(以下の文章は、小説本編を読んでない方は絶対に読まないでください。よろしくお願いいたします)

(承前)
前回の記事
考察①ヤラセと「人生」


『君のクイズ』を読み解くうえで、五つのポイントがあると言いました。

①人生
②一人称 
③確定ポイント
④美学
⑤恥ずかしいという感情

ひとつ目の「人生」については前回の記事で書きました。次は「一人称」についてです。


一人称という「罠」
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この『君のクイズ』は俗にいう「一人称小説」です。主語が「僕」で、三島の主観ですべてが語られます。

三島の中学時代の先輩は、彼にこう言ったそうです。

「クイズは知識の量を競っているわけではない。クイズの強さを競ってるんだ」

誤答するのが恥ずかしいと思っていた三島は、恥ずかしさゆえに問題文を全部聞いてからボタンを押していた。しかし早押しクイズではたいてい問題の途中でボタンが押される。「確定ポイント」と呼ばれる、「解答はこれしかない」と答えが確定するポイントで押さなければクイズ大会では勝てない。そう先輩に諭された三島は「美しい早押し」に囚われます。

「美しい早押し」、そして再三出てくる「問題として美しい・美しくない」という言葉が、端的に作者の狙いを言い表しています。

美しさとは完全にその人の主観によるものです。「客観的な美しさ」など存在しません。

この小説は、三島の一人称で語られます。この小説で語られている言葉はすべて三島の言葉であり、すなわち三島の思考の軌跡です。

「ピンポンという音は、クイズに正解したことを示すだけの音ではない。解答者を『君は正しい』と肯定してくれる音でもある」


これは単に三島個人が勝手に思っていることです。客観的な事実ではありません。少なくとも本庄絆はそんなことを微塵も思っていないことが、彼自身の口から明かされます。

でも、三島は自分のそのような考え方をおそらく「美しい」と考えている。自分に酔ってしまって完全に目が曇っているのです。

「作問者は、できることなら誰かに正解してほしいと思っている」

これがまったくのデタラメなのは明白ですよね?

脂肪の吸収を抑える黒烏龍茶重合ポリフェノールのことをアルファベット四文字でOTPPという決勝8問目のシーンをビデオで見直した三島は、社会人一年目の秋を思い出します。医療系の出版社に就職した彼は、出張先のホテルのレストランで修学旅行中の高校生の団体に交じってバイキングの朝食をとります。

そのとき、三島は牛乳のお代わりを汲みに行こうと席を立つと、近くの高校生たちが「あの人が何を取りに行ったか賭けをしよう」と囁き合っているのを耳にします。

自分がクイズの問題となった。三島は作問者である。このとき三島は、「牛乳」「ヨーグルト」「ミネストローネ」「アップルジュース」などとの解答を聞きとったうえで、牛乳の入ったピッチャーを取ると見せかけて黒烏龍茶をグラスに注ぐ。もともと牛乳を飲んでいたので、グラスには少しだけ牛乳が残っている。そこにまさかの黒烏龍茶。三島は心の中でほくそ笑む。「そう簡単には正解させてやらないぞ」

「作問者は、できることなら誰かに正解してほしいと思っている」

この言葉が嘘八百なことが判明しました。確かに、三島がクイズ大会のために作問したときにはそういう感情を抱いていたのでしょうが、いじわるな感情だってもっているのです。作問者がどちらの感情でひとつひとつの問題を作っているのかは、問題文全文を聞かないかぎりわかりません。「ですが問題」なんてまさにそういう「意地悪なクイズ」ですよね?

だから、Q-1グランプリのディレクター・坂田泰彦が、三島と本庄のいずれかのために作問した問題がある、それぞれの人生に合わせた問題が出題された、出演者の人生を調べ、過去に解答した問題や作問した問題を調べ、それらと似たような問題を出したのではないか、そうすれば、編集のできない生放送で解答がわからずスルーされることがなくなり、誤答をも減らし、同時に魔法のような早押しを可能にした、そんなのはすべて三島の妄想です。そうかもしれないけど、そうでない可能性も充分ある。「確定ポイント」がないのです。


確定ポイント
「美しい早押し」に囚われている三島は、早押しの根拠となる「確定ポイント」について、とても大事なことを言っています。

「クイズには『確定ポイント』というものがある。―—いや、正確には『ある』とされている」

そうです。確定ポイントもまた「主観」なのです。客観的な確定ポイントなど存在しません。解答者各々が「ここだ!」と思っているだけです。

Q-1グランプリ決勝で、本庄絆は「ありえない早押し」を何度もします。誤答罰二回で追い込まれた本庄絆は、次の問題でとんでもない早押しを見せます。問い読みが「イベント――」としか言ってない段階で押し、問題文が「イベントホライズン」に関することだと断定して「事象の地平面」と解答する。

「イベント――」の時点が確定ポイントだった、というのは三島の妄想でしかありません。三島は、問い読みの「イベント――」のあとの口の形から「お段」であると察する。そこまではいいとしても、「こ」か「ほ」だと断定できる要素は何もありません。確かに「そ」や「と」だと、まず口をすぼめないといけないけれど、「お」の可能性は否定できないんじゃないですか? 「お」の可能性があるなら「を」も同様です。「イベントを~」ならまったく違う問題になります。その可能性をどうして排除できるのか。

彼がクイズプレイヤーとして一流と認める本庄絆が正解したから「イベント――」の時点が確定ポイントだった思い込んでいるだけです。

確定ポイントとは少しも確定的ではないのです。事後的に決定されるのです。正解したら「あそこが確定ポイントだった」。誤答したら「まだ確定ポイントじゃなかった」というふうに。

ではなぜ本庄絆が正解できたのか。それは、14問目で「こうて――」が確定ポイントだと思って早押しした三島が「シンボリルドルフ」と正解できたのと同じでしょう。運がよかっただけです。三島自身が言うように、「フランツ・ベッケンバウアー」や「ミハエル・シューマッハ」が正解だった可能性は充分にあります。

6問目の「徽宗」が正解の問題で、三島は「黒田清輝」と誤答しますが、いみじくも彼自身が言っています。

「答えにたどり着けなかったのは、単純に運が悪かったからだ」

でも彼は、「シンボリルドルフ」が正解だったのは運がよかったからだとは少しも思っていません。過去に「シンボリルドルフ」が正解のクイズを作問したことがある三島は、ディレクターの坂田が「自分たちの人生に関係する問題を出している」と思い込み、納得してしまうのです。

「坂田泰彦が自分たちの人生に関係する問題を出題している」と確定できる証拠は何もありません。そりゃ、生放送のクイズ番組で問題をスルーされないように、ありえない早押しで解答して番組が盛り上がるように、坂田がそう考えて作問した可能性はあります。でも、そうだと断定できる「確定ポイント」はどこにもないじゃないですか。

三島は、世界のすべてをクイズに変換して考える癖がついているから、すべての事象、すべての言葉に「確定ポイント」を「発見」してしまう。

決勝の問題はいろいろおかしいところがありますが、最もおかしいのは12問目でしょう。

「ストゥリクス・ウラレンシスという学名をもち、『森の番人』のイメージから、千葉駅前交番のモチーフになっている生き物は何でしょう? A.フクロウ」

千葉県出身の三島は、この問題は自分の人生に関する問題だと断定しますが、もしそうなら、この問題は次のように作問されなければならないはずです。

「千葉駅前交番のモチーフになっている、ストゥリクス・ウラレンシスという学名をもつ生き物は何でしょう?」

クイズは美しくなければならないと再三再四言っている三島が、この問題が美しくないことにまったく気づいていないのはあまりに変です。

実際に出された問題では「ストゥリクス・ウラレンシスという学名をもち――」の時点が確定ポイントですよね? 三島の「美学」によればそうでしょう。二人ともその学名を知らなかったから押さなかっただけの話で。

「幸福なか――」の時点で早押しし、『アンナ・カレーニナ』と正解する三島なら気づいたはずです。千葉駅前交番云々というのはこのクイズではまったくどうでもいい情報だということに。少しも三島玲央のために作問されたクイズではないのです。

いや、彼は薄々気づいています。「妙なクイズだった」と言ってますから。妙だと感づいていながら、それを頭の外へ締め出してしまうのは、「ディレクターの坂田が自分の人生に関する問題を出している」と思い込んでいるからです。その思い込みが激しすぎて、自分の「美学」に反するクイズが出されたことに気づいていながら気づいていないふりをする。

前回の記事で書いた、最後に三島が本庄絆と再会する場面で、「自分たちの人生に関係する問題が出題されていることを対戦前から予想していた」と本庄絆が言う場面。「坂田さんは底意地が悪いですから」と理由にならない理由を言いますが、三島がそれ以上追及しないのは、彼自身が「坂田が自分たちの人生に関係する問題を出している」と思い込んでいるからです。

その思い込みの激しさ、気づいているのに気づいていないふりをすること、それが桐崎さんに別れを告げられた本当の理由だと思います。(つづく)

続きの記事
考察③『トータル・リコール』と恥ずかしいという感情



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