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第一腰椎を圧迫骨折してしまい、一時的に寝たきりになった母の腰の具合が劇的によくなりました。

ちょいと前までは、食べるときとトイレのときだけ立って、あとは本当に寝たきりでした。それがいまでは、家の中を歩く練習をしたり、かがめなかったのに(かがむのは腰椎圧迫骨折で一番やってはいけないことだとか。まぁやっちゃいけない以前にできないらしいですがね)いまはかがんでトイレのふたを開けるくらいのことはできるらしい。

食事時でも、私が助け起こさないと食卓につけなかったのが、料理をもっていこうと台所から振り返ると、すでに着席している。すごい進化。いや治癒。

この劇的な変化にはわけがあります。

医者に言われたまま痛くない姿勢でじっと寝ていたのもありましょう。医者は「少なくとも11月末までは安静にしないと」と言ってたのに、その医者が「もう家の中を歩いたりしていいでしょう。ずっと寝てる必要なし。ただし重いものもったりしたらダメ」と。

「家の中を歩いてもいい」と許可が出たのは大きかったらしく、だから、いま家の中を歩いているわけです。ちなみに、外を歩くのは、いまは「いや」らしいです。そろそろとしか歩けないのを見られるのは嫌らしい。でもいつかは外に出ないといけないわけですが、まぁいまはいいでしょう。少しずつ自信を取り戻していけばいいわけでね。

今回の診察で大きかったのは別の一言です。この一言のおかげで何より顔色が明るくなりました。

その一言とは……


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「骨折はただの怪我。怪我はいつか治る」

これ。この一言は、はたで聞いていた私ですら救われたくらいだから、当の母はもっと救われたのでしょう。顔が明るくなったし、ちょっと前までは「いつまでこんなに痛いんだろう」なんて悲観的だったのに、家の中の散歩に精を出している。いや、出しすぎ。昨晩は真夜中にトイレで起きたときに家内を散歩したらしく、さすがにそれはこける可能性があるからやめて、と言っておきました。

でも、それぐらいやる気に満ちていて、本当にちょっと前までとは違う。それでもまだ風呂に入ることはかなわないので、要介護認定の申請をして、数日後に調査員が来宅する。最初は体を拭くところかららしいけど、それだけでもちょっとはすっきりするだろうし、すっきりすればもっと顔が明るくなるんじゃないかしら。

ちなみに、要介護認定は1ヶ月先になるらしいけど、暫定措置として認定が出る前から介護サービスを使えるとのこと。知らなかった。

「骨折はただの怪我。怪我はいつか治る」

という一言は、おそらく医者の本心からの一言なだけで、別に気を使って言ったウソではないと思う。

でも、医学を修めた人にそう言われたらやはりその言葉は刺さるもの。言葉の威力はこんなにも大きいのかと、私は自分の主治医のことを思い出しました。


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いまの主治医ではなく、おそらくもう胃がんで亡くなってしまったであろう、最初の主治医のことです。

あの先生は名医でした。「医は仁術」を地で行く人で、少しも心にないことでも、患者のためになる言葉ならすぐ口をついて出るような人でした。

「あんたの言うことはようわかる」
「そうやね。ほんとそうやね」
「大丈夫です。休む必要はありません」

などなど、あの先生の言葉の魔力に何度助けられたか知れない。言葉に力があるので暗示にかかるんですよ。

医者になるには基本的な医学の知識がいるのは大前提でしょうが、実際に臨床の場でものを言うのは「言葉」の力だと思う。

いまの主治医は薬のことしか言わない。あの人は医は仁術ではなく、「医は薬術」って感じですね。

母の腰を見てくれてる整形外科の先生は、おそらく思ってることを言っただけでしょうが、母にとっては絶大な効果がありました。感謝。


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