ドジャースの面々があの悪辣極まりないドナルド・トランプを表敬訪問した件。もうすでにだいぶ炎上していますが、私が思うことを付け足します。


自分なら?
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なぜあの好漢・大谷がトランプに会いに行き、固く握手までしているのかと批判がかまびすしいですが、私はそんな簡単な話なのかな、と思います。

だって、大谷は移民です。山本由伸や佐々木朗希も同じく。いまアメリカでは移民政策が厳しく、映画評論家の町山智浩さんも、いったん日本へ帰国してもう一度アメリカへ入国しようとしたら、まったく知らない土地へ追放されるかもしれないから、事態が落ち着くまでアメリカから出ないことに決めてるそうです。

大谷だってオフには日本へ帰りたいだろうけど、それができなくなる。いくら英語が達者になったとはいえ、オフくらい日本に帰りたいだろうにそれができなくなるかもしれないという恐怖を日本人プレーヤー三人で話し合ったはずです。で、↑ああなった↑と。

私が大谷なら、トランプにスカンクの屁の臭いでも嗅がせてやりたいところですが、国外追放されることを考えると、それはできないんじゃないか。トランプと握手するなんて反吐が出ますが、それはしょうがないことなのかもしれません。必要悪。


なぜ大谷はリベラルでなければならないのか?
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次に、「トランプを表敬する訪問する意味を何も考えていない」みたいな、リベラルな人間なら絶対避けて通るはず道だ、みたいな言説を見かけましたが、なぜ大谷翔平はリベラルな思想の持ち主でないといけないのでしょうか?

ネトウヨみたいな最低な人間でもいいじゃないですか。彼を高潔な人間として見たい人たちが、大谷=リベラル(でなければ)と決めつけているだけのように思います。

大谷は真っ当な思想の持ち主でなければならない。という臭いを非常に感じますが(真っ当って何?)彼にだって思想信条の自由はあり、ネトウヨみたいな最低の思想の持ち主でもいいじゃないですか。いま私は「最低の思想」と言ったけど、トランプを表敬するのが最低の政治思想だと決めつけてるのはリベラル派の人たちですよね? ネトウヨ的な価値観から言えば「素晴らしい!」ということになる。


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『レイジング・ブル』という映画では、ジェイク・ラモッタという「最高のボクサー、最低の人間」という実在の人物が主人公として出てきます。ボクサーとしてはめっぽう強い。しかし彼は周りの人間を傷つけすぎ、あげく孤立してしまいます。

大谷もジェイク・ラモッタみたいに、「最高の野球人、最低の人間」として生きたっていいじゃないですか。もしその場合は、それは彼の選択であり、仮に不幸になったところで外野の我々がとやかく言うことではない。

私たちは「大谷翔平」という人物にあまりに多大な期待をかけてるんじゃないでしょうか。

自分たちと同じリベラルな人間でないと困る。反トランプでないと困る。あなたは困るかもしれないが、大谷はわが道を行くですよ。

今回の表敬訪問と、数年前の国民栄誉賞事態を結びつける言説もあります。「あれはすごく大谷らしかったのにトランプには阿るのか」と。

どちらも政治利用されていることは同じですが、上記のとおり、国民栄誉賞なら痛くも痒くもないが、相手がトランプとなると何が待っているのかわからない。

それでも反トランプの姿勢を打ち出してくれ!

あなた何様?

繰り返しますが、大谷にも思想信条の自由があるのだし、みんなだから大谷個人を高潔な人間だと期待しすぎだって。世界最高峰の舞台で活躍したい野球少年ってだけじゃないですか。




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