ちょうど30年ぶりにダルデンヌ兄弟のデビュー作『イゴールの約束』を再見しました。(以下ネタバレあり)


『イゴールの約束』(1996、ベルギー・フランス・ルクセンブルク)
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物語のあらまし
まだほんの中学生くらいの少年イゴールは、父親とともに不法就労移民を住まわせては家賃を取り、働かせてはピンハネし、という、いまでいうところの「貧困ビジネス」に手を染めています。

イゴールは完全に父親の言いなりです。でも、そうも言ってられない事態が湧き起こります。労働監督官の訪問時に、一人の黒人男が足場から落ちて死亡します。父の指示通り敷地内の隅にその死体を埋めるイゴールでしたが、気になることがありました。死んだ黒人男の最後の言葉が「妻と子供を頼む」だったからです。

イゴールは父の命に背き、妻のアシタとその子どもを助けます。初めての父への反逆でした。最後は怪我をした父親を放ってアシタとともに空港へ赴きます。そこで、彼女の旦那が死亡し、自分が埋めたと告白します。アシタは何も言わずに去っていきました。


『ゴッドファーザー』が嫌いなお人
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話は突然『ゴッドファーザー』のことに変わります。

かつて映画の専門学校に通っていた頃、ある大阪の大映画館が閉館するのに合わせて「さよなら上映」で『ゴッドファーザー』が上映されました。ビデオで見たことはあるけどスクリーンで見るのは初めてのため、行ってみました。同じ学校の生徒が何人もいました。

そのなかで比較的仲のいい人と同じ電車で帰ったのですが、彼は『ゴッドファーザー』についてこう言いました。

「あの主人公たちはただの悪人じゃないか」

そうです。彼は「主人公はいい人でなければならない」という思想の持ち主でした。『ゴッドファーザー』でも作者たちはマイケルを卑小な悪人、ヴィトーは崇高な精神の持ち主と描き分けていたんですがね。その彼によると十把ひとからげにして「全員悪人」ということで、だめな映画ということでした。


いまのZ世代
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『ゴッドファーザー』嫌いの友人と同じことがいまのZ世代にも言えるのかなと思って筆を執った次第です。

イゴールは強権的な父親のもとを巣立ち、本当に困っている人に寄り添おうとする。それを人としての立派な「成長」とこの映画は描いているのですが、「何だかんだ言ったってこいつは悪い奴じゃないか」なんてことをいまの若者は言うかもしれない。まぁ死体遺棄にまで手を染めてますしね。しょうがないのか。(笑)

主人公が犯罪に手を染めているなんて映画では普通のことなのに、特に日本映画では主人公はみんな潔白ですよね。だからなのか「この主人公は悪い奴だ。だからつまらない」という感想を何かの映画で見かけたことありますよ。

『イゴールの約束』はもとより、『ゴッドファーザー』まで主人公が悪人だから受け入れられないなんて、あまりにもリテラシーが低すぎませんかね?

イゴール、よかったね。


イゴールの約束(字幕版)
フレデリック・ボドソン


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