ドキュメンタリー

2020年09月16日

BSプレミアム『アナザーストーリーズ』最新作「偽りの‟神の手” 旧石器ねつ造事件」を興味深く見ました。


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あれからもう20年ですか。光陰矢のごとし。

それはともかく、このスクープは当時かなりの反響を呼びました。

私は歴史では古代に一番関心があるんですが、古代の宗教とかそういう方面に関してであって、石器とか土器とかにはあんまり興味ないんですよね。

だから、番組内で「F」と呼ばれる‟神の手”の持ち主が次々に日本の旧石器時代史を更新しているという報道を見ても「ふうん」という感想しかなかったんです。

しかし、F氏が暗闇で石器らしきものを埋めているX線写真で一面が埋め尽くされたスクープ記事を見たときは「ええええ⁉」という感じでした。全部嘘だったとは。しかも、かなり昔から捏造していたらしく、当然のことながら「なぜ見ぬけなかったのか」という疑問が湧きます。

ただ、言うのは簡単でも行うは難し。私がF氏のそばにいた学者だったとして果たして見ぬけたかというとかなり疑問ですね。

だって番組でも触れてましたけど、「偉い学者が認めているんだから」と、もはや「科学」ではなく「信仰」の問題になっていたそうですから。

「神」は人間が生み出した最大のフィクションですが、神を信じているかどうか、という問題には「信じてない」と即答できる人でも、1万円札に1万円の価値があるかどうかと問えば、誰だって「ある」と即答するでしょう。

でも、それだって「信仰」なのです。1万円札に1万円の価値がある理由は、この日本列島で暮らす人々がみな一様に「この紙切れには1万円の価値がある」と思い込んでいるからです。

金本位制の時代は違いました。中央銀行へもっていけば時価1万相当の金(きん)と交換してもらえた。金という実体が価値を裏付けていました。が、金本位制でなくなったいま、何が価値を裏づけているか、それは「この紙切れには1万円の価値がある」という「幻想」にすぎません。(そのあたりのことは岩井克人という経済学者が書いた『貨幣論』という本に詳しく書いてあります)

「神」も「貨幣」も幻想です。集団妄想です。そしてF氏の「神の手」も同様だった。


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この記者が不正を暴いたんですが、門外漢だからこそ疑問を抱けたと言っていました。

王様は裸だと言った子どもとまったく同じですね。大人たちは裸を見ているのに「立派な服を着ている」という幻想に浸っていた。

そこに異議を唱えた人は偉い。

でも、こうも思うのです。

集団幻想に浸っていたほうが幸せだったかも、と。

そりゃ学問の世界のことだから真実を暴くことのほうが大切なのでしょうが、これが学問や科学以外のことだったら……?

「浮気するならばれないようにしてほしい」という女性は、つまるところ「まったく浮気していない亭主」という幻想に浸っているわけですよね? だから浮気した亭主よりばらした友人を逆恨みしたりする。

上述の1万円の話、何年も前に職場で言うと、「何かこのお札がつまらないものに思えてきた」と言った人がいました。

そもそも人間には何が事実で何が嘘かということが本当にはわかりません。どこまでが現実でどこからが幻想なのかもわかりません。

一期は夢よ、ただ狂え! とは誰の言葉だったか。











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2020年02月01日

ずっと見たい見たいと切望してきた東海テレビ製作による『さよならテレビ』。

監督が傑作『ホームレス理事長』『やくざと憲法』の土方宏史さんということでよけいに期待が高まっていましたが、これが期待にたがわぬ素晴らしい壮大なる「自爆テロ映画」でした。


最初にすべてが……?
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冒頭、土方監督が『テレビの今』という仮題の企画書を見せ、同じ会社の面々に取材を申し込む。テレビがいまどうなっているかを撮らせてほしいと。

で、すぐ机の下にマイクが仕込まれるんですが、「ダメだ、マイクがあると喋れない」となり、お偉いさんたちの猛反発に遭って、

①机のマイクを外す
②打ち合わせは許可を取ってから
③発表の前に必ず試写をする

という三条件を新たに設けて取材が進むことになるんですが、土方監督が「テレビ局内部にカメラを向けることでハレーションを起こすかもしれませんが、それならぜひそれも撮りたい」と言っていたハレーションがまさに起こってましたよね。いつもカメラを向ける側のテレビマンたちが、カメラを向けられれるとキレかかる。マイクがあるとナーバスになって喋れない。いつも取材対象にはそれを受け容れさせているのに……。


三人の登場人物
しかし、そんなことにお構いなしに映画は別の方向に進みます。

登場人物が三人出てきます。

局アナの福島さん(右側)
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派遣社員から一年契約の契約社員になれた新人の渡邊くん
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ベテラン記者の澤村さん(中央)
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これら三者三様のドラマが展開されるんですが、この人たち、すべて「外様」ですよね。

局アナはもちろん東海テレビの社員ですが、カメラを向ける側ではなく向けられる側だから社内でも異質の存在のはず。常日頃からカメラを向けられている人にカメラを向けても意味ないでしょう。

新人の渡邊くんもしかり。まだ半人前以下の彼はカメラやマイクを突きつけるより、自分が被写体になることのほうが多い。それにテレビマンになりたての人間にカメラを向けて「テレビの今」を活写できると思うなんてあまりに馬鹿げています。

澤村さんも中途入社らしく、かなりのベテランのようですが一年契約の契約社員といってましたよね。やはり東海テレビの中では外様。

やっぱり、冒頭でカメラを止めろ! と叫び、渡邊くんのミスを叱り飛ばしていた東海テレビの中枢の人たちのあれやこれやを見せてくれないと意味がない。


自爆テロ=アクロバティック・ドキュメンタリー
おそらくは、撮ったけど編集で切ったのではなく、撮らせてもらえなかったのでしょう。もしくは撮って編集でも残したけど試写をしたら切らされた。そこで土方監督は逆の手を打った。

最後に澤村さんに「このドキュメンタリーも結局、いつもテレビがやってるのと同じでしょ?」と告発してきます。共謀罪で逮捕されたが無罪になった人との対面の場面は最初からマイクなどが仕込まれた「やらせ」だった。そうやってテレビ番組は作られている、この映画だって同じでしょと澤村さんが告発する。

と見せかけて、実はその澤村さんも仕込みなんですよね。あの告発はもともと台本にあるセリフのはず。

だって、最後に「出演者」として三人の名前が出ましたから。被写体ではなく「出演者」です。ドキュメンタリーなのに「出演者」です。

ドキュメンタリーと称していたこの映画は、実は周到に準備された劇映画だった。というか、編集の魔力によって無理やり劇映画にしてしまった。それもかなり不出来な。

映画そのものが、いまの腐ったテレビをそのままなぞるような「腐った映画」たろうとしています。

渡邊くんが地下アイドルのライブに行ったりするのをなぜ見せる必要があるのか。密着取材だから撮るのはいいけど作品のテーマとぜんぜん違うことだから編集で切らないといけないのにあえて残す。

それは、いまのテレビはこういう必要のない場面、テーマや主旨とは関係ないけど、アイドルおたくが情けない顔で握手会に参加してる場面があると視聴率が上がるからですよ、と作者自身が身を挺して訴えるためでしょう。

映画そのものを駄作にすることで「テレビの今」を告発する自爆テロ映画。何ともアクロバティックなドキュメンタリーで、これはかなりの実験作にして野心作だと思いました。

まだまだ映画には可能性が残されていますね。この映画は希望の星です。


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1月23日に放送されたクローズアップ現代+『データが浮き彫りに! 知られざる痴漢被害の実態』を見ました。

傍観者効果
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痴漢は電車内だけで起こるものではなく、明るい広場など衆人環視の場でも起こるという衝撃の内容でした。

なぜそのような場で痴漢が起こるか、はたまたなぜそのまま犯人が捕らえらないかというと、「傍観者効果」が働くから、ということだそうです。



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自分が助けなくても誰かが助けるだろう、近くには交番もあるし大丈夫だろう、という感じでみんな立ち去ってしまう。

特に日本人には傍観者効果が強く働いてしまうような気がしますが、番組内で告発されていた「痴漢を見て見ぬふりをする人たち」には複雑な思いを禁じえません。

電車内で痴漢に遭った女性が男の手を掴んで「この人、痴漢です!」と叫んでいるのに、みんな寝たふりやケータイを見たりして助けてくれない。

私がそこでその男を捕らえられるかというと、かなり微妙です。

なぜか。

私自身が痴漢に間違われたことがあるからです。


痴漢に間違われた
といっても警察に突き出されたわけではありません。

ある電車の扉付近で立って本を読んでいたんですが、前の女性が押されてどんどん密着してきたので、窮屈な右足を比較的すいている左足の近くに動かしたんですが、そのとき右足の太ももが女性のお尻をなでる形になってしまったんですね。手で触れたと誤解した女性はキッと睨んできましたが、それだけですみました。あのとき「この人、痴漢です!」と言われて警察に突き出されていたら……

両手は本をもっていたので目撃者が名乗り出てくれたら無罪放免ですが、目撃者にも「傍観者効果」が働いて名乗り出てくれなかったら有罪率99.9%の日本の司法では確実に有罪にされていたでしょう。


真の問題は……
痴漢は性犯罪である以上に「弱い者いじめ」の卑劣極まりない犯罪だと思うけど、もし私のように痴漢していないのに「この人、痴漢です!」と言われていたら、と思うと、捕らえようとしても二の足を踏んでしまいそうな気がする。もし無実ならその人の一生を台無しにしてしまうわけでしょう?

だから傍観者効果も大きな問題だけれども、真の問題は「有罪率99.9%」というこの国の司法のあり方にこそあると思った次第です。





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