NHKの夜ドラとしておそらく最大のヒットとなった『ミワさんなりすます』がついに終わってしまいました。
『ミワさんなりすます』(2023、NHK)
脚本:徳男浩司
出演:松本穂香、堤真一、山口紗弥加、恒松祐里、片桐はいり、小泉もえこ、水間ロン
事の顛末にはがっかり
三羽さくらという本物の家政婦になりすまして、国際派俳優の八海崇の家に潜入する主人公の久保田ミワ。
なりすましはウソなので、フィクションにおけるウソは露見せねばならないという鉄則からすると、どういうふうにばれて、どういうお仕置きが与えられるのかと期待したんですが、八海は元からわかっていたというし、三羽さくらを演じる恒松祐里はミワさんと同じく八海ファンということで意気投合するなど、コメディだからぎりぎり許されるラインを綱渡りでやるのでハラハラしました。ほんとギリギリですね。純然たるサスペンスなら失格でしょう。
で、一番恐ろしい山口紗弥加マネージャーは、やっぱり怖い顔をするけど、八海に俳優引退を撤回させてほしいからとミワさんを許す。うーん、そうですか。家政婦仲間の片桐はいりともう一人も「あなたは偽物なんかじゃないわ。最初は偽物だったかもしれないけど、もうあなたは本物よ」と、そう言うだろうと思ってたけど、言われてみるとやっぱりちょっと恥ずかしい。
というわけで、2年後は恒松祐里が正式な家政婦として雇われていて(彼女も共犯なのに?)松本穂香=ミワさんは何の仕事をしているのかわからず、今日も八海映画に溺れている。やっぱり一応はお仕事ドラマでもあるのだから、最後に何の仕事をしているのか、職場を見せるべきじゃなかったですかね?
さて、ここまでひどくけなしてばかりですが、ここからほめます。
省略がすごい
本物の三羽さくらが交通事故に遭って、我らがミワさんは首尾よく家政婦になりすますことができるんですが、ここで私が思った疑問は「給料はどうするんだろう?」でした。
だいぶ後になって、恒松祐里が給料をもってきてくれますが、それまで給料問題が私の頭を支配していました。
だって、栄養士の資格証や卒業証明書など必要書類はすべて山口紗弥加マネージャーに送ってあるみたいだったから、給料の振込口座を書いたものも当然送ってあるはず。
松本穂香はレンタルビデオ店をクビになってお金に困っていたはずなので、なりすましたはいいものの給料を受け取れないと困ると思ってたんですよね。で、恒松祐里がもってきてくれて事なきを得るんですが、松本穂香があまりに給料に対してルーズじゃないかと思ったんですよ。
でもそういうことを一切説明しないのが『ミワさんなりすます』の良さなんですよね。ミワさんはおそらく貯金があったのでしょう。でも「給料はどうするつもりだったの?」「貯金があるんで」みたいな説明セリフを一切言わせない。
省略がすごいといえば、八海崇=堤真一の身辺もほとんど説明がないですよね。独身みたいですが、未婚なのか、バツイチなのか、バツ2なのか、子どもはいるのかいないのか。メインプロットに必要のない情報はすべて省略。とっても大胆。
やくざと関りがあるというのもさらっと触れられている程度ですが重要ですね。最近、なべおさみの『やくざと芸能界』を読んだのでとても興味深かった。
省略がすごいといえば一駒さん=片桐はいりにもありましたね。
山口紗弥加マネージャー=藤浦さんが「八海ファンは絶対だめです」と言っていたのに、ミワさんが死ぬほどファンなのを知った片桐はいりはこう言います。
「ミワさん、ファンなんでしょ? いいのよ、私たちには隠さなくても。でも藤浦さんの前では気をつけてね」
これは言葉通り受け取ってはいけないセリフですね。(私のような)凡百の脚本家ならこう書くはずです。
「ミワさん、ファンなんでしょ? いいのよ、私たちには隠さなくても。でも藤浦さんの前では気をつけてね。ミワさんは重要な戦力だし、私たちの仲間なんだからクビになっちゃいやよ」
そう、最後の「クビになっちゃいやよ」という大事な気持ちを隠しているわけです。でもそれを直接言っては芸がない。だから隠す。
隠す……そういえば、八海崇=堤真一のセリフでこんなのがありました。
秘すれば花
ミワさんが自分の仕事を誇らないことを「彼女の言動には、そう、日本独特の、秘すれば花とでも言うべきものがあります」と称賛していました。
私は、この『ミワさんなりすます』の脚本そのものが「秘すれば花」になっていると感じました。
脚本とは、何を書くかではなく、何を書かないかだ。
とは、遠い昔の脚本の先生から教わった言葉です。感謝。
『ミワさんなりすます』(2023、NHK)
脚本:徳男浩司
出演:松本穂香、堤真一、山口紗弥加、恒松祐里、片桐はいり、小泉もえこ、水間ロン
事の顛末にはがっかり
三羽さくらという本物の家政婦になりすまして、国際派俳優の八海崇の家に潜入する主人公の久保田ミワ。
なりすましはウソなので、フィクションにおけるウソは露見せねばならないという鉄則からすると、どういうふうにばれて、どういうお仕置きが与えられるのかと期待したんですが、八海は元からわかっていたというし、三羽さくらを演じる恒松祐里はミワさんと同じく八海ファンということで意気投合するなど、コメディだからぎりぎり許されるラインを綱渡りでやるのでハラハラしました。ほんとギリギリですね。純然たるサスペンスなら失格でしょう。
で、一番恐ろしい山口紗弥加マネージャーは、やっぱり怖い顔をするけど、八海に俳優引退を撤回させてほしいからとミワさんを許す。うーん、そうですか。家政婦仲間の片桐はいりともう一人も「あなたは偽物なんかじゃないわ。最初は偽物だったかもしれないけど、もうあなたは本物よ」と、そう言うだろうと思ってたけど、言われてみるとやっぱりちょっと恥ずかしい。
というわけで、2年後は恒松祐里が正式な家政婦として雇われていて(彼女も共犯なのに?)松本穂香=ミワさんは何の仕事をしているのかわからず、今日も八海映画に溺れている。やっぱり一応はお仕事ドラマでもあるのだから、最後に何の仕事をしているのか、職場を見せるべきじゃなかったですかね?
さて、ここまでひどくけなしてばかりですが、ここからほめます。
省略がすごい
本物の三羽さくらが交通事故に遭って、我らがミワさんは首尾よく家政婦になりすますことができるんですが、ここで私が思った疑問は「給料はどうするんだろう?」でした。
だいぶ後になって、恒松祐里が給料をもってきてくれますが、それまで給料問題が私の頭を支配していました。
だって、栄養士の資格証や卒業証明書など必要書類はすべて山口紗弥加マネージャーに送ってあるみたいだったから、給料の振込口座を書いたものも当然送ってあるはず。
松本穂香はレンタルビデオ店をクビになってお金に困っていたはずなので、なりすましたはいいものの給料を受け取れないと困ると思ってたんですよね。で、恒松祐里がもってきてくれて事なきを得るんですが、松本穂香があまりに給料に対してルーズじゃないかと思ったんですよ。
でもそういうことを一切説明しないのが『ミワさんなりすます』の良さなんですよね。ミワさんはおそらく貯金があったのでしょう。でも「給料はどうするつもりだったの?」「貯金があるんで」みたいな説明セリフを一切言わせない。
省略がすごいといえば、八海崇=堤真一の身辺もほとんど説明がないですよね。独身みたいですが、未婚なのか、バツイチなのか、バツ2なのか、子どもはいるのかいないのか。メインプロットに必要のない情報はすべて省略。とっても大胆。
やくざと関りがあるというのもさらっと触れられている程度ですが重要ですね。最近、なべおさみの『やくざと芸能界』を読んだのでとても興味深かった。
省略がすごいといえば一駒さん=片桐はいりにもありましたね。
山口紗弥加マネージャー=藤浦さんが「八海ファンは絶対だめです」と言っていたのに、ミワさんが死ぬほどファンなのを知った片桐はいりはこう言います。
「ミワさん、ファンなんでしょ? いいのよ、私たちには隠さなくても。でも藤浦さんの前では気をつけてね」
これは言葉通り受け取ってはいけないセリフですね。(私のような)凡百の脚本家ならこう書くはずです。
「ミワさん、ファンなんでしょ? いいのよ、私たちには隠さなくても。でも藤浦さんの前では気をつけてね。ミワさんは重要な戦力だし、私たちの仲間なんだからクビになっちゃいやよ」
そう、最後の「クビになっちゃいやよ」という大事な気持ちを隠しているわけです。でもそれを直接言っては芸がない。だから隠す。
隠す……そういえば、八海崇=堤真一のセリフでこんなのがありました。
秘すれば花
ミワさんが自分の仕事を誇らないことを「彼女の言動には、そう、日本独特の、秘すれば花とでも言うべきものがあります」と称賛していました。
私は、この『ミワさんなりすます』の脚本そのものが「秘すれば花」になっていると感じました。
脚本とは、何を書くかではなく、何を書かないかだ。
とは、遠い昔の脚本の先生から教わった言葉です。感謝。
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