
普通、「シナリオ」といったら、「映像作品の台本」のことですよね? それはそうなんですが、『座頭市物語』の脚本家・犬塚稔さんが生前、政治的なことを言うときに「シナリオ」という語を使うことを絶対に許さないと言っていたんです。

「日米同盟のシナリオ」とか「台湾有事のシナリオ」とか「トランプ二期目以後のウクライナ戦争のシナリオ」とか、政治的な問題がどう転んでいくか、というときに「シナリオ」という言葉を使ったりします。私はそういうの別に気にならないというか、あ、そういう使い方をする人もいるんだな、別に違和感ないな、と思っていたんですが、犬塚さんは「絶対にけしからんこと」と大変お冠でした。
話は変わって、私が映画を見に行くときの指標にしている、週刊文春シネマチャートの芝山幹郎さんが、ジェリー・ブラッカイマー製作の映画を批評するときに「神経症的編集」ってよく言ってたんですよね(最近言わないのはジェリー・ブラッカイマーがあまり映画を作ってないのか、週刊文春シネマチャートが取り上げないだけなのかはよく知りません)。私はそのとき神経症患者でしたけど、そういうときに「神経症」という語を用いるのは絶対けしからん! なんて少しも思わなかったですよ。「シナリオ」もそれと同じです。
みんな多かれ少なかれ別の業界の用語を便利使いしていると思うんですよね。
ある業界用語は、その業界内だけの意味・用例だけでしか使ってはならないなんて、何と心が狭いことだ、と思うのは私だけでしょうか。そんなことはないと思うけど。
確かに「イントレ(俯瞰で撮るための道具)」「笑う(カメラ前のものをどけること)」などは、別の業界で言ったらまったくの意味不明です。
でも、サッカーでイエローカードがたまって次もらったら出場停止になることを、麻雀用語を使って「リーチ」っていいますよね。それは意味が一緒だというなら、「台湾有事のシナリオ」だって意味一緒じゃないの? 「シナリオ」と「筋書き」は意味が違うだろう、おまえ脚本家志望者だったんだろうが! などとお叱りの言葉もあるだろうけど、一般人からしたら「シナリオ」も「筋書き」も一緒ですよ。どう違うんですか? ってよく聞かれたもん。
逆に、いまのこのキャンセルカルチャーがはびこった世界では、どんな業界にいようが、不倫ひとつしたらもう社会から抹殺されますが、それをサッカー用語を使って「一発レッド」と言います。そんなふうにサッカー用語を使ってほしくないというサッカー関係者を私は一人も知りません。
その業界でしか使わない言葉でも、いい言葉なら社会全体で使うようにすれば、言葉はもっと豊かになっていくのに、と思う次第です。


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