次のあらすじを読んだら、誰だって「面白そう。読んでみたい!」と思うことでしょう。

「生放送のTV番組『Q-1グランプリ』決勝戦に出場したクイズプレーヤーの三島玲央は、対戦相手・本庄絆が、まだ一文字も問題が読まれぬうちに解答し正解し、優勝を果たすという不可解な事態をいぶかしむ。いったい彼はなぜ、正答できたのか?  真相を解明しようと彼について調べ、決勝戦を1問ずつ振り返る三島はやがて、自らの記憶も掘り起こしていくことになり――」

ね? 面白そうでしょ。『5時に夢中!』エンタメ番付11月場所で中瀬親方が横綱に推してたので検索したら上のようなあらすじが目に入り、読まずにはいられなくなったのです。(以下いきなりネタバレしてます。思いっきりネタバレしてます。小説本編を読んでない方は絶対に読まないでください。よろしくお願いいたします)


小川哲『君のクイズ』(朝日新聞出版)
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評判通り一気読みでした。読ませますね。最後まで読んで驚愕しました。そして考えさせられました。作者の巧妙な「罠」の仕掛け方にうなったのです。(ここからもうネタバレです。ご注意あれ)


ことの真相
この小説が扱う「クイズ」とは、番組内で一言も読まれなかった最終問題のことではありません。「なぜ本庄絆は一言も問題文が読まれてないのに正解できたのか」が、この『君のクイズ』が扱うクイズです。何事においてもクイズに変換して考える癖のついている主人公・三島玲央は、そのようなクイズを作問し、自ら解こうと己の全人生をかけて必死になります。

そして「本庄絆はヤラセなどのインチキには手を染めていない。本当に問題文を正確に予想し、正解した」という「正解」に三島はたどり着きます。「美しい正解」に。

しかしながら、三島が正解と思った解答は、実は間違いです。この作品を読んだ人の感想をいくつか読んでみたんですが、そこについて触れているものがなかったので、筆を執った次第です。

私は、三島の語りを読みながら、自分なりに「クイズ」を設定していました。

「本庄絆はヤラセをやっていたのではないか」

だって、上の三島の設問の仕方はおかしいでしょ。ヤラセじゃないのか、何とかして横取りされた1000万円を取り戻したい、そういう思いから始めた調査なのに、「なぜ正解できたのか」という、あのゼロ文字押しが正当な正解だったことを前提にした設問の仕方は変です。「え、何で?」と思いました。

だから私は三島とは逆に、「ヤラセをやっていた」のほうに軸足を置いて読んでいきました。すると、結果的に、ヤラセかどうかはどうでもよくなりました。正直に言って、どちらかわからないのです。そして、わからなくていいんだ、と。

三島が出した解答が間違いというのは、「ヤラセをやっていた」が正解という意味ではありません。

この小説では何度も「確定ポイント」という言葉が出てきますが、三島が設問したクイズにも、私が設問したクイズにも、どこにも確定ポイントがないのです。

この『君のクイズ』は、決して競技クイズの奥深さや面白さを描いた小説ではありません。それらはすべてテーマを描出するための「小道具」にすぎないのです。

大事なキーワードは五つあります。

①人生
②一人称 
③確定ポイント
④美学
⑤恥ずかしいという感情

では順に見ていきましょう。


ヤラセの根拠
最初の「人生」というキーワードについて考える前に、決勝の最終問題の全文をもう一度おさらいするところから始めましょう。私が「ヤラセかどうかなんてどうでもいい」と思うに至った過程をまず記します。

「『ビューティフル、ビューティフル、ビューティフルライフ』の歌でお馴染み、天気予報番組『ぷちウェザー』の提供やユニークなローカルCMでも知られる、山形県を中心に四県に店舗を構えるクリーニングチェーンはなんでしょう?」

これを本庄絆は、問い読みが一言も発しないうちに早押しし、「ママ.クリーニング小野寺よ」と正解します。

状況証拠は揃っています。

①本庄絆の逆転優勝の直後、三島たちの楽屋に下っ端の男性スタッフがタクシーチケット配布に来る。彼は泣いていた。ディレクターの坂田泰彦は「スポンサー対応中」でまったく顔を見せず。

②その後、本庄絆は賞金1000万円と優勝トロフィーを返上し、坂田泰彦は、『Q-1グランプリ』を今回の第1回で終了すると発表。なぜゼロ文字押しができたかについては何の説明もなし。

③過去に、坂田泰彦がプロデューサーを務める『Qのすべて』第3回で、一言一句まったく同じ問題が出題され、他でもない本庄絆が正解していた。

④その『Qのすべて』の次の回から、本庄絆は次々とクイズ番組で優勝するようになる。

⑤最後に三島が本庄絆と再会する場面で、三島が事前に送っていたメール文面、「自分たちの人生に関係する問題が出題されていることに、本庄さんは対戦中に気づいたのではないか」に対し、本庄絆は「対戦前から予想していました」と意外なことを言うが、「なぜ対戦前から予想できたのか」その理由を一言も言わない。

以上の5点について、詳述は避けますが、どこにも「確定ポイント」はありません。ヤラセをやっていたと断定できる証拠はひとつもありません。いくらでも言い逃れができるものです。

ゼロ文字押しで勝ったら絶対に怪しまれる。わざわざ怪しまれるような勝ち方をするだろうか、という三島の疑問も納得がいきます。怪しすぎるがゆえに怪しくないという。不自然ではあるけれどヤラセを裏づける証拠は何もありません。

一言一句まったく同じ問題が過去に出題されていたと知ったときは、いくら何でもこれはヤラセだろうと思いましたが、ゼロ文字押しと同じで、わざわざ怪しまれるようなやり方をするだろうか、という疑問が頭をもたげてきます。

限りなくクロに近い。でも、「ママ.クリーニング小野寺よ」は山形ローカルな問題で、三島が正解できる可能性はゼロに近い。それならば、本庄絆はもう少し問題文を聞いてから普通に答えればよかった、という三島の疑問は正当なものです。

それに対し、本庄絆は「仮に誤答したとしても、伝説のゼロ文字押しということで話題になるから、これからユーチューブチャンネルやオンラインサロンで稼ぐための得にはなっても損にならない」と言います。確かにその通り。

本庄絆は誤答罰二回で追い詰められていましたが、誤答して失格になったところでネット民が勝手に偶像化してくれることも計算の内だったのでしょう。だから三島は「あれはビジネスだったんだ」と結論する。

ヤラセと断定できる証拠はありませんが、⑤は非常に重要だと思います。

「なぜ対戦前から自分の人生に関する問題が出題されると予想できたか」について、三島がそれ以上の追及をしないのは不自然です。なぜ三島はその理由を突っ込んで聞かないのか。この三島の不自然な対応は『君のクイズ』全体を読み解くうえで非常に重要だと思います。

上述したように、本庄絆がヤラセをやっていたか否かはどうでもいいことです。一番最後の五行を読んで、そう思いました。

頭の中に、「問題――」という声が聞こえる。
「ずばり、クイズとは何でしょう」
僕はボタンを押して「クイズとは人生である」と答える。
ピンポンという音はいつまでたっても鳴らなかったが、正解だという確信があった。百パーセントの確信だった。


「クイズとは人生である」
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三島は決勝のビデオを入手して真相を探ります。でも、1000万円を奪い返すためにやっていたはずの行動が、いつしか本庄絆という一人の男に魅せられていき、それまで以上にクイズというものの奥深さに触れ、「クイズは人生である」との解答にたどり着く。

ここが本当の「結末」です。本庄絆が本当に正解したのかどうかとか、彼がぼろい儲けを企む単なる嘘つきだったとか、それらはあくまでも主人公・三島玲央という人間を浮き彫りにするための小道具にすぎません。


「人生」という言葉
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三島玲央は、本庄絆が東日本大震災のとき、父親の転勤のため山形県にいたこと、そこの中学でひどいいじめを受けて引きこもりになっていたことを彼の弟から聞き出します。

でも、なぜか震災がきっかけとなって登校するようになり、以来、翌年に東京に戻るまで一日も休まなかったと弟は言います。そして、一年前には山形の学校のクラス会にも行ったと。いじめっ子も来るであろう同窓会に顔を出すなんて普通はありえない。

三島は推測します。「東大理三に合格し、いまやテレビタレントとしてツイッターのフォロワー数が50万人の本庄絆は、かつてのいじめっ子たちに成功した自分の姿を見せつけて復讐したかったのだろう」と。そういうごく普通の「人間ドラマ」を夢想します。三島は本庄絆の「人生」について思いをめぐらします。

しかし三島は弟から一番大事なことを聞いておきながら、それを気に留めていません。

弟が「兄はひどいいじめを受けていた」と知ったのは、本庄絆本人から直接聞いたのではなく、後年、本庄絆のインタビュー記事で読んだだけの情報だということを。つまり、弟から聞き出した情報は、本庄絆のウソだった可能性があるのに、それにはあまりに無頓着です。いや、正確には、気づいていながら無意識が締め出してしまったんだと思います。

確かに、最後に三島が本庄絆と再会して話をするとき、本庄は「山形時代にいじめに遭っていたことは事実です」と言います。しかし、それも本当か嘘かわからない。仮に本当だとしても、問題は、三島がインタビュー記事に書いてあることをあまりに簡単に信じすぎているということです。

三島はクイズに強くなるためにいろんな文献を読んで勉強してきました。そこに書いてあることを真実だと疑わずに記憶していくことがクイズ王になるための必要条件です。であるがゆえに、三島は本庄絆のインタビュー記事を鵜呑みにしたのでしょう。いや違う。彼が文献に書いてあることを鵜呑みにしていたのは、かなり前のことですよね?

クイズで得た知識をきっかけに桐島さんという女性とつきあうようになった三島は、知識としてしか知らなかった日本刀や、その他さまざまなものを実際にその目で見ます。

ショーペンハウアーの有名な『読書について』には「本を多読するのは害毒である。世界という書物を直接読まなくてはならない」みたいなことが書いてありますが、三島は桐島さんの手引きで、世界という書物を直接読むことの大切さと愉しさを学んだはずなんです。

だから、本庄絆の弟に会っていじめなどの話を聞いたとき、三島はそのような伝聞情報を疑う目をもっていはずです。では、何が三島の目を曇らせたのか。

小説の中ではまったく触れられていませんが、三島は「絆」という名前にかなり惑わされてるんじゃないでしょうか? 「絆」は東日本大震災のときに多くの日本人が連呼した言葉ですし、その年の「流行語大賞トップテン」と「今年の漢字」にも選ばれました。

本庄絆が震災を契機に登校を再開したという不可解な事実を三島玲央が掘り下げようとしないのは、「絆」という名前ゆえに、本庄絆の豹変が震災と密接な関係があるように錯覚しているからではないか。

「あの地震を経て本庄絆の中で何かが変わった。何が変わったのかはまだわからないが、とにかく本庄絆はもう一度自室から出ることに決めた。彼が山形県で経験したことは、『本庄絆』というクイズプレイヤーの人生に大きく影響を与えているはずだ」

読者も思わず「そうなんだろうな」と感じ入ってしまいますが、本庄絆は三島のその甘さを利用します。「ママ.クリーニング小野寺よ」と正解できたクイズは、いじめを受けていた山形に関する問題で、それに正解したことで「クイズが自分を肯定してくれた」と感じ、それからクイズの猛勉強を始めた、と感動的な話をします。

が、これは本庄自身がすぐばらすように、全部ウソです。ユーチューブチャンネルやオンラインサロンで稼ぐための作り話です。

三島は、本庄絆が金儲けのために平気で嘘を言う下衆だったと知ってもなお、彼が震災を契機に登校を再開したのは本当だと思っている。本当はその二つには何の関連もないかもしれないのに、関連があったと思い込んでいる。「それが本庄絆の人生なのだ」と。

この小説ではいろんなことが伏せられています。震災を境に本庄絆が登校を再開した本当の理由や、桐崎さんが同棲を解消しようと言い出した本当の理由など、わからないことだらけです。

それはやはり、『君のクイズ』が一人称で語られているからでしょう。そして三島が思い込みの激しい人間だということも影響しています。(なぜ思い込みが激しくなったかについては後述します)

一人称小説に「客観的な事実」などありません。徹頭徹尾、主人公の主観だけです。

この『君のクイズ』は、最初から最後まで三島玲央という思い込みの激しい主人公の「妄想」なのです。(つづく)

続きの記事
考察②一人称と確定ポイント
考察③『トータル・リコール』と恥ずかしいという感情




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