あの可愛かずみが生涯にただ一本だけ出演したロマンポルノ『セーラー服色情飼育』を再見しました。で、『悪魔のいけにえ』を想起したというのが、この記事の主旨です。(以下ネタバレあり)


『セーラー服色情飼育』(1982、日本)
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脚本:小水ガイラ
監督:渡辺護
出演:下元史朗、可愛かずみ、杉佳代子


物語のあらまし
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主役はポルノでは珍しく男優の下元史朗です。小悪党を演じるのが得意な下元史朗の活躍(?)を描くのがこの『セーラー服色情飼育』です。

下元史朗は街角で可愛かずみを見て一目惚れする。何とか自分のものにしたいと策を練ります。

彼女を尾行して家を突き止め、当時は電話帳があったので電話番号も突き止め、猥褻イタ電をかけて、可愛かずみが母親と二人暮らしであることを突き止めます。

下元史朗は母親に接触して家に上がり、帰ってからまたイタ電。何も知らない母親は下元史郎を呼び出して相談。下元はあなたたちの力になると言って母親を籠絡します。そして婚約。あまりに速い展開ですが可愛かずみは特に疑問にも思わず、頼りにできる人がいてよかったといった感じ。

結婚が決まると下元史朗はとんでもない攻撃に出る。可愛かずみが登校し、自分も出勤と思わせて引き返し、風呂掃除中の母親を無理やり溺死させる。「こっちは命懸けてんだよ」と言って。

イタ電の主が殺したと警察は判断したのか、下元史朗には嫌疑がかからない。イタ電の主とはほんとは下元史朗のことだけど、警察も可愛かずみもそれは誰も知らない。殺された母親すらその事実は知らずに死んだのだ。


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下元史朗は満を持して、泣き崩れる可愛かずみを抱く。彼女が嫌がらないのは変だけど、ツッコミを入れさせない力強さがこの映画にはある。

そして、休みの日に原宿か表参道かどこかで、義理の親子で恋人同士でもある下元史朗と可愛かずみは仲良く歩いてデートを愉しむのでだった。


「トビー・フーパーは裁いたりしないんだよ」
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この結末を見てのけぞらなかった人はいないでしょう。だって、下元史朗は悪人です。極悪人です。普通は警察に捕まるなり、可愛かずみに殺されるなり、ラストで成敗されるのが普通だからです。

でも、ここに「罠」があります。

私はかつて、「悪人は最後で成敗されるべきである」という半分イデオロギーのようなものを信奉してシナリオを書いていて、ある作品では、「人を次々に殺してその肉を喰らう男」を主人公にした物語だったのですが、その男が警察隊の一斉射撃を浴びて死んでしまうという、『新幹線大爆破』みたいな結末を書いたのでした。

それを、当時薫陶を受けていた長谷川和彦監督に読んでもらったら、こう言われました。

「何で最後にこの主人公は死んじゃうの?」
「やっぱり悪業のかぎりを尽くした奴だから、最後には裁きを受けるべきじゃないかと」
「そこなんだよ。俺はホラーが苦手なんだが、『悪魔のいけにえ』だけは感動したんだ。あのキャラクターはレザーフェイスというんだったっけ? あいつが最後にチェーンソーを振り回す姿に何とも言えない感動を覚えたんだ。悪い奴だからってトビー・フーパーは裁いたりしないんだよ」

なるほど、その通りです。

作者がまるで「神」であるかのように登場人物を裁いたりしちゃいけない。いまでははっきりわかりますが、当時はなるほどと思うと同時に、釈然としないものも感じました。


一般の映画ファンとの乖離
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『セーラー服色情飼育』は、悪人は裁かれない。何も知らないいたいけな少女がその毒牙にかかるが、それを「放置」する。

これは勇気のいることです。試しにallcinemaでコメントを読んでみてください。みんな「ラストが胸糞」「こういう映画は苦手」などと書いています。

トビー・フーパーや小水ガイラさん、長谷川監督が実践したことは圧倒的に正しい。『青春の殺人者』の水谷豊も、『太陽を盗んだ男』のジュリーも裁かれなかったですよね。

でも、かつての私のように、それを受け容れられない狭量な映画ファンが多いことも確かなのです。特に最近はSNSで正論ばかりがもてはやされてるみたいだから、よけいじゃないですかね。

渡辺護監督のワンカットワンカットの端正な画作りが見ていてため息が出るほど美しいので(特に、下元史朗が風呂掃除中の母親を狙うシーン!)よけいに、結末が受け容れられないから映画そのものも受け入れられない、となってしまうのがとても残念な一本です。

しかしながら、小水ガイラ=渡辺護を見てトビー・フーパーを想起する。とても贅沢な映画体験でした。


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