
ずっと仲代達矢が嫌いでした。
でした、と過去形で綴るのは決していまは好きになったからではなく、亡くなったからです。
昔、京都の映画専門学校に行っていたとき、黒澤信奉者がものすごく多かったので、自然と仲代信奉者も多かったのですが、私にはとても理解できなかった。

黒澤といえばこの人じゃないですか。まぎれもない世界的大スター・三船敏郎。
見てください。この面構え。この体躯。この圧倒的カリスマ性。
三船に比べたら、仲代は小物です。確かに芝居はうまい。尋常じゃないくらいうまい。『他人の顔』の仲代なんて何かが憑依したかと思えるほど。
しかし哀しいかな、仲代達矢は結局「うまいだけの役者」でした。
『七人の侍』で、エキストラであるにもかかわらず、通りを歩くだけの芝居で6時間もやり直しをさせられたのは誰もが知る挿話ですが、あの挿話が示すように、仲代は「努力の人」なんですよね。
「努力の人」なんて蓮實重彦みたいなことは言いたくないのですが、でもこれ以上の表現の仕方がわからないから仕方がない。三船がその気になれば2秒でできることを仲代は1分近くかけてやる、そういう役者なのです。
確かにうまい。でも、そこに「うまさ」以上の何があるのか……が映画においては問題なのです。
昨日でしたか、トム・クルーズがアカデミー名誉賞を受けましたが、彼は(これも蓮實の言葉を借りれば)「過剰なまでにスター」なのです。
演劇と違い、映画はスターが前面に出るべきであって、性格俳優は脇に甘んじてもらいたい。本気でそう思います。
なぜ黒澤は三船の次に自らのアイコンとして仲代を選んだのか。私にはどう考えてもわかりません。たぶん永久にわからないのでしょう。

仲代が妻と共同で主宰していた「無名塾」の最高傑作は役所広司さんであることは衆目の一致するところでしょう。彼が合格した経緯には「仲代がスターになりそこねた」ことを見て取ることができます。
役所さんは試験会場のオーディションで、「できるだけ目立ってやろう」と名前を大声で怒鳴り、スキップして仲代の前に現れたといいます。
会場には変な空気が漂い、役所さんは「やっちまった」と不合格を覚悟したらしいですが、結果は見事合格。後日、役所さんは仲代に「なぜ合格にしてくれたのか」を聞きました。
「ああいう変なのが一人くらいいてもいいんじゃないか、と思ってね」
師匠と弟子。彼は後進を指導するにあたって「うまさ」だけを追求していなかった。皮肉にも彼が始動した役所広司はスターになりましたが、仲代は性格俳優のままその生涯の幕を閉じました。
仲代は己自身にも「変なところ」を追求すべきではなかったか。普通とは違う(変)だから「スター」なのだから。
クリント・イーストウッド
カート・ラッセル
堤真一
ドウェイン・ジョンソン
ジェニファー・ローレンス
この押しも押されもせぬスターの中で、仲代が張り合える人がいるでしょうか。
何度も言うが「芝居の質」の話をしているのではない。「一瞬で場面をさらえるかどうか」そのパワーの話をしているのだ。
ツイッター界隈では「岡本喜八作品の仲代達矢をもっと紹介してほしい」との声があふれているけど、馬鹿馬鹿しくって。


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