私の亡父は、選挙のたびに次のようなことを言っていました。

「投票率は100%ないといかん」と。

「お父さん、昔たけしが言っていたけど、投票率100%みたいな、国民の全部が政治に興味をもってる国って少しも自由じゃない国だよ。それはいやでしょ」

「じゃあ、おまえは何%だったらいいというのか」

「70%もあれば充分じゃない? 政治に興味のない人たちも興味ある人たちも同じように自由や平等を享受できるようにすべきだと思う」

父は、「けしからん!」と舌打ちしていました。


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その父が、亡くなるちょっと前、衆議院だか参議院だかの選挙があったので、「投票は行ったの?」と訊くと、「そんなもん行かない。お父さんは老い先短いからどこが勝とうが関係ない」と言い放つ。

あなたの社会への問題意識ってその程度だったの? と思ったけれど何も言わずにいた。

父が死に、その父の年齢に達した母は、半年前の衆議院総選挙にも積極的に投票に行っていた。

「だって、高市は戦争しようとしてるんでしょう?」

もう自分は老い先短いから。
もうすぐお迎えが来るから。

みたいなことを日常的に口にする母だが、選挙には行くという。自分は絶対に戦地には行かなくていいのに「戦争する国になってほしくないから」と拒絶の一票を投じた。


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おそらくは、孫や曾孫が戦争に駆り出されるのを恐れているのだろう。あの子たちのために日本が戦争する国になっては困る。親父にはそんな発想がなかった。

別に亡父を痛罵したくてこの記事を描いているのではなく、私が言いたいのは「男と女の違い」ということなのだ。

男は観念で生きているから「戦争」と聞いてもリアルには想像できないのではないか。女は逆に、肉体で考える性質があるから、殺されるとか、拷問にかけられるとか、もっといえば敵兵にレイプされるとかそういうことへの恐怖が男より100万倍くらい強烈にイメージできるのだと思う。

何しろ、妊娠・出産なんて「自分の中に別の生き物を飼い育てる」わけですからね。男にはよくわからない「強さ」があるのだと思う。

かつて、最初の主治医は、男親と女親の違いをこう説明していた。

男は観念で生きているという私の主張を前提としたうえで、

「男は子どもと繋がってないねん。頭で生きてるさかいな。でも女は違う。先生も男やからはっきりとはわからんが、どうも女親は子どもが何歳になっても子どもと地続きになってるようなんや。自分の体の一部みたいな」

へぇ、そんなもんか、と感心した。

高市をつぶせるとしたら女性たちが立ち上がったときかも、なぁんて思ったら、高市も同じ女性なのだった。(爆)










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