かつて映画の専門学校へ行っていたときの友人が、脚本家を目指す私にこんなことを言っていました。

「おまえもさ、いきなり映画の脚本家を目指すんじゃなくて、マンガの原作とかから始めたらいいんじゃないの? とりあえずマンガから始めてそれから映画に、って感じで」

うーん、これにはまったく承服できかねました。


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だって、マンガを映画を目指すための踏み台にしてはどうかという提案ですよ。本気でマンガやってる人に対して失礼です。

よく映画は「第七芸術」とか言われ、それまでの3つの時間芸術「詩・音楽・演劇」、そして3つの空間芸術「絵画・建築・彫刻」の6つを総合したものとして、「総合芸術」とも言われますが、ともかく、それが理由なんでしょう。映画をやる人というのは他の芸術分野をやる人たちに比べてエリート意識が強い。

いや、正確には、エリート意識というより、無意識の差別意識。

くだんの友人がマンガを踏み台にしたら、と言ったように、映画以外の芸術を見下しているところがある。

ヤフーの掲示板があったころにもいましたね。「テレビドラマの脚本家を目指して映画監督になるまで」とかいうトピックを作っていた人。

そうなんですよ。映画の人たちが一番見下しているのがテレビドラマ。それに反発して山田太一さんや向田邦子さんなどが力作を連発したのは誰の目にも明らかなところ。

すぐれたマンガを映画化して大ヒットを飛ばしたのはたくさんあるし、テレビドラマのthe movieが大ヒットしたのもたくさんあるし、一部には批評家から高い評価を得たものもある。

「最終的には映画(というメディア)で」というのは確かにあるかもしれない。でも、だからといって、本気でマンガ家を目指している人を嘲るような、特定のメディアだけを低く見るようなやり方は好きじゃないし、そんなんじゃプロになれないでしょう。私は他メディアの人たちを尊重していたけどなれなかったが。ま、それは別の話。

表現者を目指すなら他メディアの人たちを見下すなんて言語道断。という日記でした。


マンガと映画
三輪 健太朗
NTT出版
2014-01-17


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