すでに旧聞に属することなのかもしれないけど、2,3日前の、愛知県豊明市の「スマホ2時間条例案」には「とても危険だ」という気にさせられた。
大人も子どももすべての豊明市民を対象に、スマホの使用時間の目安を1日2時間までとする条例案で、まだ議会で可決されたわけでもないし、可決成立したとしても、罰則などがあるわけでもない。
罰則なしなんて当たり前で、何でお上にプライベートを覗き見されたり、こういう生活をしろと押し付けられたりしないといけないのか。

この市長の本音はよく知らないが、スマホ2時間条例案を高く評価する人によると、
「保護者の利用時間が長いほど子どもの利用時間も長くなる傾向があるとわかっているので、子どもだけでなく大人も制限してうまく使っていこうというのは正しいと思う」
いや、それは正しいですよ。
しかしね、保護者がスマホばかり見て子どももスマホばかり見てる崩壊した家庭においては何の効力ももちませんよね。
逆に、いま現在、親も子どももスマホを使いすぎてる家庭だけど別に崩壊してない家においては、もし親が「俺たちも2時間にするからお前たちもな」「うん、いやだけどわかった」みたいな話し合いが成立する家はいいでしょう。でも、私は逆に、「条例をきっかけに話し合いの場を儲けよう」というのがよろしくないと思う。
なぜなら、お上がいうからそうしましょう、というのでは、ただただ「従順」な人間を生み出す効果しかなく、条例? そんなの知らねえよ! という人間こそが明日の世界を引っ張っていくと信じて疑わないものとしては、この条例案は世界の退潮を招くか、まったく何の意味もなさないかの二択になる。
最近、道を歩いていてよく思うのが、横断歩道を渡ろうと立っていたら、車が決まって止まってくれるんですよね。10年前、20年前はほとんど止まってくれなかった。そりゃ道交法では横断歩道で車は止まらないといけないというのは知ってるけど、あまりにみんなマナーがよくなりすぎてるな、と。
もっとヤンチャな人がいてもいい。と思って私は今日も信号無視をしている。
「世界の退潮」とは戦争かもしれない。従順な人間を増やしてしまっては、参政党の創憲案にも唯々諾々と従う人間を増やし、戦争に突入していく未来が見える。
大げさ? いやいや、戦争はこういう小さなところから始まるのだ。

大人も子どももすべての豊明市民を対象に、スマホの使用時間の目安を1日2時間までとする条例案で、まだ議会で可決されたわけでもないし、可決成立したとしても、罰則などがあるわけでもない。
罰則なしなんて当たり前で、何でお上にプライベートを覗き見されたり、こういう生活をしろと押し付けられたりしないといけないのか。

この市長の本音はよく知らないが、スマホ2時間条例案を高く評価する人によると、
「保護者の利用時間が長いほど子どもの利用時間も長くなる傾向があるとわかっているので、子どもだけでなく大人も制限してうまく使っていこうというのは正しいと思う」
いや、それは正しいですよ。
しかしね、保護者がスマホばかり見て子どももスマホばかり見てる崩壊した家庭においては何の効力ももちませんよね。
逆に、いま現在、親も子どももスマホを使いすぎてる家庭だけど別に崩壊してない家においては、もし親が「俺たちも2時間にするからお前たちもな」「うん、いやだけどわかった」みたいな話し合いが成立する家はいいでしょう。でも、私は逆に、「条例をきっかけに話し合いの場を儲けよう」というのがよろしくないと思う。
なぜなら、お上がいうからそうしましょう、というのでは、ただただ「従順」な人間を生み出す効果しかなく、条例? そんなの知らねえよ! という人間こそが明日の世界を引っ張っていくと信じて疑わないものとしては、この条例案は世界の退潮を招くか、まったく何の意味もなさないかの二択になる。
最近、道を歩いていてよく思うのが、横断歩道を渡ろうと立っていたら、車が決まって止まってくれるんですよね。10年前、20年前はほとんど止まってくれなかった。そりゃ道交法では横断歩道で車は止まらないといけないというのは知ってるけど、あまりにみんなマナーがよくなりすぎてるな、と。
もっとヤンチャな人がいてもいい。と思って私は今日も信号無視をしている。
「世界の退潮」とは戦争かもしれない。従順な人間を増やしてしまっては、参政党の創憲案にも唯々諾々と従う人間を増やし、戦争に突入していく未来が見える。
大げさ? いやいや、戦争はこういう小さなところから始まるのだ。

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