だいぶ前にツイッターで、
「映画を途中で中断して見る人たちがいるそうだ。そういう人たちは1本の映画を半分くらい見て、残りは明日見よう、おやすみ、みたいな感じなのだろうか。すげー違和感」
とつぶやいている人を見かけました。
実は私こそ「そういう人たち」の一人なのです。
そりゃできることなら1本通して見たいけれど、長いと体力的にきつくて水を入れたりしないとちゃんと見れない場合もあるし、それに何より、15年ほど前から仕事をしてると2時間3時間とまとまった時間を確保できない場合が多くなってきて(その頃はまだシナリオも書いていたし)自然と「途中まで見てそれ以後は翌日回し」という見方が自分の中で定着しました。
「中断視聴」なんて作った人に対して失礼だ。という考え方もあるようで、これってそのまま「エンドクレジットをちゃんと見ないと作った人たちに失礼だ」ということですよね。
私はエンドクレジットを見ずにさっさと帰る派なので、何でみんなそんなにお利口さんなんだろう? と疑問に思いますが……
と書いてきて、思い出しました。

かつてまだヤフーの掲示板があった頃ですが、私が作ったトピックに書き込みしてくれる女性がいて(ほんとに女だったのかどうかはわかりませんが)
その人は親の介護に追われていて、でも映画を見たいから何とか10分20分の時間を作って、私が推薦した『明日に向って撃て!』を中断しながら最後まで見たそうです。
そのときの私はあちらが大変な状況であるにもかかわらず、無神経にも「通して見たほうが作った人たちも喜びますよ~」なんて言ってしまった。何てことはない。いま私が批判しようとした人たちと同じ穴のムジナだったというわけです。

本だったら読み終えるのに何日もかかるから中断視聴しても誰も何も言わないのに、映画だとケチをつける人がいるのは、ひとえに映画館で見るときは頭から最後まで止めずに見るからなんでしょうね。倍速とかそんなこともせず。
倍速といえば、私は倍速視聴する人たちに批判的ですが(参照記事⇒『映画を早送りで観る人たち』感想(変化を恐れる傲岸不遜))「映画を倍速で見る」も「映画を途中で中断して見る」も「映画館で映画を見る」という映画鑑賞のデフォルト的な形に対する「変化」として見ることもできるかもしれません。
かつてVHSで映画を見ていた頃は、途中でトイレに立つのもいやでしたから、映画館と同様、鑑賞前にトイレに行って、という見方をしていたのに、配信になってからはいつでも簡単にゆっくり見れるからか、途中でトイレに立ったりおやつを食べたりお茶を飲んだり中断しまくり。挙句の果てに「じゃあ続きは明日」なんてことになる。
倍速視聴を批判しておいて中断視聴は肯定するというのはこれ如何に?
でもやっぱり、倍速で見るのは「間」とかそういうのがわからないからよくないと思う。別に作った人に失礼なんて思わないけど、作品をよりよく味わうためには通常速度で見たほうがいいと思う。
しかし、こう言ってしまうと「中断視聴もやめたほうがいい」というもう一人の自分の声が聞こえてきて困る。
もう15年も定着したこの見方。改められるだろうか。
「映画を途中で中断して見る人たちがいるそうだ。そういう人たちは1本の映画を半分くらい見て、残りは明日見よう、おやすみ、みたいな感じなのだろうか。すげー違和感」
とつぶやいている人を見かけました。
実は私こそ「そういう人たち」の一人なのです。
そりゃできることなら1本通して見たいけれど、長いと体力的にきつくて水を入れたりしないとちゃんと見れない場合もあるし、それに何より、15年ほど前から仕事をしてると2時間3時間とまとまった時間を確保できない場合が多くなってきて(その頃はまだシナリオも書いていたし)自然と「途中まで見てそれ以後は翌日回し」という見方が自分の中で定着しました。
「中断視聴」なんて作った人に対して失礼だ。という考え方もあるようで、これってそのまま「エンドクレジットをちゃんと見ないと作った人たちに失礼だ」ということですよね。
私はエンドクレジットを見ずにさっさと帰る派なので、何でみんなそんなにお利口さんなんだろう? と疑問に思いますが……
と書いてきて、思い出しました。

かつてまだヤフーの掲示板があった頃ですが、私が作ったトピックに書き込みしてくれる女性がいて(ほんとに女だったのかどうかはわかりませんが)
その人は親の介護に追われていて、でも映画を見たいから何とか10分20分の時間を作って、私が推薦した『明日に向って撃て!』を中断しながら最後まで見たそうです。
そのときの私はあちらが大変な状況であるにもかかわらず、無神経にも「通して見たほうが作った人たちも喜びますよ~」なんて言ってしまった。何てことはない。いま私が批判しようとした人たちと同じ穴のムジナだったというわけです。

本だったら読み終えるのに何日もかかるから中断視聴しても誰も何も言わないのに、映画だとケチをつける人がいるのは、ひとえに映画館で見るときは頭から最後まで止めずに見るからなんでしょうね。倍速とかそんなこともせず。
倍速といえば、私は倍速視聴する人たちに批判的ですが(参照記事⇒『映画を早送りで観る人たち』感想(変化を恐れる傲岸不遜))「映画を倍速で見る」も「映画を途中で中断して見る」も「映画館で映画を見る」という映画鑑賞のデフォルト的な形に対する「変化」として見ることもできるかもしれません。
かつてVHSで映画を見ていた頃は、途中でトイレに立つのもいやでしたから、映画館と同様、鑑賞前にトイレに行って、という見方をしていたのに、配信になってからはいつでも簡単にゆっくり見れるからか、途中でトイレに立ったりおやつを食べたりお茶を飲んだり中断しまくり。挙句の果てに「じゃあ続きは明日」なんてことになる。
倍速視聴を批判しておいて中断視聴は肯定するというのはこれ如何に?
でもやっぱり、倍速で見るのは「間」とかそういうのがわからないからよくないと思う。別に作った人に失礼なんて思わないけど、作品をよりよく味わうためには通常速度で見たほうがいいと思う。
しかし、こう言ってしまうと「中断視聴もやめたほうがいい」というもう一人の自分の声が聞こえてきて困る。
もう15年も定着したこの見方。改められるだろうか。

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