私が15年前にコンクールで佳作を受賞したシナリオは『キンタマン』というタイトルなんです。

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はい、ここで「なぁんだ」と思った人。あなたは永久に私の友ではない。

人は下ネタ満載というだけで評価を低く見積もる。

応募する前は、書く人間として「喜劇こそ最も難しい」と思っていたし、「くだらない物こそ最も難しい」とも思っていたから堂々と胸を張って出したのだけど、受賞したはいいが、授賞式で何か怪しい雰囲気に。

女性の最終審査委員の人が、つかつかと歩み寄ってきて、

「あなた、これは何? こんなタイトルじゃ二次審査で落ちてても不思議じゃなかったわよ」

と言う。批判されるのはまだいいとしても、

「あなた、ろくに勉強してないでしょう。私たちだってまだまだ勉強不足なのよ。読むべきものを読んでない。見気べきものを見てない、って」

下ネタ満載シナリオを書くと、人格否定までされるのかと。


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世の中にはこんな本まであるというのに。それでも多くの人は下ネタというだけで「くだらないもの」「一段落ちるもの」と捉える傾向が高い。

ちょっと前に小説を書いていた頃は、「小説書いた」というと「読みたい」というので貸すと評価は人によりさまざまだったけど、面白いといってくれた人に『キンタマン』を貸してみると、「読めなかった」という。読み始めたけど下ネタ満載すぎて嫌気がさしたのならまだいいが、一文字も読んでいないという人も少なくなかった。

家に帰って、何とか『キンタマン』を読もうとするけど「くだらないんじゃないか」「一段落ちるんじゃないか」と疑心暗鬼に囚われ、結局読まないまま5か月も借りてた人がいた。(早よ返さんかい!)

職場でも「佳作を獲ったことがある」というと「それはすごい!」と言ってくれるけど、ボルテージ高めのその人が後日『キンタマン』の話になるとごにょごにょ言葉を濁すので、あ、これは私の名前か何かで検索して『キンタマン』というタイトルを目にしたんだろうな、と推察する。

で、おそらく読まずに「くだらないもの」「一段落ちるもの」と断定してよそよそしい態度を取るようになったようだ。だって、読めば面白さは保証しますから!

こちらとしては人生で数少ない褒章であるのだけれど、タイトルがそれを阻害する。しかも人々は読まずに「たいしてことないもの」と断定するからけしからんのだ。

私は佳作だったので、本来なら月刊シナリオには載らないはずなのだが、審査委員長の桂千穂さんが、

「「下ネタ満載のものなんてくだらない」という風潮、この手のアイデアを思いついても「落選するからやめておこう」と自重する空気が蔓延しており、それに抗う意味でも掲載を決めた」

と、ありがたいお言葉があった。

だから載せてもらえたのだけれど、載ったからといって読んでもらえるとはかぎらないのがこの世の厳しさである。

ある人なんかは、「面白いんだけどね、面白いんだけどね、でもね」といってあとは何も言わず察してくれとばかり無言でシナリオ誌を突き返してくる。面白ければそれでいいではないか!!

ある脚本家がずっと昔に言っていた。

「喜劇はシリアスの3倍難しい。でもシリアスの3分の1しか評価されない。だから喜劇作家はシリアス作家の9倍頑張らないといけない」

しかしこれは普通の喜劇の場合でしょう。下ネタ満載の喜劇はこれには入らないのではないか。だって読まずに「一段低いもの」と断を下すのであるから。

上記の文章を一言でまとめれればこうなる。


読んでから言え!


マッケンドリックが教える映画の本当の作り方
アレクサンダー・マッケンドリック
フィルムアート社
2009-09-28


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