ちょっと前に見に行った、池田エライザが女子高生を演じる映画『リライト』。あの映画を見た人たちの感想を読んでいると、結構な数でこんな感じのを見かけるんですよね。

「実年齢29歳の池田エライザが女子高生を演じるのはやはり結構きつい。他の俳優もみんな高校生を演じていたが、橋本愛は池田エライザと同い年だし、倉悠貴も20代後半だからやっぱきつい。別のもっと若い俳優が高校生時代を演じればよかったのではないか」
うーん、10歳程度の差で別の俳優が演じたら誰が誰やらわからなくなってしまうのでは? 一人二人じゃないですからね。クラスメイト全員で33人、主要人物だけでも10人を超えるというのに。
かつて、長谷川和彦監督に指示していた頃、ゴジさんは『連合赤軍』のシナリオ執筆に忙しく、電話帳みたいなシノプシス(シナリオじゃなくてシノプシスで電話帳なのです)を読まされたりしたもんですが、そのときに配役の話になりました。

「いまの若い俳優が連合赤軍の学生を演じるんじゃだめだ。いまの若者は顔が幼すぎる。佐藤浩市でギリじゃないか」
なるほどねぇ。佐藤浩市はあのときすでに30代後半か、もしかすると40ぐらいだったかもしれませんが、確かにこの画像を見るかぎり、連合赤軍事件の頃の学生にはもってこいの顔と言っていいと思います。
後年、ミクシィ全盛のころに知り合った監督さん(すでにドキュメンタリーが劇場公開されていて、フィクションを作るため私に声をかけてきた)にこの話を伝えたところ、その監督さんはだいぶ反発していました。
「それじゃいくら何でも実年齢とは違いすぎます」
うーん、何でみんな「実年齢」とやらにこだわるのかなぁ。映画ってつまるところ「ウソ」じゃないですか。


この2枚の画像はどちらも小津安二郎監督作品の一場面ですが、どちらも原節子と笠智衆が共演しています。
上の『晩春』では、二人は親子。二年後の『麦秋』になると、二人は兄妹です。
実年齢や脚本上の年齢はわかりませんが(野田高梧のシナリオはよく読んだので昔なら憶えてたろうに)、親子を演じた二人の俳優が、2年後には兄妹を演じている。
確か、マイク・ニコルズの『卒業』でも、ダスティン・ホフマン、アン・バンクロフト、キャサリン・ロスの主要三俳優は同世代です。
映画なんてしょせんは2時間の作り話。そう思って見れば、もっと自由になれる。空も飛べるはず。作り話なら嘘八百でいい。「嘘八百を愛するのが映画愛」ということでは?
実年齢が何歳かということに関係なく、「何歳に見えるか」「どれぐらいの世代に見えるか」か重要だと思うわけです。
日本ではオーディションの際、「29歳、池田エライザです」と自己紹介するらしいですが、ハリウッドではそうではないとのこと。
「37歳から50歳。男性。神林克樹。よろしくお願いします」みたいな挨拶から始まるそうです。
これは「私は37歳から50歳までの男性を演じることができます」という意思表明らしい。
実年齢を言わないし、それを知ったところで文句を言わない。
だって、トム・クルーズやブラピはもう60代なのに、まだ30代後半くらいの感じで演じてますもんね。29歳が18歳を演じて文句を言うのって、もしかしたら日本の観客だけなんじゃないか。
年齢というのは「デジタル」な数字ですよね。でも俳優の顔は「アナログ」。我々はそのアナログを手掛かりに「この人は高校生に見えるか」「この人とこの人は夫婦に見えるか」みたいなことを考えながら見るわけで、そういう営みのことを「映画鑑賞」というのだと思います。

「実年齢29歳の池田エライザが女子高生を演じるのはやはり結構きつい。他の俳優もみんな高校生を演じていたが、橋本愛は池田エライザと同い年だし、倉悠貴も20代後半だからやっぱきつい。別のもっと若い俳優が高校生時代を演じればよかったのではないか」
うーん、10歳程度の差で別の俳優が演じたら誰が誰やらわからなくなってしまうのでは? 一人二人じゃないですからね。クラスメイト全員で33人、主要人物だけでも10人を超えるというのに。
かつて、長谷川和彦監督に指示していた頃、ゴジさんは『連合赤軍』のシナリオ執筆に忙しく、電話帳みたいなシノプシス(シナリオじゃなくてシノプシスで電話帳なのです)を読まされたりしたもんですが、そのときに配役の話になりました。

「いまの若い俳優が連合赤軍の学生を演じるんじゃだめだ。いまの若者は顔が幼すぎる。佐藤浩市でギリじゃないか」
なるほどねぇ。佐藤浩市はあのときすでに30代後半か、もしかすると40ぐらいだったかもしれませんが、確かにこの画像を見るかぎり、連合赤軍事件の頃の学生にはもってこいの顔と言っていいと思います。
後年、ミクシィ全盛のころに知り合った監督さん(すでにドキュメンタリーが劇場公開されていて、フィクションを作るため私に声をかけてきた)にこの話を伝えたところ、その監督さんはだいぶ反発していました。
「それじゃいくら何でも実年齢とは違いすぎます」
うーん、何でみんな「実年齢」とやらにこだわるのかなぁ。映画ってつまるところ「ウソ」じゃないですか。


この2枚の画像はどちらも小津安二郎監督作品の一場面ですが、どちらも原節子と笠智衆が共演しています。
上の『晩春』では、二人は親子。二年後の『麦秋』になると、二人は兄妹です。
実年齢や脚本上の年齢はわかりませんが(野田高梧のシナリオはよく読んだので昔なら憶えてたろうに)、親子を演じた二人の俳優が、2年後には兄妹を演じている。
確か、マイク・ニコルズの『卒業』でも、ダスティン・ホフマン、アン・バンクロフト、キャサリン・ロスの主要三俳優は同世代です。
映画なんてしょせんは2時間の作り話。そう思って見れば、もっと自由になれる。空も飛べるはず。作り話なら嘘八百でいい。「嘘八百を愛するのが映画愛」ということでは?
実年齢が何歳かということに関係なく、「何歳に見えるか」「どれぐらいの世代に見えるか」か重要だと思うわけです。
日本ではオーディションの際、「29歳、池田エライザです」と自己紹介するらしいですが、ハリウッドではそうではないとのこと。
「37歳から50歳。男性。神林克樹。よろしくお願いします」みたいな挨拶から始まるそうです。
これは「私は37歳から50歳までの男性を演じることができます」という意思表明らしい。
実年齢を言わないし、それを知ったところで文句を言わない。
だって、トム・クルーズやブラピはもう60代なのに、まだ30代後半くらいの感じで演じてますもんね。29歳が18歳を演じて文句を言うのって、もしかしたら日本の観客だけなんじゃないか。
年齢というのは「デジタル」な数字ですよね。でも俳優の顔は「アナログ」。我々はそのアナログを手掛かりに「この人は高校生に見えるか」「この人とこの人は夫婦に見えるか」みたいなことを考えながら見るわけで、そういう営みのことを「映画鑑賞」というのだと思います。

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