井土紀州監督による『痴人の愛』を見ました。(以下ネタバレあり)
『痴人の愛』(2024、日本)

原作:谷崎潤一郎
脚本:小谷香織
監督:井土紀州
出演:大西信満、奈月セナ、土居志央梨、佐藤峻輔、柴山葉平、村田雄浩、芳本美代子
「あなたには失望しました」の是非

主人公は脚本家志望者で、過去にコンクールで受賞したものの芽が出ずにいる私のような奴です。そんな大西信満がナオミという美しい女に出逢うと同時に、シナリオ学校の教室の先生・村田雄浩から仕事の紹介を受ける。
谷崎潤一郎の『痴人の愛』を脚色すること。
『痴人の愛』って30年近く前に読みましたけど、あまりに昔すぎて内容を憶えていません。この映画のように一人の女に狂い、いなくなったあともいつまでも待ち続ける男の話だったかどうかは、だから憶えていません。
私には、ナオミとのメインプロットよりも、あがけばあがくほどホンが書けない脚本家志望者の悪あがきとそこから来る男の涙にウルッと来ましたね。
さて、私はこの『痴人の愛(2024)』に大いに満足したものの、少し引っかかるところもありました。

大西信満に仕事を紹介したシナリオ教室の先生・村田雄浩。大西信満がナオミに狂った挙句、締め切りを飛ばしたうえに電話にも出ないという醜態をさらしたと聞く。大西信満は村田先生に必死で土下座する。
「僕には才能なんかないんです」という大西信満に、村田先生はこんなことを言います。
「そんなことは最初からわかっていました。でもね、プロでやってる人たちもみんなそうなんですよ。這いつくばって泥水すすって、それでも書く。そうやって積み重ねてみんなやってきてるんです。僕はね、あなたにはそれができる人だと思ってたんですけどね」(⇐かなり脚色してます)
そして一拍おいてこう言います。
「あなたには失望しました」
私は最初、このセリフは不要だと思いました。だって、「僕はね、あなたにはそれができる人だと思ってたんですけどね」というセリフに「おまえには失望した」という意味が込められているわけですから。余分なセリフだと思ったんです。
でも同時に思い出しました。
井土紀州×高橋洋

あれは井土紀州監督の『ラザロ』三部作が後悔された年だから2007年ですか。その『ラザロ』で、大店法の改悪がシャッター街を生んだ、みたいなセリフがあるんです。かなり長いセリフ。大店法とか知らない観客に向って懇切丁寧にこの数年間でどういう社会の改悪があったかを説明してくれるんですね。
説明セリフはセオリーに反しています。余分なセリフと同じです。でも、井土紀州監督は脚本家の高橋洋さんとの対談で当時言っていました。
「セオリーを守るために映画を作るんだろうか?」
たとえセオリーに反してでも、大店法の改悪をわかりやすく説明する場面が必要ではないか、と考えたそうです。

翻って、『痴人の愛』ですが、村田雄浩先生の「あなたには失望しました」は、物語を読み取る能力の衰えた現代人に向けたアンチ・セオリーではないかと思いました。
「あなたには失望しました」というセリフがなければ村田先生が大西信満に失望したことがわからない観客がいるかもしれない。実際、このシーンの最後では「3日あげます。書いてください」と村田先生はもう一度おまえを信じるみたいなことを言う。失望したことがわからない人がいるかもしれない。倍速で見ていたら把握できないかもしれない。悲しいがそれが現代だ。それなら潔く余分なセリフを言わせよう。セオリーには反しているかもしれないが、観客に対して懇切丁寧であろう。
そんなことをしていたらよけい人間の物語把握能力が衰えるのではないか。と考える向きもありましょう。私も半分はそうです。
でも残り半分は井土紀州監督に賛同します。書かなくてもわかるセリフをプロのライターに書かせる賭け。この賭けがどっちの勝ちに終わるかは、もう数年映画を見続けないとわかりませんね。
続きの記事
『痴人の愛(2024)』感想②勤勉な悪魔
『痴人の愛』(2024、日本)

原作:谷崎潤一郎
脚本:小谷香織
監督:井土紀州
出演:大西信満、奈月セナ、土居志央梨、佐藤峻輔、柴山葉平、村田雄浩、芳本美代子
「あなたには失望しました」の是非

主人公は脚本家志望者で、過去にコンクールで受賞したものの芽が出ずにいる私のような奴です。そんな大西信満がナオミという美しい女に出逢うと同時に、シナリオ学校の教室の先生・村田雄浩から仕事の紹介を受ける。
谷崎潤一郎の『痴人の愛』を脚色すること。
『痴人の愛』って30年近く前に読みましたけど、あまりに昔すぎて内容を憶えていません。この映画のように一人の女に狂い、いなくなったあともいつまでも待ち続ける男の話だったかどうかは、だから憶えていません。
私には、ナオミとのメインプロットよりも、あがけばあがくほどホンが書けない脚本家志望者の悪あがきとそこから来る男の涙にウルッと来ましたね。
さて、私はこの『痴人の愛(2024)』に大いに満足したものの、少し引っかかるところもありました。

大西信満に仕事を紹介したシナリオ教室の先生・村田雄浩。大西信満がナオミに狂った挙句、締め切りを飛ばしたうえに電話にも出ないという醜態をさらしたと聞く。大西信満は村田先生に必死で土下座する。
「僕には才能なんかないんです」という大西信満に、村田先生はこんなことを言います。
「そんなことは最初からわかっていました。でもね、プロでやってる人たちもみんなそうなんですよ。這いつくばって泥水すすって、それでも書く。そうやって積み重ねてみんなやってきてるんです。僕はね、あなたにはそれができる人だと思ってたんですけどね」(⇐かなり脚色してます)
そして一拍おいてこう言います。
「あなたには失望しました」
私は最初、このセリフは不要だと思いました。だって、「僕はね、あなたにはそれができる人だと思ってたんですけどね」というセリフに「おまえには失望した」という意味が込められているわけですから。余分なセリフだと思ったんです。
でも同時に思い出しました。
井土紀州×高橋洋

あれは井土紀州監督の『ラザロ』三部作が後悔された年だから2007年ですか。その『ラザロ』で、大店法の改悪がシャッター街を生んだ、みたいなセリフがあるんです。かなり長いセリフ。大店法とか知らない観客に向って懇切丁寧にこの数年間でどういう社会の改悪があったかを説明してくれるんですね。
説明セリフはセオリーに反しています。余分なセリフと同じです。でも、井土紀州監督は脚本家の高橋洋さんとの対談で当時言っていました。
「セオリーを守るために映画を作るんだろうか?」
たとえセオリーに反してでも、大店法の改悪をわかりやすく説明する場面が必要ではないか、と考えたそうです。

翻って、『痴人の愛』ですが、村田雄浩先生の「あなたには失望しました」は、物語を読み取る能力の衰えた現代人に向けたアンチ・セオリーではないかと思いました。
「あなたには失望しました」というセリフがなければ村田先生が大西信満に失望したことがわからない観客がいるかもしれない。実際、このシーンの最後では「3日あげます。書いてください」と村田先生はもう一度おまえを信じるみたいなことを言う。失望したことがわからない人がいるかもしれない。倍速で見ていたら把握できないかもしれない。悲しいがそれが現代だ。それなら潔く余分なセリフを言わせよう。セオリーには反しているかもしれないが、観客に対して懇切丁寧であろう。
そんなことをしていたらよけい人間の物語把握能力が衰えるのではないか。と考える向きもありましょう。私も半分はそうです。
でも残り半分は井土紀州監督に賛同します。書かなくてもわかるセリフをプロのライターに書かせる賭け。この賭けがどっちの勝ちに終わるかは、もう数年映画を見続けないとわかりませんね。
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『痴人の愛(2024)』感想②勤勉な悪魔
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