何かまたよくわからない言説が出てきたようで、げんなりするというよりは笑っちゃってます。


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アカデミー賞を一度受賞したことのあるジョージ・クルーニーに対して、「彼はいつも自分自身を演じているだけ」という批判が巻き起こっているとか。

そりゃ確かに演技のレパートリーは多いほうじゃないし、今回のノア・バームバックとの協働作業でも、バームバックが何度もテイクを重ねる監督だと知って「なあ、ノア。僕はもう歳だ。1カットに50テイクもやってたら力尽きちゃうよ。僕の演技の幅はAからBまでしかないんだからね」と頼んだとか。

自分でも演技のレパートリーが幅広くないことを自覚してるんですね。まぁ、でないとハリウッドの第一線で30年近く仕事できませんわな。

さて、「ジョージ・クルーニーは何を演じても自分自身を演じてるだけ」という批判について。

確かにそのきらいはあるでしょう。上記のとおり、レパートリーが狭いので。

ここで33年前の映画『ザ・プレイヤー』をもちだします。あの映画には、何人かの俳優が自分の役で出演してるんですが、最近見なくなったアンディ・アクダウェルがインタビューで「自分自身を演じるってものすごく難しかった」と言っていたんですよね。そりゃそうだと思います。リアルな自分をフィクションとして捉えないといけないわけですから。

ジョージ・クルーニーも今回の件で自分を批判する人たちに、「自分自身を演じられるならやってみろよ」と言ってるらしいですが、その意気やよし! その勢いで20年前の破竹の勢いを取り戻してほしい。

何を演じてもジョン・ウェイン
何を演じても三船敏郎
何を演じてもクリント・イーストウッド
何を演じてもウディ・アレン
最近なら、何を演じてもケビン・ベーコン

ハリウッドには何を演じても役柄がひとつしかなく、それが自分自身と似通っている名優がたくさんいます。彼らは演技のレパートリーが幅広くないがゆえに、その濃度で勝負している。(あなたは本当に『ミスティック・リバー』のケビン・ベーコンを見ただろうか?)

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何を演じても同じというのが、どれだけ偉大なことか、もっと目を凝らして画面と対峙してほしいと思います。

決して仲代達矢やメリル・ストリープが名優じゃないことがよくわかるから。


ミスティック・リバー (字幕版)
ケビン・ベーコン
2014-02-20



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