尊敬してやまない吉田玲子さんの新作であり、また、最初は興行的に振るわなかったけど2週間たってじわじわ盛り返しているなどの報道を読んでいたので楽しみにしていました、『パリに咲くエトワール』。

中盤がすごくよかったんですが、終盤に裏切られてしまいました。という感想をいまから書きます。(以下ネタバレあり)


『パリに咲くエトワール』(2026、日本)
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原作:谷口悟朗、BNF&ARVO
脚本:吉田玲子
声の出演:當真あみ、嵐莉菜、早乙女太一、門脇麦、尾上松也、津田健次郎


「夢をもて」というイデオロギー
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物語はある二人の少女に関するもの。舞台は日清日露戦争が終わった直後にして第一次大戦前夜。

主人公のフジコは画家になるのが夢で、本場のパリで本物の巨匠たちの絵画を見て描こうと日本からやってきた。そんなフジコがパリで再会するのが、薙刀師範の一家に生まれ、いずれは婿を取って家を継ぐ定めのチヅル。でもチヅルはバレリーナになりたい願望をもっている。

何だかんだでフジコは絵画を、チヅルはバレリーナを本気で目指そうということになる。

私はここでとてもいやな気持ちになりました。

なぜなら私もまた脚本家という夢に毒されていた者だからです。いくら頑張ってもなれず、いまは下町の下町の下町でひっそり暮らしています。世間的な成功などというものとは無縁の、何者かになりたかったけどなれなかった一介の虫にすぎない。

でもこの『パリに咲くエトワール』の前半は「夢をもつって素晴らしい!」というイデオロギーをまき散らしますよね。夢を追いかけることは確かに素晴らしいことかもしれない。でもそれは諸刃の剣だということも同時に言わないといけないと思いました。

それに、「夢をもつって素晴らしいイデオロギー」は、最初から夢なんかもってない人間を排斥しかねないんですよね。ここで途中退出しようかと思ったほど。

でも……


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チヅルにバレエのレッスンをする女性が言いますよね。

「夢はときとして残酷なものよ」

このセリフで座り直したのでした。すると……

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何と主人公のフジコがもう1年もの間、絵筆を握ってない事実が判明する。

ピカソやマチス、セザンヌたちの絵を見ているうちに描けなくなってしまったという。

これですよ。夢をもったところでそれを叶えられる者はほんの一握り。他はみんな掃いて捨てられる運命にある。

フジコとは対照的に、チヅルは少しずつではあるけどバレリーナとしての階段を登り、最後にはパリのオペラ座の末席ではあるけど一員に選ばれ、初舞台も大成功。

ここまではよかったんですがね。

チヅルの姿に感動したフジコは久しぶりに絵筆を握り、チヅルの踊る姿を水墨画のような絵で表現し、働いているカフェで展示させてもらい、客たちの間で評判となる。

チヅルほどではないにしても、フジコも夢を叶えてよかったよかった?

いいや、私はそんな物分かりのいいことは言わない。夢を叶えてよかったね、というのだったら、冒頭の「夢をもて」というイデオロギーと何ら違わないじゃないですか。


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主要人物二人のうち、片方は夢を叶えた。でも、肝心要の主人公は夢を叶えられず、こっそり国へ帰る。行方は誰も知らない。生きてるのか死んだのかすらわからない。

それぐらいの暗い結末をもってきてこそ、「夢は素晴らしいというイデオロギー」を駆逐できたのではないかと思いました。

あと、ちょっとしたことですが、「戦争」というものの扱いについて。

フジコやチヅルが帰国せねばならなくなりひと悶着みたいな、やりたいことから遠ざかる、親しい人たちと別れなければならなくなる、という「ピンチ」を作るために戦争を「利用」している感じがしました。小道具のひとつみたいな感じ、といえばわかってもらえるでしょうか。

日本も近い将来、戦争に巻き込まれるかもしれず、このような戦争の捉え方も疑問に感じました。




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