ネットフリックス・オリジナル・シリーズ『御手洗家、炎上する』を見ました。見たといっても第2話までですが。


『御手洗家、炎上する』(2023)
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脚本:金子ありさ
出演:永野芽郁、鈴木京香、工藤阿須加、中川大志、吉瀬美智子、恒松裕里、北乃きい、及川光博


第3話以降を見ようという気にならなかったんですよね。いや、永野芽郁がかわいいから2話の最後まで見たようなものの、そうじゃなかったら1話で見切りをつけていたかもしれません。

その理由は、復讐者が少しも有能でない、これに尽きます。

母親・吉瀬美智子からすべてを奪って、かつて永野芽郁と恒松祐里が住んでいた御手洗家の豪邸でふんぞり返っている鈴木京香に対し、復讐劇を演じようというのですが、満を持して家政婦として御手洗家に潜入できたものの、永野芽郁はそのために家事全般の習得に励んだはずなのですが、引きこもりの工藤阿須加にエプロンの腰の部分のボタンを取られて、それを鈴木京香に見られてアウト。

こんな杜撰な復讐者がいるでしょうか。ボタンが外れた感触はあったはずだから、自分で直して何食わぬ顔で出勤すればよかったのに。

それに、それが理由で永野芽郁をクビにした鈴木京香はなぜまた彼女を雇うのでしょうか。理解に苦しみます。

理解に苦しむといえば、工藤阿須加は子どもの頃に永野芽郁ととても仲が良かったという設定なのに、いくら大きくなったからといって気づかないのはおかしい。何から何までご都合主義で疲れます。


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見るのをやめたもっと大きな理由は、永野芽郁が「孤独」じゃないからです。

例えば『ダーティハリー』なら、さそり座の男というアンチヒーローがいて、ハリー・キャラハンというヒーローがいる。ヒーローがアンチヒーローをやっつけてハッピーエンド。というのがこの手の勧善懲悪ものの「型」ですよね。

でも復讐物はちょっと違います。勧善懲悪には違いないが、復讐者もまた法を犯す以上は、主人公たる彼/彼女もまた「アンチヒーロー」なのです。

アンチヒーローを倒すために、あいつだけは絶対許せないというやつを痛めつけるために、主人公は法を犯し、血で手を汚し、この身が滅びてもかまわないという覚悟で敵と対峙します。

悪と悪がぶつかり、祈りが生まれる。それが復讐物の「型」だと思うし、そういう人物って基本的に「孤独」だと思うんですよ。

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永野芽郁はまず、妹の恒松祐里と共謀している時点でもう孤独じゃないですよね。百歩譲って妹だからよしとしましょうか。しかし、彼女は北乃きいという友人とも共謀してるんですよね。

そりゃ、本名ではなく北乃きいの役名で御手洗家に潜入するのだから、バレないように北乃きいと情報を共有しておくのは大事なことかもしれません。現実の復讐ならね。

でもこれはフィクションです。フィクションの復讐ストーリーの主人公がいろんな人と情報を共有してるってそれはないでしょう。悪と悪がぶつかり……という展開にならない。そのほうが話を転がすのにいろいろ都合がいいんでしょうが、それこそ「ご都合主義」というものです。

復讐者が↑こんな明るい笑顔↑を見せてる時点でおかしい。かわいいけど。

これからあと6話あるので、いろいろどんでん返しもあるんでしょうし、上記の事柄が的外れになってしまうおそれもあるけど、あくまでも2話でリタイアする者の言い分として書き記しました。妄言多謝。


永野芽郁「team mate vol.5」
永野芽郁
SDP
2022-09-24



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