三宅唱監督といえば、3年前の『ケイコ 目を澄ませて』と去年の『夜明けのすべて』をワーストに選んだ私は、そういう経緯から、今年もワースト候補なのでは、とちょっと身構えてしまったんですが、杞憂でした。(以下ネタバレあり)
『旅と日々』(2025、日本)

原作:つげ義春
脚本・監督:三宅唱
出演:シム・ウンギョン、河合優実、高田万作、堤真一、佐野史郎、斉藤陽一郎
脚本家

本作の主役・シム・ウンギョンは脚本家という役どころです。私は脚本家にはなれなかったけど、志望者ではありました。
だからちょっと脇道にそれますが、この映画の製作会社はセディック・インターナショナル。その社長は「企画」としてクレジットされている中沢敏明さん。
コンクール受賞作を中沢さんに送ったら「君は力があるから企画書でもシナリオでもどんどん送ってきなさい。あて先は○○のアドレスに」
○○とは秘書の女性でした。いつもやわらかい文章をメールで書いてくださる方でしたが、いまでも同じ方が秘書をやってらっしゃるのでしょうか。
それから1年後に、中沢さんから「もう俺には送ってくるな。一人で頑張って」みたいなことを言われて私の夢ははかなく散ってしまいやした。はい。。。
閑話休題。
シム・ウンギョンの職業は脚本家。脚本家とは言葉にならないことを言葉を使って表現する仕事です。
彼女は堤真一の自宅兼民宿に泊まらせてもらうことになりますが、何かにつけ一言言わないと気が済まない堤真一とこんなやりとりをします。
「脚本ってどんな物語だ?」
「どんな……?」
「テーマは」
「テーマ……?」
大事なことだからこそ言えないのですよね。逆に堤真一の言葉は軽い。彼はシム・ウンギョンに、
「おまえはべらべらよく喋るなぁ」
と言いますが、彼のほうがよっぽど言を弄しています。一方で彼が何をするかというと、犯罪行為。何百万もする鯉を盗んでお縄になってしまう。言葉が軽ければ簡単に悪事に手を染めてしまう好例でしょう。
I love you

前後しますが、シム・ウンギョンが書いた脚本から作られた青春映画の一編が第一パートに置かれているのですが、この劇中劇では、つげ義春の原作『海辺の叙景」と同じく、最も重要な言葉がついに最後まで語られません。
それは「I love you」という言葉ですが、その言葉を使わずに「素敵よ」とか何とか言っている。
「I love you」という言葉を使っても使わなくても、水平線までの距離と同じく「誤差」の範囲内なのでしょう。
そういえば……

堤真一が、別れた妻の再婚した家に鯉を盗みに行って、そこで息子に姿を見られてしまいます。「お母さんには内緒にするんだぞ」と言いながら、あとは手を広げて「抱かれに来い」と促すだけ。息子は拒否しますが、堤真一は「I love you」という言葉だけは決して口にしなかった。彼もまた最も大事なことは言葉では言えないとわかっている男なのでした。
第一パートと第二パートで、結局同じことが語られているのですね。「I love you」を「月がきれいですね」とでも訳しておけと言った夏目漱石の逸話が思い出されます。
堤真一がお縄になるところで、それまで悩んでいたシム・ウンギョンの筆がふいに走り始めるのですが、言葉を軽視してきたこの映画と言ってしまっては製作陣の方々に申し訳ありませんが、でも、そう言っていいくらい言葉の力を信じないこの映画の幕切れが「言葉の奔流」というのは、皮肉というか何というかとても興味深い。
シム・ウンギョンは、第一パートの自分の前作と同じテーマを堤真一に見たがゆえにアイデアが迸り出たのではないか、というのは穿ちすぎでしょうか。

それにしても役者の存在感が普通の映画とぜんぜん違う。河合優実も堤真一も他の役者もみなすごい。みんなエロティック。
いい映画を見させていただきました。ありがとうございます。
関連記事
『ネバー・ゴーイン・バック』と『ケイコ 目を澄ませて』
『夜明けのすべて』感想(掘り下げるべきテーマが違うと思う)
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原作:つげ義春
脚本・監督:三宅唱
出演:シム・ウンギョン、河合優実、高田万作、堤真一、佐野史郎、斉藤陽一郎
脚本家

本作の主役・シム・ウンギョンは脚本家という役どころです。私は脚本家にはなれなかったけど、志望者ではありました。
だからちょっと脇道にそれますが、この映画の製作会社はセディック・インターナショナル。その社長は「企画」としてクレジットされている中沢敏明さん。
コンクール受賞作を中沢さんに送ったら「君は力があるから企画書でもシナリオでもどんどん送ってきなさい。あて先は○○のアドレスに」
○○とは秘書の女性でした。いつもやわらかい文章をメールで書いてくださる方でしたが、いまでも同じ方が秘書をやってらっしゃるのでしょうか。
それから1年後に、中沢さんから「もう俺には送ってくるな。一人で頑張って」みたいなことを言われて私の夢ははかなく散ってしまいやした。はい。。。
閑話休題。
シム・ウンギョンの職業は脚本家。脚本家とは言葉にならないことを言葉を使って表現する仕事です。
彼女は堤真一の自宅兼民宿に泊まらせてもらうことになりますが、何かにつけ一言言わないと気が済まない堤真一とこんなやりとりをします。
「脚本ってどんな物語だ?」
「どんな……?」
「テーマは」
「テーマ……?」
大事なことだからこそ言えないのですよね。逆に堤真一の言葉は軽い。彼はシム・ウンギョンに、
「おまえはべらべらよく喋るなぁ」
と言いますが、彼のほうがよっぽど言を弄しています。一方で彼が何をするかというと、犯罪行為。何百万もする鯉を盗んでお縄になってしまう。言葉が軽ければ簡単に悪事に手を染めてしまう好例でしょう。
I love you

前後しますが、シム・ウンギョンが書いた脚本から作られた青春映画の一編が第一パートに置かれているのですが、この劇中劇では、つげ義春の原作『海辺の叙景」と同じく、最も重要な言葉がついに最後まで語られません。
それは「I love you」という言葉ですが、その言葉を使わずに「素敵よ」とか何とか言っている。
「I love you」という言葉を使っても使わなくても、水平線までの距離と同じく「誤差」の範囲内なのでしょう。
そういえば……

堤真一が、別れた妻の再婚した家に鯉を盗みに行って、そこで息子に姿を見られてしまいます。「お母さんには内緒にするんだぞ」と言いながら、あとは手を広げて「抱かれに来い」と促すだけ。息子は拒否しますが、堤真一は「I love you」という言葉だけは決して口にしなかった。彼もまた最も大事なことは言葉では言えないとわかっている男なのでした。
第一パートと第二パートで、結局同じことが語られているのですね。「I love you」を「月がきれいですね」とでも訳しておけと言った夏目漱石の逸話が思い出されます。
堤真一がお縄になるところで、それまで悩んでいたシム・ウンギョンの筆がふいに走り始めるのですが、言葉を軽視してきたこの映画と言ってしまっては製作陣の方々に申し訳ありませんが、でも、そう言っていいくらい言葉の力を信じないこの映画の幕切れが「言葉の奔流」というのは、皮肉というか何というかとても興味深い。
シム・ウンギョンは、第一パートの自分の前作と同じテーマを堤真一に見たがゆえにアイデアが迸り出たのではないか、というのは穿ちすぎでしょうか。

それにしても役者の存在感が普通の映画とぜんぜん違う。河合優実も堤真一も他の役者もみなすごい。みんなエロティック。
いい映画を見させていただきました。ありがとうございます。
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