若かりし日のキアヌ・リーブスが主演した『ザ・ブラザーフッド』を見ましたが、がっかりな出来映えでした。(以下ネタバレあります)


『ザ・ブラザーフッド』(1986、アメリカ)
ダウンロード

原案:ノア・ジュベリラー
脚本:ジェフリー・ブルーム&ノア・ジュベリラー
監督:チャールズ・ブレイバーマン
出演:キアヌ・リーブス、ロリ・ロックリン、キーファー・サザーランド、ビリー・ゼイン、ジョー・スパーノ


別の意味で「問題作」
justice1 (2)

高校生たちが「正義の兄弟団」(言語では「the brotherhood of justice」。この邦訳はダサい)を結成して、けしからん連中(と彼らが勝手に思っている人たち)を血祭りに上げていく本作は、実際に起きた事件を霊感源としているらしく、製作当時は「問題作」との触れ込みもあったとか。でも私は別の意味で問題作と感じました。


ただのマッチポンプ
Screen-Shot-2018-05-16-at-12.01.12-AM-300x231 (1)

キアヌ・リーブスはブラザーフッドの頭なんですけど、仲間が刃物を使ったりビリー・ゼイン(『タイタニック』の悪役の人ですね)が拳銃をもちだしたりしたら、「いくら何でもやりすぎだ。俺は降りる」と言い出すんですが、降りるんなら内ゲバで襲われなければいけないんじゃないでしょうか。

仲間は決してキアヌを襲わず、彼の彼女のバイト先の仲間キーファー・サザーランド(若い! キアヌはほとんど変わらんが)を狙ったりするんですね。で、キーファーの車に爆弾が仕掛けられたと知ったキアヌが慌ててキーファーのところまで行き、爆弾を外すとか、つまらない。あそこでキアヌもろとも爆発してたら面白いのに、と不謹慎な期待をしてしまいました。

キアヌは、最初はけしからん連中を掃除してこの街をきれいにしようと仲間を焚きつけるんですが、最後のほうはとんだ尻すぼみ。そりゃ実際の事件がそうだったのかもしれないけど、フィクションなんだからもっと面白くしてほしい。

キアヌは自分で焚きつけて、焚きつけた仲間が行きすぎると今度は火消しに回るという、完全なマッチポンプでつまらなかった。で、最後は自分の手はいっさい汚さず、警察に自首して仲間も売るという最悪の結末でした。

この映画でなぜキアヌはマッチポンプ役となってしまったのでしょうか。

それはやはり彼が男前だからでしょう。それと、この作品がもともとは劇場映画ではなく「テレビ映画」だったことも影響していると見ます。


イケメンスターの扱い方
MV5BZTY4ZGQ1Njgt (1)

キアヌにはこんなにかわいい恋人がおり、イケメンで、溌溂とした好青年といった感じで、女性ファンも多いし、最初から人に暴力を加えるような役では視聴者が離れてチャンネルを変えられてしまう。劇場映画なら観客はほぼ最後まで見てくれますが、テレビ映画ではそうはいかない。

だから、キアヌがブラザーフッドの頭だというのは、前半30分くらいまでは伏せられているんです。ブラザーフッド結成時におそらくあったであろう、キアヌの「怪しからん奴は一網打尽だ!」とか、「徹底的にやれ。殺さない程度にな」とか、「俺たちこそ正義だ!」みたいな悪の道に陶酔しきった姿は視聴者には隠されているのです。

この姿をきちんとオンで描いていれば、キアヌが暗黒面に堕ちたアンチヒーローだという意識が作者たちの心にも芽生えて、そんなに簡単に火消し役に回る姿を描けなかったんじゃないでしょうか。

アンチヒーローに堕ちた人物がもう一度ヒーローとして甦るためには、別の人物との軋轢、葛藤を経ないと説得力がありません。この映画のキアヌの場合、誰との葛藤もなく、ただ、彼の中に言葉の本当の意味の「正義」があったから、ということになっていて、え、「正義の兄弟団」の「正義」ってそういうことなの? と白けました。

キアヌがイケメンじゃなければ簡単にできていたことだろうに。でも、イケメンを主役にもってこないと視聴率が振るわなくなる。映像作品って難しい。


キアヌ・リーヴス!
虎井まさ衛
青弓社
2021-06-18





このエントリーをはてなブックマークに追加