『ウォーフェア 戦地最前線』(2025、アメリカ・イギリス)
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脚本・監督:レイ・メンドーサ&アレックス・ガーランド
出演:ディファラオ・ウン・ア・タイ、ウィル・ポールター、コズモ・ジャーヴィス


1980年代後半のベトナム戦争映画ブームなら、『ハンバーガー・ヒル』こそ最高傑作と信じて疑わない私はこの『ウォーフェア 戦地最前線』を大いに楽しみました。実際にあった殺し合いを見て「楽しんだ」というのは不謹慎かもしれませんが、そこの感情も含めて感想を書きます。(以下ネタバレあり)

ちなみに、「ウォーフェア」とは、「戦争」「交戦状態」「戦闘行為」などを意味するそうです。


無音から爆音へ、絶叫から無音へ
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この画像は、冒頭のシーンです。正確には2ショット目かな。最初はダンスする女たちの映像で、無音でした。そこに大音響の音楽が突然流れてびっくりする仕掛けでした。

これはこの『ウォーフェア 戦地最前線』を貫く仕掛けですよね。

嵐の前の静けさのような、小鳥のさえずりだけが聴こえるシーンがあり、突発的に敵の射撃や爆弾の爆発などで爆音が鳴り響く。かと思えば、怪我した兵士が絶叫していると、その絶叫が消えて無音のシーンになる、など。

この映画は「無音の仕掛け」が絶妙だったように思います。


鏡と鑑
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↑彼↑は、突発的な爆弾で両脚を負傷した兵士の面倒を最後まで見ます。

見ていて彼になりきった私は思いました。確かに負傷兵をそのまま見捨てるわけにはいかない。でも、この負傷兵がいなければもっと自由に動き回れるのに、と。

そうです。私は人非人です。でも、たいがいの人はそうじゃないでしょうか。誰だって自分が一番かわいい。

最後のほうで別の小隊と合流しますが、彼らは負傷兵を「めんどくさい奴だ」みたいな目で見てましたよね。

私は彼らを見て、まるで鏡を見ているようだと思い、負傷兵の面倒を見る若き兵士を見て、鑑を見ているような気になりました。

鏡と鑑。この映画は、イラクである作戦を実行する小隊の逃避行を描いた単純な物語をもっていますが、映画を見ている観客は複雑な思いに囚われる。

複雑といえば、どうしても戦争映画って銃撃戦とか戦闘機がすごいスピードで飛んだりして「かっこいい」じゃないですか。

負傷兵の救出というかっこ悪い姿を見せながら、同時に銃撃戦というかっこいいと感じられるものも見せる。観客は心の中で「戦争をかっこいいと思ってしまった。負傷兵の救出をかっこ悪いと思ってしまった」という罪責感に囚われます。これもまた「鏡と鑑」と言っていいと思われます。

単純な構造なのに内に秘めた仕掛けは複雑。お見事!


『ハンバーガー・ヒル』との比較
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ストーリーらしきものがなく、ただひたすら戦場のリアルさを追求した点では、やはり『ハンバーガー・ヒル』と比肩しうるものがあると思われます。あのベトナム戦争映画は、ただひたすら兵士が一人、また一人と殺されていき、結局皆殺しにされる。

山場も何もない。ただ淡々と目の前の人物たちが殺されていく様を見せられる。戦争は悲惨であり理不尽であり何も生まない。死と憎悪しか生まない。そういうメッセージが読み取れるように描写されていました。

かつて高校時代の友人が、「『ハンバーガー・ヒル』はお話がないから好かん」と言っていて、それは違うだろうと思いました。

それなら『フェリーニの道化師』もダメなの? と聞いたら、ダメだと。ジム・キャリーの『ふたりの男とひとりの女』を見ても「ストーリーがつまらない」と。いやいや、あれはジム・キャリーの顔面芸を愉しむ映画じゃないの? といってもわからないようでした。

私は別に物語なんかなくてもいいと思うんですよ。あったほうが観客を映画の世界に没入させやすいだけで、なくても映画は成立する。

でも「テーマ」は違う。テーマはないとだめです。観客に何かを感じ取ってもらうためにはテーマは絶対必要。

裏を返せば、テーマさえしっかり描出できていれば、ストーリーはなくてかまわない、ということです。

この『ウォーフェア 戦地最前線』は、戦争は悲惨であり理不尽であり憎悪以外に何も生まない、というテーマをしっかり描出できているから傑作だと私は思います。




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