いま、最も好きな小説家と言って過言じゃない梅崎春生の兵隊小説集を読んでいるんですが、大昔を思い出すフレーズがありました。

『蟹』という名の短編で、軍隊(海軍)でのつらい日々が綴られます。

蟹というのは作者本人とおぼしき「私」と同じ隊にいる兵士のことです。

兵長ほか上水兵などは蟹より年少で、年長なのに年少の者から殴られてばかりいる。主人公の私はもっと年長のようで、つまり年少から記すとこうなる。

①兵長や上水兵など偉い兵隊
②蟹
③私と木原という戦友

私や木原、蟹などは徴兵で軍隊に入った者で、志願兵はかなり若くして階級が上がっている。そこを突かれていじめられているわけです。

「蟹は年少の者から殴られているから、その腹いせにもっと年長で階級が下の者を殴っている」と木原は愚痴を言います。

主人公はそれはその通りだろうが、蟹の行動はまったく是認できないという。年少の者から殴られてつらいからこそ、年長の者を殴らないのが正しい、という。

ハッと思い当たることがあります。


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中学の時分にサッカー部に所属していたんですが、まだ1年のときや2年になってもまだ3年生が君臨しているときなどは、せっかく作ったはちみつレモンなどジュースの類を先輩たちにこっそり盗まれ、飲まれていたんですよ。

私は同じサッカー部だった次兄のアドバイスもあり、ギンギンに凍らせた水をもって行ってました。ただの水なら盗られてもそんなに悔しくないし、そもそも盗られない。何より本当に喉が渇いたときはただの冷たい水が一番うまい。

というわけで被害に遭わなかったんですが、同輩の連中は、はちみつレモンなんかもってきたら盗まれるとわかっているのに、それでももってくるんですよ。私のアドバイス通りただの水をもってくればよかったのに。

で、どう『蟹』という小説とつながるかというと、みんな先輩から盗まれてきたから後輩から盗む。その後輩もそのまた後輩から盗むという悪い伝統があったわけですね。

それが私の代で変わりました。

私たちの代は誰も後輩から盗まなかったのです。

同輩のある者は、「俺たちは損をしている」と言っていましたが、これは『蟹』に当てはめると木原の言い分ですよね。

私は主人公の「私」と同じく、それは違うと思いました。

盗まれるのがいやだったからこそ、盗んではいけないのだと。

昔日の日の遠い思い出でした。


部活があぶない (講談社現代新書)
島沢優子
講談社
2017-06-23


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