『BLUE GIANT』(2023、日本)
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脚本:NUMBER 8
監督:立川譲
声の出演:山田裕貴、間宮祥太朗、岡山天音


物語は面白い
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物語はとても面白いと思うんですよ。(以下ネタバレあります)

高校を卒業して18歳で仙台から上京したダイ(テナーサックス)は、まだサックス歴3か月なのにでかい口をたたく。でも決してビッグマウスではなく、情熱あふれる演奏をして、幼いころからピアノを弾いているユキノリを閉口させる。

ドラマーが必要だとなって、ダイは部屋を間借りさせてもらっているがド素人の玉田を誘う。が、その玉田がとにかく一生懸命で、彼の成長した音を聴くためにライブを聴きに来てくれる人もいるほど。大きなライブハウスの偉いさんも玉田をほめる。ダイもほめる。しかしユキノリだけは……という展開もとても面白い。

ですが、そのユキノリが復活したあとに待っていたのが、交通事故でした。


交通事故
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ユキノリは道路誘導員のバイトをしていて、そこで交通事故に巻き込まれ、右手がグシャグシャになってしまいます。ならば、と左手だけで最後のライブを成功に導くのですが、それはとてもいいとしても、その前の交通事故はいただけません。

さんざん、自作シナリオで交通事故を使ってきた私が言うのもナンですが、いや、これはあくまでも自戒をこめて……あまりにも安易です!

やはりここは「笠原和夫骨法十箇条」にあるように、「枷は人物の心のあり方にこそもとめること」を実践すべきではなかったでしょうか。

謙虚さが足りないと言われたユキノリが、いや、そう言われたから自分の慢心を諫めようとして、逆にそれゆえにダイたちを窮地に陥れるというような。具体的なアイデアが浮かばないのが申し訳ないですけど。

正直、「また交通事故か」……と思いました。かなりあそこでボルテージが下がりましたね。

しかしながら、次の問題はもっと切実です。


天才問題
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映画には「天才問題」というのがあります。

小説なら、「彼は音楽の天才でものすごい演奏を披露した」とか「主人公は全世界が引っくり返るような絵を描いた」なんて書けますけど。映画だと(演劇も)役者が実際にその天才的な技を披露しなくてはいけない。

この映画はアニメーションですが、ダイは経験が浅いのにユキノリが閉口するような演奏を披露するんだから、相当な音楽を聴かせなければいけません。

しかし、私はキース・ジャレット、マイルス・デイビス、チャールズ・ミンガスをたしなむ程度には聴きますが、それほどジャズの巧拙には明るくありません。

作り手たちもそう考えたのでしょう。

「ものすごい演奏」を表現するのに、彼らは「ものすごい作画」で代用しようとしました。が、これは致命的だと感じました。

実写だと縦横無尽に動き回るカメラワークと評されるであろう画作りや、大仰なライティング、人物たちの大仰な動き、大仰な観客のリアクション。最後なんか、銀河系をバックに演奏してました。あれは逆に笑っちゃいました。

笑ったのは私だけかもしれないけど、ほとんどすべての観客が大仰な作画に目が引き込まれたのは間違いありません。

演奏のものすごさを表現しようとしたからものすごい作画になったのに、そのせいで肝心のひとつひとつの音がきちんとこちらの耳に届いてこないのです。

かつて『グッド・ウィル・ハンティング』や『gifted/ギフテッド』といった数学の天才を描いた映画がありましたが、数学なら紙や黒板に難しい数式を書けば事足りますが、音楽や絵画、はたまた体操競技の天才なんかはそうはいかない。

天才問題。主人公が果たして天才なのか、本当にすごい技をもっているのか、映画では表現不可能なことが多い。

私もかつて、ものすごい真っ赤な色が出る絵の具、というのを重要アイテムとしてシナリオ内に出したんですけど、友人から「この、ものすごい真っ赤ってどうやって表現するの?」と言われて沈没しました。

これまた自戒をこめて。


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