8年半にわたって続けてきたツイッターをやめることにしました。
ある日突然消えると思うので、驚かないでくださいね。


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最近、映画に関する言説でうんざりすることが多くなりました。

まずは「酷評」について。

誰かが「酷評する人は好きだ」みたいなことを言ったのがきっかけだったのかどうか知りませんが、何と配給会社の人が「映画を酷評するのは観客動員に影響するからやめてほしい」とのたまったとか。

さすがにこれには反論が相次いでたけど、

「ある映画を見てつまらなかったら、つまらない映画を選んだ自分の選球眼を恥じるべきであり、映画に対して怒るのではなく、自分自身に対して怒るべきだ」

みたいなことを言ってる人がいて、結構な数のリツイートやいいねを獲得していました。同じように思っている人がたくさんいるんですね。

あれはもう7年前。ちょうどあしたゴジラの新作が公開されますが、『シン・ゴジラ』が封切られたとき、

「これは大傑作である。この映画を楽しめなかった人は己を反省すべきである」

みたいなツイートをしている人がいて、FF関係だった人だけど私はフォローを切りました。同じことを4人の人が言っていたので4人とも。4人とも切ったとツイートしたら結構な数のいいねを頂戴しました。あのときはまだ良識というものがあったと思うし、私も一人一人フォローを切るエネルギーがあった。いまはもうない。はっきり言ってツイッターでの誰かの振る舞いに感情を揺さぶられたり、その人への対処とかにエネルギーと時間を費やすのがもったいないのです。


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映画には他にもおかしな言説がまかり通っていて、映画館でのマナーについて。

食べる音が気になるというのはわかります。しかしながら、持ち込んだ飲食物なら許さないが、館内売店で買ったものなら許す、というのがまったく理解不能。

ガサガサ、ポリポリ、ズルズルといった音は、持ち込みかどうかにかかわらず不快だと思うんですけどね。不快というのは「感情」であって「理屈」じゃないのに、そこへ「館内販売のものかどうか」という「理屈」を持ち込んでるだけでしょう。

映画見るときにも自分の感情より理屈を優先するのかしら。まさか。

いや、でも、たまにいますよね。ある映画を見て微妙だなと思ったにもかかわらず、大好きな監督の新作だからと無理やりほめる人。映画学校時代には黒澤明の信奉者が多かったんですが、黒澤の映画なら何でも無理やりほめる人、いました。

「あぁ、つまらなかったな」という「感情」より「これは黒澤明監督作品である。黒沢作品がつまらないはずがない」という「理屈」を優先していた人たち。あれは醜かった。

そういえば、誰かが、

「映画館への神聖視は何とかならないか」

みたいなことを言ってて、これにはいいねを800回くらい押したい誘惑にかられました。

館内販売のものなら音がしても大丈夫というのも映画館への神聖視のなせる業だし、映画作品そのものへその視線が向くと、「酷評してはならない」という言説が生まれる。

みんな旧統一教会とかエホバの証人とか新宗教を危ないものとして語るのに、自分自身が「映画教」あるいは「映画館教」というものに毒されていることに気づいていない。もはやツイッターは「宗教」を語る場になってしまった。


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あと、政治ね。

私は反安倍から反岸田と、最近の政権にもう批判する人たちに親和性が高いし、まともな言説も多いけど、ちょいとツイートの数が多すぎませんかね。政治ツイートの数が。

8年前はまだこんなに政治を語るツイートとか少なくて、もっとのどかだったような……? それがいまじゃとげとげしい言葉であふれている。

いくら政治思想的に同じか近い言説であっても、例えば、橋下徹やひろゆき、ホリエモンとかいった人たちは私も嫌いだが、嫌いだけど「おまえ」呼ばわりするのはいかがなものかと思う。何か、品性下劣な橋下徹と同じ地平まで下がってるような人もいて、もうちょっと言葉遣いをどうにかしたら? というのが正直なところ。

政治ツイートもまた「宗教」なんでしょうね。「神」という後ろ盾があるから、相手の「神」に対してあそこまでどぎつい言葉を投げられるんだと思います。あそこまで下劣な言葉遣いができるのは「宗教」だからでしょう。「政治」ではない。

8年前はこんなんじゃなかった。いわゆる「クソリプ」というものが来たときもあったけど、こっちが何も言わないうちから向こうから謝ってきたり、もっと牧歌的だったように思います。

私も批判的なことはよく言うし、それこそ映画の酷評なんかごく普通に書いてきた。嫌な思いをした人たちも多かったろうが、誹謗中傷にならないように言葉遣いには配慮してきたつもり。ちゃんとできてたかどうかはよくわからないが、少なくとも、自分がどういうツイートをするかではなく、他の人のツイートを読むのが不快で居心地が悪いことが多くなってきたので、もうこのあたりが潮時だろうと思い定めた次第です。

そもそも「批判はよくないこと」という世の中の風潮がわからないんですがね。ますますこの世は私には合わないところになってきてることに戦慄します。だからツイッターをやめても一緒かなぁ、と最初は思ったんですが、居心地の悪さが雪だるま式に増えていくのでやめることにしました。

ちなみに、スレッズというのに乗り換えるのかと思われそうですが、それはないでしょう。ちょっと前はスレッズに移ろうかと思ってたのだけど、イーロン・マスクが来年3月でツイッター(こういう場合は「エックス」というべきか)を出会い系サイトにするとか言ってて、そのときにツイッターからスレッズに移る人が大量に出ると思われ、今度はスレッズが居心地悪いところになる可能性大でしょう。

でも、もしかしたらスレッズやるかもしれません。そのときはいまと同じ実名でやりますので、探しやすいんじゃないでしょうか。

3日以内に消えると思います。さようなら。





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