(以下ネタバレあり)

前の記事(『家政婦のミタ』考察①(過剰物としてのミタと3人の女たち))では、過剰プロットと喪失プロットという純粋に作劇の観点から『家政婦のミタ』を眺めてみましたが、すみません、前回は主人公が誰かなんて少しも明白じゃないなんて言いましたが、全11話を見通すと明らかでした。主人公はミタですよね。誰も異論はないくらい。

死んだ母親を頂点とした三角形の底辺に松嶋菜々子と相武紗季がいるのは当たっていると思いますが、中心に長谷川博己がいるという見立てが間違いでした。長谷川博己とその子どもたちでしたね。中心にいるのは彼らですが、主役は三角形の底辺のひとつ、松嶋菜々子でした。

ただ、この『家政婦のミタ』を神話として見た場合、「ヒーロー」は誰か、となると、これはミタではありませんね。そして、この作品のキーワードは「運命」でしょう。

その前に、比較神話学を援用した見方で『家政婦のミタ』を見てみましょう。


英雄の旅=ヒーローズ・ジャーニー
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この『家政婦のミタ』における「ヒーロー」は、やはり中心に位置する長谷川博己とその子どもたち、つまり阿須田一家でしょう。

長谷川博己は、最初はどうしようもない「アンチヒーロー」でしたが、ミタや子どもたちのおかげで改心し、成長することができた。成長したことを誇るのではなく、謙虚さを忘れない。

子どもたちは子どもであるがゆえに子どもっぽく、父親を追い出したはいいがそれ以後、誰も父親の代わりを演じられず、結局、父親を召還する。

そんな彼らが最終回でミタに「最後の業務命令」を下す。涙なしでは見られない名場面とはまさにこのことでした。

ミタは「アンチヒーロー」です。自ら笑顔を封印したミタは、自分の意思で動くこともやめ、命令されなければ動けないロボットに自ら変容する。

そんなミタを阿須田一家がダークサイドから救い上げる。

何だかんだで、最初からミタは自分の意思で何かを言ったり動いたりしてましたけどね。(笑)

ヒーローズ・ジャーニーに戻ったミタがどんなことをするか、はたまたどんな運命が待っているかは見る人それぞれの想像力に任された終わり方ですが、この『家政婦のミタ』で大事なのは、神話学的想像力よりも、「自分の意思」だと思います。


「宿命」と「運命」
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新宿で20年間負けなかった伝説の雀鬼・桜井章一は、「宿命」と「運命」をこう定義づけています。

宿命……自分の意思で選べないもの。親子関係や、自分の名前、生地、生年月日、生家の隣人はどんな人かなど。
運命……自分の意思で選べるもの。結婚相手やどこの学校に入るかどこに就職するか、など。

普通、親子関係は「宿命」ですよね。自分の親がどんな人か選べないし、自分の子がどんな人かも選べない。でも、阿須田一家では違います。

いったん、父親を家から追い出した子どもたちが、もう一度、父親を選びなおす構造になっています。父親も子どもたちを愛しているかどうかわからないと言いながら、もう一度父親としてやり直させてくれないかと頼む。

だから、阿須田一家は「宿命」の家族ではなく「運命」の家族なのです。おじいちゃんが子どもたちを「養子」にしようとしたのも長女や父親の意思に任された行為でしたが、それへの反動もあって、子どもたちと父親は自分たちの意思で家族を選んだのです。もともと血のつながりがありながら。

ミタに話を戻すと、

ミタの悲劇は、まず溺れそうになって、助けようとした実父が死んでしまったこと。結婚後、ストーカーと化した種違いの弟が家に放火し、夫と息子が死んだこと。の2点。

ミタはどちらも、自分が自分の意思で行動したからだと、己の意思を封印し、命令されたことだけをやる家政婦として生きてきたと言います。

これが間違いなのは明らかです。ミタは実母から言われた「もう二度と笑うな」という言葉を「宿命」と勘違いしていたのです。親から言われたからですかね。宿命なのだから従わなければならない、自分の意思で反故にしてはならない。ミタはそう思って、笑顔を封印して生きてきた。

でも、本当は「運命」ですよね。自分の意思で笑顔を封印したのだから。それを実母の命令だと勘違いしていたのがミタの悲劇だし、阿須田一家がそれを解いてあげたように見えて、あれが「最後の業務命令」によるものだと考えると、ミタの行く末が少し心配になります。(そういう終わり方になっていました)

でも、ミタはアンチヒーローといっても、ガチガチのアンチヒーローではなかった。

「それはあなたが決めることです」という言葉が象徴しているように、「自分の意思」を尊重するミタは、いつかは自分の意思で笑おうと思っているはずなのです。阿須田一家はミタを救ったというより、少し背中を押してあげただけ。「最後の業務命令」に対し「それだけはできかねます」といわず「承知しました」といったのは他ならぬミタの意思です。

そう、運命は自分の手で切り拓くのです。


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意思といえば……

最終回では爆笑もののエピソードがありました。相武紗季のお見合い相手の勝地涼が、相武紗季の自由奔放さに感動したと、付き合っていた恋人の披露宴会場に飛び込み、親の決めた相手と結婚する予定だった花嫁を強奪するアレ。

何と花婿が、長谷川博己のあの嫌味な後輩で快哉を叫んでしまうのですが、ちょい役の勝地涼ですら、「自分の意思」というテーマを背負っているところが面白いというか、計算が行き届いているなぁと驚嘆しました。


「あなたでなければならない」
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家政婦は家族によってクビになるか働き続けられるか、決められる存在です。しかし、一般的なそれは「あなたでいい」というもの。

ミタは「あなたでなければならない」と選ばれた。長谷川博己が「あなたでなければならない」と子どもたちに選ばれたように。それはもはや「愛」ですね。

これだけの愛を手にしながら、なぜミタはまた荒野へと歩んでいくのか。はたしてミタがうららちゃんみたいにはしゃぎまわる日は来るのでしょうか。

ミタよ、あなたも自分の意思で家族を選んでいいんだよ。それがあなたの「運命」なのだから。


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