名画座へ出かけ、ロードショーで見逃した瀬々敬久監督最新作『春に散る』を見てきました。見ごたえ充分な演出ながら、根本的な脚本づくりに難ありと断じざるをえない出来栄えでした。(以下ネタバレあり)
『春に散る』(2023、日本)
脚本:瀬々敬久&星航
監督:瀬々敬久
出演:横浜流星、佐藤浩市、橋本環奈、山口智子、片岡鶴太郎、窪田正孝、坂井真紀、小澤征悦、坂東龍汰
『ロッキー』と『あしたのジョー』
『春に散る』は、主人公の横浜流星が世界タイトルマッチでチャンピオンの窪田正孝に判定勝ちで新チャンピオンになるんですが、これ、面白いですかね?
いや、ハッピーエンドなのはいいんですよ。でも目の前の相手に勝ってハッピーエンドというのはあまりに短絡的な気がするのです。
例えば『ロッキー』。あれを「最後に負ける話」と勘違いしてる人が多いですが、ロッキーはタイトルマッチ前日にエイドリアンに言います。
「だめだ。勝てるわけがない。でも明日、15ラウンドのゴングが鳴ってもまだ立っていられたら、俺は負け犬じゃないと証明できる」
それを証明できたのだから、ロッキー・バルボアは勝ったのです。
同じように、『あしたのジョー』。最後の世界タイトルマッチでホセ・メンドーサには負けますが、もともとジョーは「真っ白な灰」になりたいと語っており、見事にその通りになったのですからあれも勝ったと言っていいでしょう。
ロッキーもジョーも結局、自分自身と戦ってるんですよね。
だから横浜流星も自分自身と戦わなければならないとは言いません。『春に散る』には別の目標があっていい。でも、その「目標」は、目の前の窪田正孝に勝つ以外の「何か」でないといけないんじゃないでしょうか。
他の目標が何もないからハッピーエンドにするためには試合に勝たせるしかない。でも、横浜流星は物語の序盤で言ってましたよね。「判定になって赤コーナーにでかいジムのチャンピオンがいたら勝てるわけがねえ」って。
だから何で勝てたのかわからないし、この『春に散る』では佐藤浩市が理不尽なことを再三言います。
「世の中は不公平だ」「俺は約束を破る」などなど。なのに、物語の一番大事なクライマックスで少しも不公平ではない、「頑張った者は報われる」式の甘い甘いエンディングになったのがもったいないです。もっと主人公には苦い味を味わってもらわないといけないんじゃないですかね? そりゃ網膜剥離で片目は失明しましたが、橋本環奈と一緒に暮らし、就職も決まった。失ったのは右目の光だけ? ジョーとでは失うものが違いすぎます。ジョーは死んではないだろうけど、カーロス・リベラと同じくパンチドランカーになって廃人同然になるのは目に見えています。
というか、やっぱり、試合に勝つ以外の目標を主人公にもたせないといけないと思う。負けたけど何かを手に入れたというね。自分を克服したでもいいし何でもいい。
所属するジムには「チャンプを目指すな。人生を学べ!」という横断幕が貼ってありました。あれに反発して横浜流星はチャンプを目指してまっしぐらなんでしょうけど、その反骨精神は好きだけれど、チャンプになってよかったね、というのはボクシング映画としてはいささか幼稚ではないでしょうか。
佐藤浩市
横浜流星を見守る佐藤浩市の「目標」もよくわかりませんよね?
アメリカから40年ぶりに日本に帰ってきたという設定が必要だったのかどうかよくわかりませんが、少なくとも彼は横浜流星を踏み台にしようとなんかしてないのはわかります。では横浜流星の何に惚れたの?
コーチなんかしないと言いながらいつの間にかしてるし、失明するからタイトルマッチはだめだと言いながら許してるし、よくわからない。
破滅志向
とか何とか言いながら、結構楽しんでこの映画を見てしまった私。それは劇場のお客さんも同じだったようで、みんなが息をのんでスクリーンを見守っているのがよくわかりました。
それはやはり破滅型の主人公を描いているからでしょう。日本人はこういうのが好きですから。ジョーもそうだったし(真っ白な灰になるなんて最高の破滅ですな)。
でも、なぜ彼が破滅型の人間になったのかがよくわからないんですよ。ジョーなら孤児院育ちで天涯孤独。唯一自分を認めてくれたのが拳闘だった。その拳闘をやるうちに「真っ白な灰」というおぼろげな目標が見えた、という流れがよくわかるんですが、横浜流星の場合、そこがわからないんです。父親は小学生の頃に家を出ていき、坂井真紀の母親もろくでもなく、いまは再婚相手に暴力を振るわれている。それだけでは破滅志向の源がわからない。
彼はいったい何をしたいの? ただボクシングをやりたいだけ? 大谷翔平が毎日野球やりたいみたいに? いや大谷はそれでいいけど、フィクションの主人公がそれではだめでしょう。
ドクターの一言
横浜流星は網膜剥離で右目を失明する。それ自体はいいとして(両目失明のほうがよかったと思うけど)細かいことですが、この映画には医者が出てきませんよね。これは大きな瑕疵だと思います。
『あしたのジョー』なら、ジョーがパンチドランカーであると断言する(一時は否定したが)医者が出てきます。
『巨人の星』なら、星飛雄馬がこのまま野球を続けたらピシッという音がして左腕が二度と使い物にならなくなると断言する医者が出てきます。
その道の権威が出てきて「これ以上だめだ」という場面は絶対あったほうがいいですよ。「主人公の危機」を説明してくれるし、いくら説明的になっても観客も固唾をのんで見守っているので少しも説明的に聞こえない。
佐藤浩市の「だめだ」の一言だけじゃ弱いんですよね。ここはベタでもいいから中尾彬でも呼んできて、厳かな感じで「試合をやれば君は失明する」と断言させてほしかったな。
橋本環奈
芝居している橋本環奈を見るのは実は初めてなので、他の映画やテレビドラマでどんな感じなのかは知りません。「1000年に1人の逸材」といわれたのももう10年前ですか。
橋本環奈がどうとかいうより、あの佐藤浩市の姪の役は必要だったんでしょうか。
父親が死んで、その遺体を大学病院かどこかに献体し、持ち家も解体して佐藤浩市の家に転がり込む。そしていつの間にか横浜流星と恋仲? ただの友達? 最後はいくら何でも一緒に暮らしてるっぽいので恋人なんでしょうけど、二人の関係の変遷がきっちり描かれていないのが残念でしたね。「絶対試合させないで!」と佐藤浩市に怒鳴るぐらいのことはするべきと思うし、ほんとに失明した暁には号泣くらいしてほしい。代わりに坂井真紀が号泣してたけど。
ファイトシーン
この映画では音楽がほとんどなく、現実のボクシングと同じで足音や肉のきしむ音、歓声くらいしか聞こえないのがやたらリアルでしたが、最後の最後でやっちゃいましたね。
音楽を薄く入れたのはまだしも、スローモーションをやってしまった。それまでのファイトシーンはとてもリアルだし少しだけ編集でごまかしてる感もあったことはあったけど、かなり頑張ってたのでね。
それがスローモーションで完全に白けました。スローモーションは「アクション」にあらず! 脚本に難ありといっても、演出にはかなり満足して見てたので、本当に残念。
冒頭の横浜流星と佐藤浩市の出逢いも一切セリフなしで佐藤のカウンターパンチまで描くじゃないですか。極上の出だしだと期待したんですがね。
というわけで、傑作になり損ねた非常に残念な映画と感じました。
目ヂカラをつけた横浜流星のこれからに期待!
『春に散る』(2023、日本)
脚本:瀬々敬久&星航
監督:瀬々敬久
出演:横浜流星、佐藤浩市、橋本環奈、山口智子、片岡鶴太郎、窪田正孝、坂井真紀、小澤征悦、坂東龍汰
『ロッキー』と『あしたのジョー』
『春に散る』は、主人公の横浜流星が世界タイトルマッチでチャンピオンの窪田正孝に判定勝ちで新チャンピオンになるんですが、これ、面白いですかね?
いや、ハッピーエンドなのはいいんですよ。でも目の前の相手に勝ってハッピーエンドというのはあまりに短絡的な気がするのです。
例えば『ロッキー』。あれを「最後に負ける話」と勘違いしてる人が多いですが、ロッキーはタイトルマッチ前日にエイドリアンに言います。
「だめだ。勝てるわけがない。でも明日、15ラウンドのゴングが鳴ってもまだ立っていられたら、俺は負け犬じゃないと証明できる」
それを証明できたのだから、ロッキー・バルボアは勝ったのです。
同じように、『あしたのジョー』。最後の世界タイトルマッチでホセ・メンドーサには負けますが、もともとジョーは「真っ白な灰」になりたいと語っており、見事にその通りになったのですからあれも勝ったと言っていいでしょう。
ロッキーもジョーも結局、自分自身と戦ってるんですよね。
だから横浜流星も自分自身と戦わなければならないとは言いません。『春に散る』には別の目標があっていい。でも、その「目標」は、目の前の窪田正孝に勝つ以外の「何か」でないといけないんじゃないでしょうか。
他の目標が何もないからハッピーエンドにするためには試合に勝たせるしかない。でも、横浜流星は物語の序盤で言ってましたよね。「判定になって赤コーナーにでかいジムのチャンピオンがいたら勝てるわけがねえ」って。
だから何で勝てたのかわからないし、この『春に散る』では佐藤浩市が理不尽なことを再三言います。
「世の中は不公平だ」「俺は約束を破る」などなど。なのに、物語の一番大事なクライマックスで少しも不公平ではない、「頑張った者は報われる」式の甘い甘いエンディングになったのがもったいないです。もっと主人公には苦い味を味わってもらわないといけないんじゃないですかね? そりゃ網膜剥離で片目は失明しましたが、橋本環奈と一緒に暮らし、就職も決まった。失ったのは右目の光だけ? ジョーとでは失うものが違いすぎます。ジョーは死んではないだろうけど、カーロス・リベラと同じくパンチドランカーになって廃人同然になるのは目に見えています。
というか、やっぱり、試合に勝つ以外の目標を主人公にもたせないといけないと思う。負けたけど何かを手に入れたというね。自分を克服したでもいいし何でもいい。
所属するジムには「チャンプを目指すな。人生を学べ!」という横断幕が貼ってありました。あれに反発して横浜流星はチャンプを目指してまっしぐらなんでしょうけど、その反骨精神は好きだけれど、チャンプになってよかったね、というのはボクシング映画としてはいささか幼稚ではないでしょうか。
佐藤浩市
横浜流星を見守る佐藤浩市の「目標」もよくわかりませんよね?
アメリカから40年ぶりに日本に帰ってきたという設定が必要だったのかどうかよくわかりませんが、少なくとも彼は横浜流星を踏み台にしようとなんかしてないのはわかります。では横浜流星の何に惚れたの?
コーチなんかしないと言いながらいつの間にかしてるし、失明するからタイトルマッチはだめだと言いながら許してるし、よくわからない。
破滅志向
とか何とか言いながら、結構楽しんでこの映画を見てしまった私。それは劇場のお客さんも同じだったようで、みんなが息をのんでスクリーンを見守っているのがよくわかりました。
それはやはり破滅型の主人公を描いているからでしょう。日本人はこういうのが好きですから。ジョーもそうだったし(真っ白な灰になるなんて最高の破滅ですな)。
でも、なぜ彼が破滅型の人間になったのかがよくわからないんですよ。ジョーなら孤児院育ちで天涯孤独。唯一自分を認めてくれたのが拳闘だった。その拳闘をやるうちに「真っ白な灰」というおぼろげな目標が見えた、という流れがよくわかるんですが、横浜流星の場合、そこがわからないんです。父親は小学生の頃に家を出ていき、坂井真紀の母親もろくでもなく、いまは再婚相手に暴力を振るわれている。それだけでは破滅志向の源がわからない。
彼はいったい何をしたいの? ただボクシングをやりたいだけ? 大谷翔平が毎日野球やりたいみたいに? いや大谷はそれでいいけど、フィクションの主人公がそれではだめでしょう。
ドクターの一言
横浜流星は網膜剥離で右目を失明する。それ自体はいいとして(両目失明のほうがよかったと思うけど)細かいことですが、この映画には医者が出てきませんよね。これは大きな瑕疵だと思います。
『あしたのジョー』なら、ジョーがパンチドランカーであると断言する(一時は否定したが)医者が出てきます。
『巨人の星』なら、星飛雄馬がこのまま野球を続けたらピシッという音がして左腕が二度と使い物にならなくなると断言する医者が出てきます。
その道の権威が出てきて「これ以上だめだ」という場面は絶対あったほうがいいですよ。「主人公の危機」を説明してくれるし、いくら説明的になっても観客も固唾をのんで見守っているので少しも説明的に聞こえない。
佐藤浩市の「だめだ」の一言だけじゃ弱いんですよね。ここはベタでもいいから中尾彬でも呼んできて、厳かな感じで「試合をやれば君は失明する」と断言させてほしかったな。
橋本環奈
芝居している橋本環奈を見るのは実は初めてなので、他の映画やテレビドラマでどんな感じなのかは知りません。「1000年に1人の逸材」といわれたのももう10年前ですか。
橋本環奈がどうとかいうより、あの佐藤浩市の姪の役は必要だったんでしょうか。
父親が死んで、その遺体を大学病院かどこかに献体し、持ち家も解体して佐藤浩市の家に転がり込む。そしていつの間にか横浜流星と恋仲? ただの友達? 最後はいくら何でも一緒に暮らしてるっぽいので恋人なんでしょうけど、二人の関係の変遷がきっちり描かれていないのが残念でしたね。「絶対試合させないで!」と佐藤浩市に怒鳴るぐらいのことはするべきと思うし、ほんとに失明した暁には号泣くらいしてほしい。代わりに坂井真紀が号泣してたけど。
ファイトシーン
この映画では音楽がほとんどなく、現実のボクシングと同じで足音や肉のきしむ音、歓声くらいしか聞こえないのがやたらリアルでしたが、最後の最後でやっちゃいましたね。
音楽を薄く入れたのはまだしも、スローモーションをやってしまった。それまでのファイトシーンはとてもリアルだし少しだけ編集でごまかしてる感もあったことはあったけど、かなり頑張ってたのでね。
それがスローモーションで完全に白けました。スローモーションは「アクション」にあらず! 脚本に難ありといっても、演出にはかなり満足して見てたので、本当に残念。
冒頭の横浜流星と佐藤浩市の出逢いも一切セリフなしで佐藤のカウンターパンチまで描くじゃないですか。極上の出だしだと期待したんですがね。
というわけで、傑作になり損ねた非常に残念な映画と感じました。
目ヂカラをつけた横浜流星のこれからに期待!
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