連続ドラマ

2020年10月15日

今年ももうはや10月になり、秋の新ドラマと新アニメが続々放映開始となっています。

前クールでは『彼女、お借りします』や『半沢直樹』が印象深かったですが、今回はまだ前半戦なのに「大凶作」といって差し支えないありさまで、げんなりしている今日この頃です。

これからに期待がもてる順番に簡単に感想を述べましょう。


『体操ザムライ』
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これは何しろ愛すべき先輩、村越繁さんのシリーズ構成4作目ということで期待せざるをえません。

村越さんの作品はこれまで『ゾンビランドサガ』『かつて神だった獣たちへ』『群れなせ! シートン学園』とどれも好みに合わなかったのです。村越さん自身、無理して書いてるんじゃないかしら? と邪推してしまいましたが、今回の『体操ザムライ』はこれまでで一番村越さんの資質に合ってる感じがしました。

惜しむらくは、出だしですでに主人公が「引退しない宣言」をするのが見え見えなので、それなら最初の10分でまとめてほしかった。そして第2話までの展開を1話でやる。それぐらいスピーディーにやったほうがよかったように思います。生意気な後輩の意見ですが。

期待してまっせ、村越さん!


『あのコの夢を見たんです。』
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全映画ファン男子の憧れだった蒼井優と結婚した山ちゃんが自身の妄想をまとめた短編集が原作と聞いて見てみました。

第1話はすごくというほどではないけどよかったですね。振られ屋として楽しんでいた中条あやみが実は振り屋の山ちゃんに遊ばれていた、でもお互い楽しくてしょうがない、というのはやりすぎの感は否めませんが、でも「これが俺の妄想だ!」と言われたらもう何も返せません。


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中条あやみはぜんぜん好きな女優じゃないけど、この作品での彼女は魅力的でした。高い身長と長い手足を活かしてアクション女優になってほしい気もする。

ただ、2話の芳根京子は……というか、芳根京子自身は『コタキ兄弟と四苦八苦』で好きになったのでいいんですが、お話があまりに突飛で好きになれませんでした。1話みたいなのをテレビドラマには期待してるのでね。逆に2話は映画に求めているものかもしれない。

たぶん最後まで見ます。だってトリが池田エライザでしょ。エライザ姐さんの前で挫折するわけにはまいりませぬ!


『35歳の少女』
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『家政婦のミタ』の遊川和彦さんの新作ということで見てみました。柴咲コウは好きだし。

10歳になりきった彼女の芝居が絶賛されているそうですが、あの程度の芝居は役者なら当然でしょう。みんな役者というものを舐めているのでしょうか。

すっかり魅力を失った橋本愛はともかく、無表情が恐ろしい鈴木保奈美がこれから何をするのか興味津々。でも、別れた旦那の田中哲司の義理の息子が引きこもりというのはどうなのか。もう映画やテレビドラマで引きこもりとかそういうの見たくない。そういうので「問題」を作るのって安易な感じがしてしまいます。


以下は1話目で見るのをやめる決意をした作品群です。(見た順)


『池袋ウエストゲートパーク』
やっぱりクドカンのIWGPというか長瀬智也のマコトのイメージが強すぎてまったく乗れませんでした。

『危険なビーナス』
金持ちの家の遺産相続がどうたらとかまったく興味ありません。

『極主夫道』
時代錯誤も甚だしい。

『まえせつ!』
絵が好きになれない。この内容なら『彼女、お借りします』みたいな画風にしてほしかった。


というわけで、まだまだ、エライザ姐さんの『名建築で昼食を』に木村文乃の『七人の秘書』、岡田惠和さんの新作『姉ちゃんの恋人』などが控えていますが、現段階で7本中4本がすでに脱落。完走できるのは全10本中で何本あるのでしょうか。


第一話 引退ザムライ
小山力也
2020-10-12





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2020年07月18日

石原さとみ主演の木曜ドラマ『アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋』の第1話、なかなかよかった。

何しろあの隠れた名作『ようこそ、わが家へ』の黒岩勉さんが脚本を書いているので、内容自体はたいしたものではないけれど、構成がしっかりしているというか、このシーンの次はこれしかないという直線的な脚本構成にしびれました。

とはいえ、第1話を見るかぎりでは一番面白いのは、真矢ミキ演じる薬剤部部長の軽さですね。


真矢ミキ
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あの軽さは、おそらくですが、昔はスパルタで新人教育していたけど、時代が変わり、ちょっと言っただけでパワハラと言われてしまう、だから新人や部下との距離の取り方がわからなくなっていることから来ているのではないか。真矢ミキの小芝居がとても楽しい。


主人公を襲う理不尽
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「感謝されたいんなら薬剤師には向いてないかもね」

と石原さとみは新人の西野七瀬に言います。この『アンサング・シンデレラ』は医師ばかりが感謝される業界で決して日の目を見ない存在でありながら、医師よりも患者のことを考える薬剤師が主人公。感謝されないどころか、患者のことを考えるあまり処罰されそうになるなど、主人公を襲う暴力的な理不尽さは充分で、これからの展開が楽しみですが、私はお話には満足だけど演出にちょいと不満があります。


シャッター
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薬剤部ではこのように緑色の服を着たエキストラが何人も主要俳優の前や後ろを通ります。薬剤を運ぶ人たちですかね。

彼らは「シャッター」と呼ばれる役割をもっています。主役の前を通って消えたかと思うとまた逆から通ったりするからそう呼ぶんですが、私はこのシャッターの数をもっと増やしたほうがいいように思いました。

そりゃ、実際の病院薬剤部ではあの程度の運び屋しかいないのかもしれませんが、桜井ユキが言うように猫の手も借りたいほど忙しい部署なので、その慌ただしさを表現するためには、ウソとしか思えないほどの、画面を埋め尽くしかねないほどのシャッターを使ったほうがよかったんじゃないでしょうか。



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これはオフショットですが、1話のクライマックスは、ゲストの女の子同士の別れが描かれました。

桜が散るなかでの別れなんですが、ここでも桜の花びらの量が足りないと思いましたね。もっと大量に散らせるべきだと思う。それこそ画面を埋め尽くしかねないほどに。

あざといぐらいの手法で見せるべきシーンだったと思うだけに残念。

とはいえ……


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クライマックス前のこのシーンは何とも言えない味わいがあってよかったですよね。(何かさっき感想を書いた『のぼる小寺さん』に似たシーンですけど)

でも、あくまで私は真矢ミキを目当てに来週以降を楽しみにしますがね。











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2020年07月12日

『逃げるは恥だが役に立つ ムズキュン特別編』もついに今日が最終回でした。


前回までの記事
逃げ恥の経済学①贈与と返礼(給料前払いとよけいな家事労働)
逃げ恥の経済学②炊き込みご飯とぶどう(藤井隆の役割)
逃げ恥の神話学①星野源を救い出すヒーロー・新垣結衣
逃げ恥の経済学③と神話学②カラダを贈与するガッキーと返礼しない星野源


恋愛劇に経済観念をもちこんだのが斬新だった『逃げ恥』ですが、最初の記事の冒頭で書いたように、私は初放送時、最終回に違和感を覚えてしまったんですよね。みんなが絶賛するようには面白いと思えなかった。

でも今回はめっちゃ面白かった。

その原因は、以前は「経済」にしか目が向いていなかったのに対し、今回は「神話」の面がちゃんと見えていたということでしょうか。比較神話学を援用してシナリオを書いていたくせにこの体たらく。。。

それはさておき、最高だった第10話と最終話の感想を述べましょう。


経済学(搾取のない結婚などありえない)
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第9話のラストで、お互いがお互いを好きだという気持ちを確認し、一夜を共にします。

そして、二人が本当の夫婦でないと知った古田新太がリストラ対象者として星野源をリストアップするところで幕を閉じました。

第9話では、優秀なシステムエンジニアである星野源は再就職先には事欠かないまでも、どうしても収入減は避けられない。そこで本当は家事労働者である新垣結衣を法律上の妻として迎え入れる、つまり、入籍しましょう、とプロポーズするわけですが、それは「好きの搾取です」とガッキーは逃げてしまう。

初放送時、私はここにまず違和感をもちました。なぜなら「資本主義に搾取はつきもの」だからです。

ある労働者の労働力を金銭に換算した額をAとします。彼に支払われる賃金をBとします。すると、必然的にA>Bとなります。A=Bとはなりません。もしそうなれば雇用主の食い扶持がなくなるし、新たな設備投資などもできなくなります。AとBをイコールで結びつけたければ、

A=B+C

とならざるをえません。このCが労働者が搾取される金額です。Cがない以上資本主義は成り立ちません。だから、結婚を経済活動ととらえる『逃げ恥』的世界観でいえば、「搾取のない結婚生活などありえない」ということになります。

逃げ恥の経済学①贈与と返礼(給料前払いとよけいな家事労働)の記事で書いたように、このブログのシリーズの文脈に照らし合わせれば、Cというのはおそらく「贈与」です。

労働者は資本家に「搾取」されているのではなく、あらかじめ贈与している。それに対して資本家は賃金という名の「返礼」をしている。

資本主義を資本家による搾取としてではなく、労働者の贈与から始まる健全な経済活動と捉える、というのがこの『逃げ恥』独自の哲学だと今回初めてわかりました。

以前の稿を読んでいただければわかりますが、ガッキーと星野源はずっと贈与と返礼を繰り返してきました。返礼ができずにクライシスに陥ったときもあった。でも、基本的にこのカップルは原始時代の沈黙交易のように、純粋な想いが根底にある。

その純粋さを星野源は汚してしまった。汚れちまったガッキーは逃げるのが筋です。ここに違和感をもってしまった私が間違っていたわけです。


経済学(青空市)
ガッキーは真野恵里菜からの頼みもあって、地域の商店街の青空市を提案し、その手配をすることになります。

これはもう完全に「贈与」ですよね。「私がやりますよ」という贈与(=供給)。その贈与に対して最低賃金という名の「返礼」が行われるんですが、ガッキーにはそれが物足りない。

「給料払ってるんだからやって当たり前だろ」などと言われてはムカつくのも当たり前。そんなことを言う人間はきちんと「返礼」していないことになります。

ガッキーは「愛情」という言葉で表現しますが、要は気持ちですね。「対価を払ってるんだから働くのは当たり前」。それでは経済は立ち行かない。

給料払ってるんだから働け。
働いてるんだから給料よこせ。

そんな殺伐とした職場で働きたい人間はいないでしょう。でもいまの日本ではこういう考え方が横行しているような気もする。(だからこそ、アンチテーゼとしてこの『逃げ恥』という物語が語られる必要があったのでは?)

そして、「会社も夫婦も同じ」というのがこの『逃げ恥』の独創です。

とはいうものの、それまで賃金がもらえていたのに結婚した途端、同じ労働をしているのに無給になる。それはいや。気持ちはわかる。

でも、恋愛とか結婚をそういうふうに捉えること自体がどうなんだろう、と思うのもまた事実。


『アンナ・カレーニナ』
話はガラッと変わって、この『逃げ恥』は途中からトルストイの『アンナ・カレーニナ』のように、二組のカップルを対比させて描くことでメインプロットを深める話型をとっています。(この世のラブストーリーの大半は『ロミオとジュリエット』か『アンナ・カレーニナ』のパクリです)

初見時は石田ゆり子と大谷亮平の恋愛劇がガッキー&星野源のカップルにどう関わってくるのかまったく見えていませんでした。


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大谷亮平に猛アタックする内田理央は、もう49歳の石田ゆり子の年齢をあげつらって攻撃しますが、我らが石田ゆり子はこんな痛快な返しをします。

「あなたがいま否定したものに、これからあなた自身がなるのよ。自分の未来がなりたくないものだなんて悲しくない? そんな呪いからはいますぐ逃げてしまいなさい」

ガッキーは家事労働とタウン誌のライター職と青空市の世話役の三足の草鞋に疲れはて、

「家事はそれぞれが勝手にやればいいんじゃないですか。だから私が食事作らなくても掃除しなくても文句言わないでください」

と風呂場に閉じこもってしまいます。


神話学(ヒーロー⇔アンチヒーロー)
このときのガッキーは完全にダークサイドに堕ちてしまっています。かつては星野源がダークサイドに堕ちたアンチヒーローだったのに、いまはガッキーのほうがアンチヒーロー。

だから今度は星野源がヒーローとしてガッキーを救い出してやらねばならない。

彼は風呂場の扉を介してやさしい言葉をかけます。ガッキーの心は開きかけますが、まだ完全ではない。

それが青空市本番の日……


呪い
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第1話から自分のことを「小賢しい」と言っていたガッキーに対し、星野源は当たり前のように言います。

「小賢しいって上から目線ですよね。僕は一度もみくりさんを下に見たことはないし、小賢しいなんて思ったことありません」

ガッキーの自虐的な「小賢しい」はまさに石田ゆり子の言う「呪い」だった。星野源の「俺はプロの独身」というのも「呪い」だった。

呪いから完全に解き放たれたガッキーは素直な気持ちで「大好き!」と言います。あの新垣結衣の笑顔の何とかわいらしいこと。

そしてサブプロットがメインプロットに絡んできた瞬間の何と気持ちのいいこと。


神話学(共同ヒーロー)
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ダーツゲームを借りて二人の行く末をあれやこれやと描いてましたが、二人はこれから何があっても「共同ヒーロー」でいればいいと思う。共同経営者ではなく。

生活していればいずれどちらかがアンチヒーローとして転落する。そしたらもう一人が救い出せばいい。二人ともがアンチヒーローにならないよう気をつけていればいい。

もしかすると、アンチヒーローに転落すること自体が「贈与」なのかもしれない、という気もしてきました。

資本家による搾取を悪として捉えず、労働者からの贈与だと捉えるように、ダークサイドに堕ちることも相手への「贈与」と捉えてみる。

自分が転落することで、もう一人が「ヒーロー」として屹立する場を贈与している。贈与された者は二人の仲をより強固にするという「返礼」をする。それを何度も繰り返して本当の「夫婦」になる。

経済と神話。

二つのまったく違う側面から見てきたこの『逃げ恥』ですが、意外なことに二つが密接に絡まっていたのでした。このからくりに気づけなかった初見時の自分を恥じます。







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