1990年に『カナディアン・エクスプレス』という邦題で公開されたアメリカ映画の元ネタで、原題一緒の『その女を殺せ』を堪能しました。(以下ネタバレあります。ご注意ください)


『その女を殺せ』(1952、アメリカ)
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原案:マーティン・ゴールドスミス&ジャック・レナード
脚本:アール・フェルトン
監督:リチャード・フライシャー
出演:チャールズ・マッグロー、マリー・ウィンザー、ジャクリーン・ホワイト、ゴードン・ゲバート


「刑事だけはやめておけ」
かつて自作シナリオを読んでくれた長谷川和彦監督から次回作はどういうのを考えてるのかと訊かれたとき、「刑事が主人公のもの」と答えると、「刑事はやめておいたほうがいい」と言われました。その心は……

「刑事というのは職務で事件にかかわるじゃないか。だから動機が弱いんだよ。というか動機がないんだな、事件にかかわる動機が。ただの仕事だから。黒沢(清)も主人公を刑事にしたがるんだが、いつもやめとけって言ってるんだ。でもあいつも君と同じで刑事が好きでな。とにかく刑事は弱い。『太陽を盗んだ男』だって、主人公が文太刑事だったらそんなに面白くなかったと思うよ」

なるほど……


私情で動く刑事
『その女を殺せ』の主人公も刑事です。殺し屋に狙われた女の証人を裁判所まで護送することになった。職務ですね。でもこの映画にはひねりがあります。

冒頭のシーンで、女が潜んでいるアパートに相棒と一緒に行き、そのとき相棒が殺されるんですね。「俺のせいだ」と自責の念に駆られる主人公。相棒の妻子とも懇意らしい主人公は、列車で組織の人間から取引をもちかけられます。

3万ドルで女を譲ってほしい。事故で死んだことにすればいい。そうすれば一生左うちわで暮らせるぞ。

最終盤にも同様のシーンがありますが、主人公は絶対女を売らない。職務だから当たり前? 違います。彼は相棒の死を「俺のせいだ」と悩んでいるからこそ売らないのです。売ってくれともちかけられるとき、必ず相棒の死が思い出される構成になっています。

つまり彼は、相棒のために、もっと言えば、相棒を死なせた彼自身に落とし前をつけるために女を護送しているのです。職務ではなく私情です。現実なら私情で動く刑事など唾棄すべきものかもしれませんが、不思議なもので、映画においては、それはとても美しく、そして力強いものです。


女の正体
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主人公が護送するのはこんな感じの文字通りアバズレですが、冒頭のシーンで、相棒と「護送する女はどんな人か」と話をするとき、主人公は「派手で安っぽい女だろう」、相棒は「ギャングの妻だからってそんな女とはかぎらない」と5ドルかけて主人公が勝ちます。

しかし勝ったと思っていたけど、実は負けていたのです。この女は実は刑事で、主人公の刑事が収賄に手を染めないかどうかの囮だったと。そんな実験がほんとにあるんだろうかと思うんですが、でも映画の中ではあったほうが面白いのかも。でもリアリティがないような……?

それはともかく、死んだ相棒は本当は勝っていたわけです。彼のほうが正しかった。


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本当の証人はこんな感じの、いかにも貞淑な妻といった風情の人。

クライマックスの攻防の直前にこの事実を知った主人公はさらに奮起します。何しろ相棒のほうが正しかったのだから。最初から弔い合戦ですが、もう絶対に負けられなくなった。そして彼は勝ちます。

絶体絶命の大ピンチを勝利に導いたのは、明らかに亡くなった相棒でしょう。冒頭のシークエンスにすべてがこめられていたわけですね。うまい作劇です。

冒頭のシーンといえば……


美しいショット
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女のネックレスがはずれて宝石が散らばるショット。実に美しかった。

リチャード・フライシャー監督の初期作品ですが、カメラのサイズ、アングル、編集の呼吸、すべてが71分という上映時間に結実した大傑作です。





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