誰かに薦められたんだったか、あるいは新聞の書評欄で知ったんだったか忘れたけど、インベカヲリ☆という写真家にしてノンフィクション作家による『未整理な人類』という本がとても面白かった。

「芸術と犯罪と症状は似ている。どれも表現であり、言語だからだ」
という一節から始まるこの本は、少数派に寄り添い、世間が右向いたら左を向く、変てこな人たちを賛美するとても珍妙な本であり、同時にごくごく真っ当な本でもある。
特に気に入ったフレーズを抜き出して感想を書こう。
①「誰も欲しがっていないものを欲しがっている人を私は尊敬している」
確かに! 有名人のサインとかまさに「他人がほしがっているもの」ですよね。
撮影所に勤めていたとき、津川雅彦とか役所広司とかいろんな有名な人と接したと話したら、、「サインもらってたりするんですか?」とよく聞かれる。
もらってないわ、んなもん。サインって直筆というだけのただの「名前」ですよ。そんなのほんとにほしいですか? と問うと、誰も言葉に詰まる。世間がほしがっているから自分もほしいような錯覚をしてるだけ。
そして、なぜ人々は、『地球の歩き方』などの旅行ガイドブックに載ってる通りの旅行の仕方をしたがるのだろう? 確かに私もニューヨークへ行ったときは自由の女神に行った。でもそれは「行きたかったから」であり、もっと正確に言えば、『ゴッドファーザーPARTⅡ』に出てきたあの自由の女神を見たかったのだ。足元から入っておでこの展望台まで約2時間。それも土産話にはいいが、やはりフェリーから見た小さな自由の女神、あれを見たかったのだ。
そのあとセントラルパークで草野球をまるまる一試合見た。序盤で0-7という一方的スコアだったのが、最終回に走者一掃のツーベースヒットで大逆転サヨナラ勝ちという「ブラボー!!」と叫んでしまう一戦で堪能した。
こういうことを話すと、ニューヨークまで行ってなぜそんなことをしているのかと言われる。なぜガイドブックに載ってる店に行かないのかと。
そりゃ私もロンドンへ行ったときは、マダムタッソー蝋人形の館にも行ったし、ロンドン塔へも行ったし、当時世界一の大きさだった観覧車「ロンドンアイ」にも乗った。
でも、切り裂きジャックの犯行現場巡りをバスツアーで行かずに自分の足で確かめた観光客は少なかろうし、ハワースなんつー村へ行った日本人も数少ないのではないか。ブロンテ姉妹が生まれた村です。
というわけで、自分の欲望が本当に自分の心から出た欲望かどうかは充分に考えたほうがいいと思います。
②鉄柱詩人
さて、インベカヲリ☆さんは、中野駅をはじめ、鉄柱に詩を書く「鉄柱詩人」を長年追いかけているそうな。
「口調と公務員それぞれのすがお」
「殺人をしたのを他人とするなら法的なとっけんは解じょ」
「ATMをこわしたのはベッキーでレベッカ側だ」
「俺の成長をうたがわない」
「これはどのくらいの税金とのかかわりがあるのか ぜいむしょ員のまつげの上に安部(原文ママ)はいた」
最後のは安倍某が殺されて国葬にすると決まり、反対意見が湧きおこっていた頃のものらしい。
確かに面白いけど、もうちょっと突き抜けた何かがあったほうがよかったような。「ぜいむしょ員のまつげの上」というのはさすがに傑作だと唸ったが。
著者自身の冒頭に掲げた言葉、「芸術と犯罪と症状は似ている。どれも表現であり、言語だからだ」のほうが詩ではないけど、突き抜けた何かがあるように思う。
③事件簿
2023年4月
長野市善行寺の木像「びんずる尊者像」が盗まれた。
逮捕された犯人は、「びんずるに恨みがあった」と供述したという。
2023年5月
札幌市で、男子トイレの小便器の底にある排水溝の蓋が相次いで盗まれた。
2023年9月
神戸の側溝で四つん這いになっている男が逮捕された。過去に、側溝の中に寝そべり女性のスカートの中を覗いて逮捕されたこともある。
「生まれ変わったら『道』になりたい」と言ったという。
普通、人間が憎しみを抱くのは人間だけだ、と著者はいう。犬にかみつかれても、恨むのは犬ではなく飼い主のほうだろう、と。
それが、木像に恨みを抱く人間がこの世にいることに愕然となったそうだ。そりゃそうだよね。
そして、トイレの排水溝の蓋などという何の得にもならないものを盗む輩が現れ、あと、これは私の地元・神戸の最近の事件だからよく知っている、「道になりたい変態による犯罪」
著者は、こういう軽犯罪法違反者にすごく興味があるのだが、たいてい不起訴になるから真の動機解明に至らないのが悔しいらしい。
そして、ものすごく有能だが決まりきった計算しかできないAIと人間を比してこういう。
「人間は未整理だ。理屈では説明がつかないのが人間という存在だ。チャットGPTの登場で、人間は堂々とトンチンカンになれるのではないかという希望を私はもっているのである」
堂々とトンチンカンになりたいものである。しかし、トンチンカンを許さないのが現代ニッポン。職探しをしていてもよく思う。何で他人の欲望を欲望するような平凡な人間をほしがってるんだろうと。それこそ「他人の欲望」じゃないの? 申し訳ないが、私はあなたがたのような凡百な人間の下でなんか働きたくないのだ。
④「ある知人が、『国から休みを決められる筋合いはない』と言って土日という概念に怒っていた。何て聡明な人だろうと思った」
土日休みが普通? 亡父は、私が飲食店やホテルで働いていた頃、土日は出勤で平日が休みだったため、詩吟仲間から平日に電話があって私が出たときなど、「おまえが平日に電話に出るというだけでとても恥ずかしい思いをしているんだ」と怒っていたが、それこそ「思い込み」というもの。
平日に休む人、夜働いて昼寝る人がいるからこそこの世は成立しているのだから。
この、「当たり前」とされていることに異議申し立てをするっていうのはとても大事だな、と改めて思う。常識を疑え。
⑤「変なことを言う人間は信じられる」
著者がシリーズ本の一冊を出版することになったとき、まず別の人が一冊目を出したので読んでみたらページをめくる手が止まらないくらい面白く、しかし、あまりに本が重くて腕が疲れたという。そこで、自分の本を出すときは一枚一枚の紙を薄くして全体を軽くしたいと編集者に言ったそうな。そのときの答えが……
「本というのはそれなりに重い本でないと売れないんです。売れる本は重いんです。長く売れる本は輝きが違う。収まりが端正で風格がある。気持ちの重さ、熱量があって、本が重いんです」
何が何だかさっぱりわからないが、著者は「変なことを言う人間は信じる」ことを党是としているため、すべて任せたとか。
変なことを言う人間は信じられる、確かにそうかもしれない。
ワイドショーのコメンテーターが言ってることって間違ってるわけじゃないけど、当たり前なことのほうが大半。んんん? というコメントのほうが玩味してみると「案外当たってるかも」ということはよくある。
しかし、変なことを言う人間は排除してしまおうというのが現代ニッポンである。
この闘いは死ぬまで続く。


「芸術と犯罪と症状は似ている。どれも表現であり、言語だからだ」
という一節から始まるこの本は、少数派に寄り添い、世間が右向いたら左を向く、変てこな人たちを賛美するとても珍妙な本であり、同時にごくごく真っ当な本でもある。
特に気に入ったフレーズを抜き出して感想を書こう。
①「誰も欲しがっていないものを欲しがっている人を私は尊敬している」
確かに! 有名人のサインとかまさに「他人がほしがっているもの」ですよね。
撮影所に勤めていたとき、津川雅彦とか役所広司とかいろんな有名な人と接したと話したら、、「サインもらってたりするんですか?」とよく聞かれる。
もらってないわ、んなもん。サインって直筆というだけのただの「名前」ですよ。そんなのほんとにほしいですか? と問うと、誰も言葉に詰まる。世間がほしがっているから自分もほしいような錯覚をしてるだけ。
そして、なぜ人々は、『地球の歩き方』などの旅行ガイドブックに載ってる通りの旅行の仕方をしたがるのだろう? 確かに私もニューヨークへ行ったときは自由の女神に行った。でもそれは「行きたかったから」であり、もっと正確に言えば、『ゴッドファーザーPARTⅡ』に出てきたあの自由の女神を見たかったのだ。足元から入っておでこの展望台まで約2時間。それも土産話にはいいが、やはりフェリーから見た小さな自由の女神、あれを見たかったのだ。
そのあとセントラルパークで草野球をまるまる一試合見た。序盤で0-7という一方的スコアだったのが、最終回に走者一掃のツーベースヒットで大逆転サヨナラ勝ちという「ブラボー!!」と叫んでしまう一戦で堪能した。
こういうことを話すと、ニューヨークまで行ってなぜそんなことをしているのかと言われる。なぜガイドブックに載ってる店に行かないのかと。
そりゃ私もロンドンへ行ったときは、マダムタッソー蝋人形の館にも行ったし、ロンドン塔へも行ったし、当時世界一の大きさだった観覧車「ロンドンアイ」にも乗った。
でも、切り裂きジャックの犯行現場巡りをバスツアーで行かずに自分の足で確かめた観光客は少なかろうし、ハワースなんつー村へ行った日本人も数少ないのではないか。ブロンテ姉妹が生まれた村です。
というわけで、自分の欲望が本当に自分の心から出た欲望かどうかは充分に考えたほうがいいと思います。
②鉄柱詩人
さて、インベカヲリ☆さんは、中野駅をはじめ、鉄柱に詩を書く「鉄柱詩人」を長年追いかけているそうな。
「口調と公務員それぞれのすがお」
「殺人をしたのを他人とするなら法的なとっけんは解じょ」
「ATMをこわしたのはベッキーでレベッカ側だ」
「俺の成長をうたがわない」
「これはどのくらいの税金とのかかわりがあるのか ぜいむしょ員のまつげの上に安部(原文ママ)はいた」
最後のは安倍某が殺されて国葬にすると決まり、反対意見が湧きおこっていた頃のものらしい。
確かに面白いけど、もうちょっと突き抜けた何かがあったほうがよかったような。「ぜいむしょ員のまつげの上」というのはさすがに傑作だと唸ったが。
著者自身の冒頭に掲げた言葉、「芸術と犯罪と症状は似ている。どれも表現であり、言語だからだ」のほうが詩ではないけど、突き抜けた何かがあるように思う。
③事件簿
2023年4月
長野市善行寺の木像「びんずる尊者像」が盗まれた。
逮捕された犯人は、「びんずるに恨みがあった」と供述したという。
2023年5月
札幌市で、男子トイレの小便器の底にある排水溝の蓋が相次いで盗まれた。
2023年9月
神戸の側溝で四つん這いになっている男が逮捕された。過去に、側溝の中に寝そべり女性のスカートの中を覗いて逮捕されたこともある。
「生まれ変わったら『道』になりたい」と言ったという。
普通、人間が憎しみを抱くのは人間だけだ、と著者はいう。犬にかみつかれても、恨むのは犬ではなく飼い主のほうだろう、と。
それが、木像に恨みを抱く人間がこの世にいることに愕然となったそうだ。そりゃそうだよね。
そして、トイレの排水溝の蓋などという何の得にもならないものを盗む輩が現れ、あと、これは私の地元・神戸の最近の事件だからよく知っている、「道になりたい変態による犯罪」
著者は、こういう軽犯罪法違反者にすごく興味があるのだが、たいてい不起訴になるから真の動機解明に至らないのが悔しいらしい。
そして、ものすごく有能だが決まりきった計算しかできないAIと人間を比してこういう。
「人間は未整理だ。理屈では説明がつかないのが人間という存在だ。チャットGPTの登場で、人間は堂々とトンチンカンになれるのではないかという希望を私はもっているのである」
堂々とトンチンカンになりたいものである。しかし、トンチンカンを許さないのが現代ニッポン。職探しをしていてもよく思う。何で他人の欲望を欲望するような平凡な人間をほしがってるんだろうと。それこそ「他人の欲望」じゃないの? 申し訳ないが、私はあなたがたのような凡百な人間の下でなんか働きたくないのだ。
④「ある知人が、『国から休みを決められる筋合いはない』と言って土日という概念に怒っていた。何て聡明な人だろうと思った」
土日休みが普通? 亡父は、私が飲食店やホテルで働いていた頃、土日は出勤で平日が休みだったため、詩吟仲間から平日に電話があって私が出たときなど、「おまえが平日に電話に出るというだけでとても恥ずかしい思いをしているんだ」と怒っていたが、それこそ「思い込み」というもの。
平日に休む人、夜働いて昼寝る人がいるからこそこの世は成立しているのだから。
この、「当たり前」とされていることに異議申し立てをするっていうのはとても大事だな、と改めて思う。常識を疑え。
⑤「変なことを言う人間は信じられる」
著者がシリーズ本の一冊を出版することになったとき、まず別の人が一冊目を出したので読んでみたらページをめくる手が止まらないくらい面白く、しかし、あまりに本が重くて腕が疲れたという。そこで、自分の本を出すときは一枚一枚の紙を薄くして全体を軽くしたいと編集者に言ったそうな。そのときの答えが……
「本というのはそれなりに重い本でないと売れないんです。売れる本は重いんです。長く売れる本は輝きが違う。収まりが端正で風格がある。気持ちの重さ、熱量があって、本が重いんです」
何が何だかさっぱりわからないが、著者は「変なことを言う人間は信じる」ことを党是としているため、すべて任せたとか。
変なことを言う人間は信じられる、確かにそうかもしれない。
ワイドショーのコメンテーターが言ってることって間違ってるわけじゃないけど、当たり前なことのほうが大半。んんん? というコメントのほうが玩味してみると「案外当たってるかも」ということはよくある。
しかし、変なことを言う人間は排除してしまおうというのが現代ニッポンである。
この闘いは死ぬまで続く。

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