いつの間にか『BS世界のドキュメンタリー』から『世界のドキュメンタリー』に改題されていたけど、中身はいつもと同じく見応えたっぷり。

そのなかでも、今回の『シャドー・スカラーズ 誰が論文を書いているのか』はかなり見応えありましたね。


HFThIuVbsAALGOU

前編 代筆産業の実態
後編 影のライターたちの実態

前後編で描かれるこの番組は、ケニアを舞台に、旧宗主国イギリスの大学から論文を代筆してほしいという依頼が多数寄せられ、高学歴なのに就職ができずお金に困った優秀なケニアの若者たちがイギリスの若者たちの代わりに論文を執筆し、代わりに試験を受け、教授とのやりとりさえ行っている現実を浮き彫りにした秀作ドキュメンタリーです。論文代筆を利用している学生は延べ3700万人に及ぶ、とも。

「どうしてこんなことをしているの?」と聞かれたケニアの若者の一人は、

「どうしても金を稼がないといけなかった」

と言います。そして、別の人はこうも言います。

「私たちは自分たちから依頼して論文を書き金銭を得ているのではない。向こうから来たものをただ掴み取っただけだ」

私はこのドキュメンタリーを見て、サッカーの「上位下位構造」が即座に頭に浮かびました。


サッカーの上位クラブと下位クラブ
thumb001

ヨーロッパサッカー全体に言えることですが、私がよく見るスペイン・リーグに限定して話をします。

1部リーグでほぼ毎年プレーするクラブは次のように上位・中位・下位に分けられます。

上位クラブ
レアル・マドリード
バルセロナ

中位クラブ
アトレティコ
ビジャレアル
ソシエダ
ベティス
セビージャ
バレンシア
セルタ
ビルバオ

下位クラブ
ヘタフェ
ジローナ
ラージョ
オサスナ
マジョルカ
レバンテ

これは100年を超えるサッカーの歴史によって決められたことです。最近は上位クラブのレアル・マドリードかバルセロナしか優勝していませんが、それはテレビ放映権料の問題とかもあるのですが、何より上位クラブにはいい選手が集まってくるからです。

例えば、下位クラブのヘタフェで頭角を現した選手が同じマドリード自治州のレアル・マドリードに移籍したり、オサスナで頭角を現した選手がいったん中位クラブのソシエダに移籍して、そこからさらに上のバルセロナに移籍したりします。

仮に、下位クラブのヘタフェがリーグ優勝したとしましょう。2016年のイングランドで岡崎慎司擁するレスター・シティが奇跡の優勝を果たしましたが、そういうことは充分起こりえます。そのとき(来シーズン)ヘタフェに選手が集まるでしょうか。答えは否です。

レスター・シティにもいい選手は集まりませんでした。逆に、レスターからいい選手が他の上位クラブへ流出したのです。

上位と下位が固定化されてしまっているからです。だから、下位から上位への選手の流出は止まりません。下位クラブは「育てて売る」のをどのチームも党是としています。


自らを正当化せざるをえない
5KQG8Z8M9N-eyecatch_371bdbd326e0bed71951a7324a6af646 (1)

『シャドー・スカラーズ』で描かれる問題も同じ構造に見えます。

上位 イギリス
下位 ケニア

この上位下位構造が完全に固定化されてしまっているがゆえに、「私たちは自分たちから依頼して論文を書き金銭を得ているのではない。向こうから来たものをただ掴み取っただけだ」という言葉が出てくるのだと思う。

番組でも触れられますが、代筆する側は自らを正当化します。そうしないと罪の意識や、自分自身が倫理観が欠如した人間だとしか思えず、自我が崩壊するしかないからだと。

サッカー選手も、最初は下位クラブ、それから中位クラブ、そして上位クラブへ渡っていくものだと当然のように思っています。レスター・シティのセンターフォワードだったジェイミー・バーディーは、他クラブからの誘いを断りレスターに留まりました。心ない人たちは「馬鹿な奴だ」と言っていました。

バーディーがどう思っていたかは知りませんが、サッカー界における上位下位構造に一石を投じたいという思いがあった可能性はあります。自分が残ることでレスター・シティを上位クラブに引き上げたい、と。

でも、いまやレスター・シティは2部に落ち、来季は3部に落ちる可能性まであります。たった10年前の歓喜はどこへやら、です。

一人の選手が反旗を翻したくらいでは上位下位構造はびくともしないのです。だからそれは、イギリスのスカラー(学者)とケニアのシャドー・スカラーの上位下位構造がびくともしないのと同じでしょう。(どちらが本当の「シャドー」か、というのは面白い議論でした)

だからやはり世界同時革命が必要なのだ、と言いたくなってしまいます。


学ぶ悦びは?
QJ12PRP55V-eyecatch_402e92a52c664bcfea93d9816185e040 (1)

この『シャドー・スカラーズ』では学ぶ悦びについて少しも触れなかったのが不満でした。

イギリスの代筆を依頼する学生はもちろん、ケニアのシャドー・スカラーたちにも「学ぶ悦び」がないようです。

そりゃまあ、代筆を頼むほうがそんなものとは無縁なのは無論ですが、実際に論文を書く側には少しくらいそういうのがあると思っていたけど、みんな日々の暮らしに追われて無表情なのが悲しかったです。

報酬はもらえるけれど、そんなに高くないんでしょうね。

前編の最初のほうで、ケニア出身の女性博士がシャドー・スカラーに問います。「あなたにとって倫理とは何か」

「倫理とは何かって? それは逆に私があなた方に聞きたいですよ」

何も悪いことはしていないと。あっちから仕事が来たからしているだけだ、と。

せめてレスターに残留したジェイミー・バーディーくらいの骨のある人が束にならないと何も変わらないんだろうな、と思いました。


このエントリーをはてなブックマークに追加