『野球どアホウ未亡人』のバカさ加減がいまだに記憶に新しい、小野峻志監督の最新作『翔んだタックル大旋風』を見てきたんですが、「話が違うじゃねーか!」と思ったという日記です。


『翔んだタックル大旋風』(2025、日本)
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脚本・監督:小野峻志
出演:吉田怜香、金子隼也、平野宏周、夏海、森山みつき、水石亜飛夢、佐野史郎


どう話が違うかというと、「令和一バカバカしい映画」を目指したという触れ込みなのに、ものすごくちゃんとした映画だった、ということです。少しもおバカじゃない。『野球どアホウ未亡人』が真の知性がなければ撮れない映画だったように、この『翔んだタックル大旋風』にも知性を感じました。以下に詳しい感想を記します。(以下ネタバレあり)


刑事の是非
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『野球どアホウ未亡人』で主役だった森山みつき演じる刑事が出てきて重要な役回りを演じるのですが、刑事を出す必要があるのかどうか、最初は首をかしげながら見ていました。

先日亡くなった長谷川和彦監督に自作シナリオを読んでもらったときに言われたことがあって、

「これって何で刑事が出てくるの? 法的にどうかという話じゃないだろ」

ゴジさんは刑事があまり好きではないようで、その理由が、

「警察は仕事で事件にかかわるだけだからな。私情があって絡んでくるわけじゃないから動機として弱いんだよ」

だそうです。刑事を主役にするのが好きな黒沢清監督に刑事だけはやめろと何回も言っていたとか。

ともかく、『翔んだタックル大旋風』も「殺人タックル」とか「麻薬」とか違法なことは出てきますが、メインプロットは「ラブストーリー」であるからして、刑事を出すのはどうなのかと思って見ていました。でも途中でハタと気づきました。これはアリだ、と。


ファーストシーン
この映画の冒頭は、主人公がレイプされそうになるところをアメフト部の吉岡という男に助けてもらって、その男を主人公が想い続ける、というのが簡単なあらすじです。

さて、レイプとは何でしょうか?

男が100%「主体」となって、女を100%「客体」としてほしいままにすることですよね。

ファーストシーンで「女を客体としてしか扱わない男という存在」というアンチテーゼを打ち出したからには、クライマックスでは主人公が「主体」として何らかのアクションを起こしてテーゼを打ち出さねばなりません。

そのために女刑事が必要なのだと思いました。いつも主人公のそばにいる写真ばっかり撮ってる百合子という女では弱すぎる。刑事として武道に通じている女を登場させて、彼女が主人公に格闘技指南をしたら、クライマックスに「意味のあるアクション」が生まれるのではないか。作者はおそらくそう考えたのだと思います。

確かに刑事が出なくても成立する話ではあり、そのあたり綱渡りのようでもありますが、あの女刑事が結構単独行動が多い「主体」として日頃活躍しているらしく、男の上司たちは彼女をもてあましているという設定なので、テーマを体現する登場人物として生きていますし、何より簡単に発砲したりする現実離れした刑事なので、映画そのものが現実離れした『翔んだタックル大旋風』にぴったり合ってる。

映画の神様の微笑が見えるようです。


セクハラ映画
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冒頭がレイプなら、この映画は丸ごと通して「セクハラ映画」ですよね。

男の部員たちは彼女を抱きしめたり、肩を叩いたり、両手を握ったり、頭ポンポンしたりする。ジョディ・フォスターがセクハラされまくる、セクハラ映画の嚆矢とも言うべき『羊たちの沈黙』を見ているかのようでした。

セクハラもレイプと同じく女を「客体」とみなす行為です。主人公の秋子は、嫌がるそぶりは少しも見せません。というか、そもそも相手にしていない。

相手にしたいのはあくまでも吉岡であり、その吉岡が親友の百合子を翔んだタックルで半殺しにしてしまう。


主体と客体
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ここで大事なのは、吉岡が百合子を「主体」として見ているということだと思います。主体といって悪ければ「一人前のプレーヤー」。

監督役の佐野史郎をはじめ、この映画の男どもは、主人公を見て「かわいい」とか「何かあったらいつでも言ってね」とか耳にやさしい言葉を投げかけますが、それは彼女を一人前のプレーヤーとして見ていないということです。「自分たちより一段下の存在」と思っているのでしょう。

ところが吉岡は百合子を半殺しにした。百合子を一人前のプレーヤー=主体として扱ったということです。

そこで主人公の秋子は激しく嫉妬する。自分は客体としてしか扱われないのに、なぜ百合子は、と。

秋子は決然と吉岡にタックル決斗を申し込み、見事勝利する。

74分のうちほとんどを客体として扱われ続けた秋子が、初めて、そして突き抜けるほど高く、主体として行動する。

言葉の真の意味で「フェミニズム映画」だと感じました。

だからこれはかなり賢い映画だと思うのです。おバカ映画だなんて言わせない!




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