吉行淳之介という名前は日本人だから当然知っていたけど、「女優の吉行和子のお兄さんで作家の」という程度の認識しかなく、作品はまったく読んだことがなかった。
それが三か月ほど前に、ブックオフでいろんな本を見ていたら、中公文庫で10年ほど前から吉行淳之介の作品が続々と出ていたのを知った。
最初に読んだのは『子供の領分』という短編集で、大変好ましく思った。次が『不作法のすすめ』という随筆集で、これもなかなかだった。

そして今回読み終えたのが、『吉行淳之介娼婦小説集成』といって、これも短編集なのだけど、吉行自身が『不作法のすすめ』で、「わたしは娼婦を題材にした小説専門の作家と思われているようだが」などと少し自嘲気味に語っているように、それだけで一冊の本を編めるほどに、また、『不作法のすすめ』では「わたしは何年もかけて吉原大学を卒業した」という言い方で、吉原にかなり馴染んでいたことを告白しているように、娼婦に関しては一家言あるようなのだ。
しかしながら『吉行淳之介娼婦小説集成』は私にはさほどピンとくるものが多くなかった。
と言いながらも、最後に置かれた「解説」をよんで、ほほぉと思った。
解説を書いているのは、文筆家の荻原魚雷で、荻原魚雷という名前は、私の大好きな梅崎春生の小説集がこれまた中公文庫から何冊か出ているのだけど、梅崎春生といえば荻原魚雷というほど、荻原の梅崎好きは文学界隈では有名なことなのだろうと思われる。
そして、その梅崎の『ボロ家の春秋』の解説には、「「第三の新人」の遠藤周作、安岡章太郎、吉行淳之介が~~」という形で吉行の名前が出てきており、荻原は梅崎春生のみならず吉行淳之介も大好きなのだな、と思った。
これまで読んだ中公文庫の吉行文学三冊のうち、『子供の領分』の解説というか巻末エッセイは吉行の盟友だった安岡章太郎と妹の吉行和子が書いており、『不作法のすすめ』にはなぜか解説が置かれていなかった。
三冊目で荻原魚雷登場ということになったわけだが、読んでみて、アッ! と驚いた。
次のような一節がある。
「吉行淳之介の言葉でいえば『文学の毒』にやられてしまったのだとおもう。読むたびに、おもいこみやおもいあがりを打ち砕かれ、自分の未熟さをおもいしらされた」
これのどこに驚く? という声が聞こえてきそうだが、私はこの記事で、というかこのブログ全体で「思う」という言葉を使っている。でも、吉行淳之介は「思う」と漢字で書かずに、必ず「おもう」とひらがなで表記するのだ。そして荻原魚雷もそれに倣っている。

私はこれまでに読んだ梅崎春生の『ボロ家の春秋』『怠惰の美徳』『カロや』を本棚から取り出し、解説をむさぼり読んだ。
あった!
『怠惰の美徳』の解説の1ページ目。「寝ぐせ」という短編を読んでの荻原魚雷のコメント。
「わたしはこの小説を読み終えた途端、全集を衝動買いした。心を摑まれた。自分のための文学だとおもった」
ここにも「おもう」がある。そして「わたし」がある。吉行は「わたし」と書かずに「私」と書くから、特別、吉行だけのことばづかいを真似ているわけではなさそうである。梅崎も「私」と書く。
いずれにしても、吉行と荻原の「おもう」にはかなり強いこだわりを感じる。
似たようなこだわりなら私にもある。
・「今」ではなく「いま」(「今度」や「今日」など音読みならかまわない)
・「一つ」ではなく「ひとつ」
・「いう」「云う」ではなく「言う」
・「限らない」ではなく「かぎらない」(これも「限界」など音読みならかまわない)
蓮實重彦みたいに、「言う」ではなく必ず「いう」と書く人もいる。「必ず」を「かならず」とひらがなで書く人もいる。人それぞれだ。
「おもう」は、最初に思ったような、荻原魚雷から吉行淳之介に向けてのオマージュではなかったようだが、吉行が小説家として「おもう」にこだわったように、荻原魚雷という人も文筆家としての矜持として「おもう」にこだわっているんだな、と微笑ましかった。
私もこだわりを貫いていこうと思う。

それが三か月ほど前に、ブックオフでいろんな本を見ていたら、中公文庫で10年ほど前から吉行淳之介の作品が続々と出ていたのを知った。
最初に読んだのは『子供の領分』という短編集で、大変好ましく思った。次が『不作法のすすめ』という随筆集で、これもなかなかだった。

そして今回読み終えたのが、『吉行淳之介娼婦小説集成』といって、これも短編集なのだけど、吉行自身が『不作法のすすめ』で、「わたしは娼婦を題材にした小説専門の作家と思われているようだが」などと少し自嘲気味に語っているように、それだけで一冊の本を編めるほどに、また、『不作法のすすめ』では「わたしは何年もかけて吉原大学を卒業した」という言い方で、吉原にかなり馴染んでいたことを告白しているように、娼婦に関しては一家言あるようなのだ。
しかしながら『吉行淳之介娼婦小説集成』は私にはさほどピンとくるものが多くなかった。
と言いながらも、最後に置かれた「解説」をよんで、ほほぉと思った。
解説を書いているのは、文筆家の荻原魚雷で、荻原魚雷という名前は、私の大好きな梅崎春生の小説集がこれまた中公文庫から何冊か出ているのだけど、梅崎春生といえば荻原魚雷というほど、荻原の梅崎好きは文学界隈では有名なことなのだろうと思われる。
そして、その梅崎の『ボロ家の春秋』の解説には、「「第三の新人」の遠藤周作、安岡章太郎、吉行淳之介が~~」という形で吉行の名前が出てきており、荻原は梅崎春生のみならず吉行淳之介も大好きなのだな、と思った。
これまで読んだ中公文庫の吉行文学三冊のうち、『子供の領分』の解説というか巻末エッセイは吉行の盟友だった安岡章太郎と妹の吉行和子が書いており、『不作法のすすめ』にはなぜか解説が置かれていなかった。
三冊目で荻原魚雷登場ということになったわけだが、読んでみて、アッ! と驚いた。
次のような一節がある。
「吉行淳之介の言葉でいえば『文学の毒』にやられてしまったのだとおもう。読むたびに、おもいこみやおもいあがりを打ち砕かれ、自分の未熟さをおもいしらされた」
これのどこに驚く? という声が聞こえてきそうだが、私はこの記事で、というかこのブログ全体で「思う」という言葉を使っている。でも、吉行淳之介は「思う」と漢字で書かずに、必ず「おもう」とひらがなで表記するのだ。そして荻原魚雷もそれに倣っている。

私はこれまでに読んだ梅崎春生の『ボロ家の春秋』『怠惰の美徳』『カロや』を本棚から取り出し、解説をむさぼり読んだ。
あった!
『怠惰の美徳』の解説の1ページ目。「寝ぐせ」という短編を読んでの荻原魚雷のコメント。
「わたしはこの小説を読み終えた途端、全集を衝動買いした。心を摑まれた。自分のための文学だとおもった」
ここにも「おもう」がある。そして「わたし」がある。吉行は「わたし」と書かずに「私」と書くから、特別、吉行だけのことばづかいを真似ているわけではなさそうである。梅崎も「私」と書く。
いずれにしても、吉行と荻原の「おもう」にはかなり強いこだわりを感じる。
似たようなこだわりなら私にもある。
・「今」ではなく「いま」(「今度」や「今日」など音読みならかまわない)
・「一つ」ではなく「ひとつ」
・「いう」「云う」ではなく「言う」
・「限らない」ではなく「かぎらない」(これも「限界」など音読みならかまわない)
蓮實重彦みたいに、「言う」ではなく必ず「いう」と書く人もいる。「必ず」を「かならず」とひらがなで書く人もいる。人それぞれだ。
「おもう」は、最初に思ったような、荻原魚雷から吉行淳之介に向けてのオマージュではなかったようだが、吉行が小説家として「おもう」にこだわったように、荻原魚雷という人も文筆家としての矜持として「おもう」にこだわっているんだな、と微笑ましかった。
私もこだわりを貫いていこうと思う。


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