話題の映画『入国審査』を見てきました。(以下ネタバレあり)


『入国審査』(2023、スペイン)
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脚本・監督:アレハンドロ・ロハス&フアン・セバスチャン・バスケス
出演:ブルーナ・クッシ、アルベルト・アンマン、ローラ・ゴメス、ベン・テンプル


バルセロナからニューヨークのJFK空港へ降り立ったバルセロナ出身のスペイン人エレナと、内縁の夫でベネズエラ人のディエゴ。

入国審査で立ち留めを喰らい、何だかんだで長時間詰問され、セクハラまで受けて、ディエゴの二股疑惑が判明して二人の関係は崩壊。そして次の瞬間待っていたのは、二人のパスポートにハンコが押され、「アメリカへようこそ」という言葉だった。という物語。


「情報」としての面白さ
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私がニューヨークへ行った30年前は、到着直前に機内で入国審査カードだったか何かそういう名前のカードを渡され、名前、年齢、性別、旧姓があれば旧姓、入国目的などを書いた記憶があります。

で、いまみたいに派手な服装の女性は売春目的と間違われて強制送還されるのとは違って、非常に牧歌的。

「渡航目的は?」
「観光です」
「ホテルの名前は?」
「兄の家に」
「お兄さんの家はどこ?」
「アッパーマンハッタンです」(⇐だったと思う)

それで終わり。税関で荷物検査をされることもなく簡単に入国。当然のことながら、日本からアメリカならビザなんかいらない。


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それが、この映画『入国審査』のJFK空港での審査に必要な書類って多岐にわたるんですね。名前や種類は忘れたけど、ものすごく多くの書類を入国審査官に見せなければならない。

かつて大島渚は、「映画は芸術でもあったし、娯楽でもあっただろう。でも、その前に俺は『情報』だったと思うんだな」と言っていました。

この『入国審査』は「情報」としての面白さに満ち満ちています。

じゃあ満足したのかって? そこが「映画」の難しいところです。


なぜワンカットで行かない?
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この『入国審査』を見て思い出したのが、イギリスのテレビシリーズ『アドレセンス』(ネットフリックスで見れます)。あの映画は少年犯罪の犯人である少年とその家族をねちねちとワンカットで追っていく非常にスリリングな作品なんですが、なぜあの作品のようにワンカットでというか、ワンカットが無理でも、できるだけ長く回すことはできなかったか。

できれば、結構長い尋問室の場面はワンカットで撮ってほしかった。そうすれば、「情報」の面白さだけでなく、「映像」としての面白さも際立つし、ワンカットの緊張感で、ディエゴの不義を知って落胆するエレナ役の女優のエモーションを持続して持続して持続して、高揚させて高揚させて高揚させて、そして、最後の「ようこそ、アメリカへ」につなげてくれたら一も二もなく賛同の一票を投じていたんですがね。残念。


猿回しの猿
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エレナはコンテンポラリーダンサーで、入国審査官から尋問室で踊ってみせるよう言われます。

「携帯を返してくれたら動画を見せる」と答えても、「私を誰だと思ってるんだ。踊れ」とほとんど脅迫に近い形で命令され、エレナは踊ってみせようと上着を脱ぐけど、結局「無理です」と降参する。

ここはよくわかります。私も面接で「人を楽しませるのが好きです」というと、「じゃあここで私を楽しませる一言を言ってください」「それは無理です。というか失礼です。僕を猿回しの猿にしようとしてるじゃないですか」

で、不採用になるのがいつもの流れなのだけど、それはともかく、入国審査の過程で二股かけてたことが判明したディエゴに比べ、気高いエレナは己の気高さを決して見失っていなかった非常にいいシーンでした。

ただ、77分しかない映画なのに、ものすごく長さを感じましたね。もっと息抜きできるシーンや笑える描写があってもよかったように思いました。ディエゴの二股とか笑えませんもんね。




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