしゃいますよ!」

というような描写になるんじゃないでしょうか(中尾の調子のよさもより出ると思うし)。デビューしたけど素直に喜べない。デビューの代わりに殺人鬼逮捕に協力しなかった、という負い目が主人公を追いつめていく。両角という殺人鬼が追いつめるんじゃなくて、主人公の良心が主人公自身を追いつめていくほうが面白くないですか? 「枷は主人公の心のあり方にこそ求めること」笠原和夫さんの骨法十箇条の最も大事な一条です。


松田洋治がわからない
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最初の一家殺人事件の捜査で、近所に住む医療少年院に入院していた過去をもつ男(松田洋治)がなぜか自白をして逮捕され、その後自白を強要されたと逆に訴え、犯人・両角(モロズミ)の指示で小栗旬を殺し……といった具合に八面六臂の大活躍をしますが、それはこの映画の作者のためにですよね。ご都合主義のための役というか、なぜ自白したのか、両角とどういう関係だったのか、少しもわからない。「最初は両角が松田洋治のファンだったけどそれが逆転した」とか言ってましたが、よくわからない。自白の理由は? なぜ小栗旬を殺すの? すべてはご都合主義のため。怒りが爆発しそうになりました。

最後の「罠」もよくわからない。いや、両角を誘い出そうという意図はわかりますよ。でも、『34』の最終回は菅田将暉自身が殺される内容なんですよね。それを掲載するかどうかは編集長に一任されている。では、なぜ編集長は掲載を決めたのか。その前に中尾明慶はなぜ「絶対掲載してください」などと言うのか。現実に人が殺されるかもしれないのに。売れるからですか? しかし出版社だってそこまで鬼畜じゃないと思う。仮に掲載を決めるにしたってもっと議論百出するだろうし、あまりに簡単に決めすぎ。

最後の両角との凄絶な殺し合いで、菅田将暉の本性が顕わになります。両角に刃物でトドメを刺そうとしたとき中村獅童が入ってくるんですが、制止する声も聞かず、彼の眼は悦びで光っていました。菅田将暉は両角から「あんただってマンガの中で人殺しを楽しんでるじゃないか」と言われてましたが、実際に彼には快楽殺人の気があったわけです。

しかし、それでは「いい人すぎて悪人キャラを描けない」という初期設定と矛盾しています。『キャラクター』と題しておきながら、これではほとんど詐欺です。

もしかして、両角との出逢いで隠れていたネガティブな側面が開花したということなんですかね? 仮にそうだとしても、気弱なマンガ家が快楽殺人犯に変化する物語なんか少しも面白いと思えません。


小栗旬の佇まい
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この映画の唯一の救いは、小栗旬はやはりいい役者だということを再認識させてくれたことでしょうか。佇まいがいいし、何より声がいい。腹から声を出しているので発声がしっかりしている。あのような録音技師を喜ばせてくれる役者・録音助手に楽させてくれる役者はまれになってしまいました。

『罪の声』の記者役もよかった。しかし『罪の声』もこの『キャラクター』も小栗旬はいいのに映画が最低でした。残念!


キャラクターからつくる物語創作再入門
K.M.ワイランド
フィルムアート社
2020-06-26





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2021年06月13日

映画学校の面接試験で「嫌いな映画は何?」と訊かれて即座に『ニュー・シネマ・パラダイス』と答えた私は、同じ好みのポンポさんが一瞬で大好きになりました。ツイッターでやたら評判のいい『映画大好きポンポさん』。


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まだ小学生みたいな見た目のポンポさんは伝説的映画人の孫娘で、幼い頃からお爺さんの膝の上で映画の素養を身につけたニャリウッドのプロデューサー。でもポンポさんは主人公ではなく、主人公は映画が好きすぎて誰も友だちがいなかったマニアックな映画青年のジーン君。


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彼に15秒の予告編を作らせたらなかなかだったので監督をさせることに決めたポンポさんは、映画は90分以内でないと不満。だから2時間を超える『ニュー・シネマ・パラダイス』が嫌いだとか。私が嫌いな理由は長いからじゃないけど)

編集は映画演出を学ぶうえで非常に重要なので編集の腕を買って監督に起用というのはわからないではないけど、10年休んでいた伝説的名優の復帰作に演技指導経験のない若造を抜擢というのはちょいとリアリティがないような。

とはいえ、編集を重んじるポンポさんの映画らしく、この『映画大好きポンポさん』は超絶的なまでの編集技術でどんどん話を進めていきます。

しかし、あまりに編集に重きを置いてやしませんかね? ジーン君が演技指導するシーンも皆無だし。

編集に打ち込むジーン君は「取り直しが必要」とポンポさんに頭を下げ、ポンポさんは表向き怒ったふりをするけど、監督は傲慢でわがままでないといけないと考えているため実はうれしいとか、撮り直しが押しすぎて0号試写に間に合わず出資者が去っていき、その窮地を旧友のバンカーが救ってくれるとか、話がうまくいきすぎだけど、なぜかご都合主義とは思わず、ノリのいい物語展開に膝を打っていました。

ところが、理解ある頭取のおかげで資金繰りもうまくいき、あとは新たな0号試写の日に間に合わせるだけというときにジーン君が倒れてしまう。でも、自分の映画を完成させるために病院を抜け出して決死の覚悟で完成させるんですが、あのへん何かおかしい。

主演女優ナタリー・ウッドワード(←この名前は笑った)があとどれぐらい切らないといけないのか、と訊くと、3時間は、と答える。映画は90分のポンポさん製作映画なのだから、90+180で270分あるわけですよね。それを90分って3分の1じゃないですか。そんなに切らないといけないというのは、そもそも脚本が長すぎるんですよ。書いたポンポさん自身に問題があると思う。なぜ90分至上主義者がそんなに長い脚本を書いたのか。なぜ誰もその時点で疑問を呈さなかったのか。

それに、ニャカデミー監督賞を晴れて受賞することになるジーン君はスピーチでこの映画で一番自信のあるところはと訊かれて「90分に収めたところです」と答えるんですが、「映画は90分!」とは『見るレッスン』でも蓮實重彦が言ってましたが、それには異論はないものの、あまりに「言いたいこと」が前面に出てしまっていて白けました。

とはいえ、つまらなかったわけではなく、エンドロールを除くとちょうど90分のこの『映画大好きポンポさん』は楽しかったです。

でも一番楽しかったのは物語ではなく、あくまでも編集の巧みさで、次が寒色と暖色のバランスのいい画作りでした。


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ポンポさんの髪の毛と衣裳の配色がとてもよく、それは上着が暖色系、ズボンが寒色系のジーン君も同様。


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こういう何でもない場面でも色のバランスがとてもよかった。

だから、もうちょっと内容にリアリティをこめたり、編集のことばかりでなく演技指導とかカメラワークとかにも触れてほしかった。録音部出身としては、音のデザインに関して一言もなかったのは非常に不満。


映画もまた編集である――ウォルター・マーチとの対話
マイケル・オンダーチェ
みすず書房
2011-06-22






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