BS世界のドキュメンタリー『私のままで走りたい 性別を疑われたアスリートたち』を興味深く見ました。

番組で大きく問題視していたのは、テストステロン値での差別でした。テストステロンとは男性ホルモンのことです。
ものすごい体格、筋肉量で他者を圧倒する男性アスリートは不問なのに、女性で同様のアスリートがいると、「あいつ実は男じゃないか」と疑われ、検査されてテストステロンの値がある数値を超えていると「男性」と断定され、失格になる。そして一度失格になったらそれだけで二度と女子の大会には出られなくなる。それがIOC=国際オリンピック委員会が決めた「ルール」らしい。(IOCはこの番組への協力を一切拒否したとか)
これに疑問を呈する人たちは一様にこう主張します。
「女性の体なのならテストステロン値の高低にかかわらず女子の大会に出られるようにするべきだ」
当たり前ですよね。
というか、「性」というのはグラデーションであって、100%の男も100%の女もいないのです。女として生まれてきても男性ホルモンが流れているし、男の体内を女性ホルモンが流れてもいる。そしてその量はその都度変わる。
だから、同じ女性でも、「90%女10%男」というときもあれば、「70%女30%男」というときもあるわけです。だから、男の割合が多いときに大会があると、勝てはするけど失格になる可能性が出てくるわけですよね。だから一度でも失格になったら二度とだめ、というのはナンセンスです。
それと、もっと大事なのが、「なぜテストステロン=男性ホルモンだけを問題にするのか」です。
それは結局、現在のスポーツではすべての競技で、体格や筋肉の量が問題になるからですよね。
現在のスポーツ競技は「男が勝てる競技」ばかりです。
女が男に交じってプレーしたところで、結局補欠に回されたりしてプレーできないし、男子チームと女子チームが対決しても男子の勝利に終わるでしょう。だから男子と女子に分けないといけない。
筋肉の量や体格はテストステロン値で決まるから、テストステロンの量を測って「男」か「女」かを決める。
これはもっともなようでいて、大変ナンセンスです。なぜなら、話の根本のところで「女性が勝てる競技」が排除されているからです。
「女性が勝てる競技」とは……

女性は男性より嗅覚が鋭いと言われているから、匂いを当てる競技があれば女性が勝つでしょう。
これは何という花の匂いか、とか、汗がしみ込んだ臭いをかがせて誰のシャツか当てるとか。
それはスポーツじゃない? では、「スポーツ」とは何ぞや。いま調べてみると、「運動会」という意味もあるようですが、単に「競技会」という意味もあるそうな。他に「娯楽」「楽しみ」「冗談」などの意味もあるとか。小学校のときの「お楽しみ会」なども「スポーツ」なんですかね?
それはともかく、匂い当てゲームは「スポーツ」として成立することがはっきりしました。そういうものが「スポーツ」とされていない時代に生きる私たちにはイメージしにくいですが、成立させようと思えばできる。
他にも、直感ゲームとかね。

女のほうが勘が鋭いですから、誰が嘘をついているとか、そういうのを見抜くのは得意そうです。
匂い当てゲームにしろ、直感ゲームにしろ、昔の村の祭りにはあったと思うんですよ。でも、いくらやっても女ばかり勝つからやめよう、と村の男たちが示し合わせて、女が勝てるゲームを排除してきた。昔はいまよりもっと厳格な男社会だったから容易だったでしょう。そしていまのオリンピックのように「男が有利な競技」だけが生き残ってきたんだと思います。
その当然の帰結として、男性ホルモン=テストステロン値だけで「男」か「女」かを判定するようになった。
だから、テストステロン値というのは男社会の象徴というか、男が女より劣っていてはならないという強迫観念に毒された人々のための最後の砦なんでしょうね。だからIOCはとことんテストステロンにこだわる。
これから少しずつ、匂い当てゲームみたいな女が絶対的に有利な競技をオリンピックの新種目として立ち上げていくべきだと思います。
そのときには、男で女性ホルモンの多い人が連戦連勝する場合もある。その場合も女性ホルモンの量を測って失格にしたりしない。
そうすれば、テストステロン値を基準に失格にされる女性アスリートもいなくなるでしょう。
なぜ「男が有利な競技しかないのか」という問いが忘れられている。それがこの問題の本質だと思います。


番組で大きく問題視していたのは、テストステロン値での差別でした。テストステロンとは男性ホルモンのことです。
ものすごい体格、筋肉量で他者を圧倒する男性アスリートは不問なのに、女性で同様のアスリートがいると、「あいつ実は男じゃないか」と疑われ、検査されてテストステロンの値がある数値を超えていると「男性」と断定され、失格になる。そして一度失格になったらそれだけで二度と女子の大会には出られなくなる。それがIOC=国際オリンピック委員会が決めた「ルール」らしい。(IOCはこの番組への協力を一切拒否したとか)
これに疑問を呈する人たちは一様にこう主張します。
「女性の体なのならテストステロン値の高低にかかわらず女子の大会に出られるようにするべきだ」
当たり前ですよね。
というか、「性」というのはグラデーションであって、100%の男も100%の女もいないのです。女として生まれてきても男性ホルモンが流れているし、男の体内を女性ホルモンが流れてもいる。そしてその量はその都度変わる。
だから、同じ女性でも、「90%女10%男」というときもあれば、「70%女30%男」というときもあるわけです。だから、男の割合が多いときに大会があると、勝てはするけど失格になる可能性が出てくるわけですよね。だから一度でも失格になったら二度とだめ、というのはナンセンスです。
それと、もっと大事なのが、「なぜテストステロン=男性ホルモンだけを問題にするのか」です。
それは結局、現在のスポーツではすべての競技で、体格や筋肉の量が問題になるからですよね。
現在のスポーツ競技は「男が勝てる競技」ばかりです。
女が男に交じってプレーしたところで、結局補欠に回されたりしてプレーできないし、男子チームと女子チームが対決しても男子の勝利に終わるでしょう。だから男子と女子に分けないといけない。
筋肉の量や体格はテストステロン値で決まるから、テストステロンの量を測って「男」か「女」かを決める。
これはもっともなようでいて、大変ナンセンスです。なぜなら、話の根本のところで「女性が勝てる競技」が排除されているからです。
「女性が勝てる競技」とは……

女性は男性より嗅覚が鋭いと言われているから、匂いを当てる競技があれば女性が勝つでしょう。
これは何という花の匂いか、とか、汗がしみ込んだ臭いをかがせて誰のシャツか当てるとか。
それはスポーツじゃない? では、「スポーツ」とは何ぞや。いま調べてみると、「運動会」という意味もあるようですが、単に「競技会」という意味もあるそうな。他に「娯楽」「楽しみ」「冗談」などの意味もあるとか。小学校のときの「お楽しみ会」なども「スポーツ」なんですかね?
それはともかく、匂い当てゲームは「スポーツ」として成立することがはっきりしました。そういうものが「スポーツ」とされていない時代に生きる私たちにはイメージしにくいですが、成立させようと思えばできる。
他にも、直感ゲームとかね。

女のほうが勘が鋭いですから、誰が嘘をついているとか、そういうのを見抜くのは得意そうです。
匂い当てゲームにしろ、直感ゲームにしろ、昔の村の祭りにはあったと思うんですよ。でも、いくらやっても女ばかり勝つからやめよう、と村の男たちが示し合わせて、女が勝てるゲームを排除してきた。昔はいまよりもっと厳格な男社会だったから容易だったでしょう。そしていまのオリンピックのように「男が有利な競技」だけが生き残ってきたんだと思います。
その当然の帰結として、男性ホルモン=テストステロン値だけで「男」か「女」かを判定するようになった。
だから、テストステロン値というのは男社会の象徴というか、男が女より劣っていてはならないという強迫観念に毒された人々のための最後の砦なんでしょうね。だからIOCはとことんテストステロンにこだわる。
これから少しずつ、匂い当てゲームみたいな女が絶対的に有利な競技をオリンピックの新種目として立ち上げていくべきだと思います。
そのときには、男で女性ホルモンの多い人が連戦連勝する場合もある。その場合も女性ホルモンの量を測って失格にしたりしない。
そうすれば、テストステロン値を基準に失格にされる女性アスリートもいなくなるでしょう。
なぜ「男が有利な競技しかないのか」という問いが忘れられている。それがこの問題の本質だと思います。


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