2006年に日本公開されたシャーリーズ・セロン主演『スタンドアップ』を見て、いろいろ考えさせられました。(以下ネタバレあり)


『スタンドアップ』(2005、アメリカ)
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原作:クララ・ビンガム&ローラ・リーディー・ガンスラー
脚本:マイケル・サイツマン
監督:ニキー・カーロ
出演:シャーリーズ・セロン、フランシス・マクドーマンド、ショーン・ビーン、リチャード・ジェンキンス、ジェレミー・レナー、ウディ・ハレルソン、ミシェル・モナハン、シシー・スペイセク


「善と悪の対立」
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私はこのブログで幾度となく、恩師である脚本家の、

「善と悪の対立にしちゃいけない。善と善の対立にするんだ。そうしないとドラマは深まらない」

という言葉を紹介してきました。でも、セクハラとかレイプとかっていうのは完全に「悪」ですよね。殺人や強盗と同じ「完全悪」です。同情の余地はありません。『ヒメアノ~ル』の例もあるから必ずしもそうとは言い切れないが、あれは例外中の例外でしょう。

だから、男ばかりの鉱山で働くことになったシャーリーズ・セロンが受けるセクハラの数々は、だから「悪」としてしか描きようがない。シャーリーズ・セロンを善、彼女を迫害するものは会社側の人間だろうと同じ労働者だろうと弁護士だろうとすべて悪として描く。

ところがネット上でこんな感想を見かけました。

「炭鉱夫を極悪人に描いているのが気に入らない。こんなふうに主人公の言い分が正しいと言うために炭鉱夫をあまりに極悪に描いている。この映画を見た人は炭鉱夫はそういうおかしな人たちなんじゃないかと誤解を生むからよくない」

なのだそうです。

だから私は考えたのです。「善と善の対立にすべきではないか?」と。でも、気づきました。

先述の発言主の性別は不明ですが十中八九、男と思われます。男はいままでに自分がどれだけたくさんのセクハラをしてきたかを忘れているのです。

私は幼稚園と小1のときにスカートめくりをしました。それ以上の学年ではした記憶がないですが。スカートめくりをするのは当時では当たり前の行動でした。嫌がるほうがおかしいという感じでしたね。いまでは一発レッドで退学だそうです。でもそれが普通なのです。

この映画では卑猥な落書きが多く登場しますが、ああいうのも昔はたくさんあった。当然のように。レイプは昔から犯罪だったけど、長らく親告罪だったように、女性は暗黙のうちに「男にたてつくな」と教え込まれます。まさにこの映画のシャーリーズ・セロン以外の女性たちのように。

ちょっと前に見たドキュメンタリー映画に『ブレインウォッシュ セックス‐カメラ‐パワー』がありますが、あの映画では何と『ブレードランナー』が典型的な性加害と男にとって都合のいい女性を描いた映画だと糾弾されます。

監督自身が力強く発言する通り、確かに『ブレードランナー』はそうなっている。あのおかしさに気づかなかったのは、ひとえに私が男だからでしょう。権力上位の性別の子として生まれ、女を支配しなさいと暗黙のうちに教え込まれた人間のため、まったくわからなかった。


年端もいかない子どもの頃から刷り込まれるのでたちが悪い。上述の発言主さんは、炭鉱夫たちが極悪人に描かれているといいますが、それは現在の基準からすればそうなのであって、当時(1988)では「当たり前」のことが描かれているにすぎません。我々男はいつからか知らないが、かなり昔からみんな等しく極悪だった。だから、炭鉱夫がかわいそうだとかはまったくもって当たらないと思います。


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しかしながら、極悪に描かれた炭鉱夫がかわいそうだという言説には、何かもっと引っかかるものがあります。

昔、こんなことがあったのを思い出しました。

ある看護婦が登場するシナリオを、同じ脚本家志望者に呼んでもらったところ、

「君は看護婦という人種がわかってないね」

という感想が返ってきました。

何でもその人は病院の清掃夫として長く働いていたそうで、看護婦には詳しいのだそうです。

私は看護婦の知り合いなどいないからそれは傾聴せねばなりませんでしたが、私がものすごく気になったのは「人種」という言葉でした。

看護婦は人種らしい。ならば炭鉱夫も人種。

『スタンドアップ』という映画は「人種差別」だと言いたいのでしょうか。

看護婦は看護婦で、炭鉱夫は炭鉱夫でいろんな人がいるはずなのに、十把一絡げに「看護婦」「炭鉱夫」と括ってしまっているのが気になりました。それは「黒人」「ユダヤ人」「非人」、そして「女」という差別語と同じ。

なぁんだ、映画と同じく、発言主さんは差別発言をしているのですね。もう読むのやめよう。


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シャーリーズ・セロン、さすがの美しさでした。


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