話題沸騰の映画『ザ・メニュー』を見てきました。

「人肉レストラン」の話だったらいやだなと思ってましたが、そんな浅薄な予想を完璧に裏切ってくれる実に楽しい映画で、こんなに「映画らしい映画」を見たのはいつ以来だろうと思うくらい久しぶりです。(以下ネタバレあります)


『ザ・メニュー』(2022、アメリカ)
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脚本:セス・リース&ウィル・トレイシー
監督:マーク・マイロッド
出演:アニャ・テイラー・ジョイ、レイフ・ファインズ、ニコラス・ホルト、ホン・チャウ、ジョン・レグイザモ


映画らしい映画
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「映画らしい映画」というのは、簡単に言ってしまえば「見世物」に徹した映画ということです。

リュミエールやメリエスなどの黎明期から映画は何よりも見世物でした。文学的なことを語れるようになったり、高尚な哲学を感じさせるようなことができるようになっても、やっぱり映画の基本は見世物。バカバカしくて荒唐無稽で、見ながら手を叩いて笑ってしまうかと思えば、ハラハラドキドキのサスペンスもたっぷり。この『ザ・メニュー』はそういう意味で素晴らしい。

よくわからないところがあったので(何でアニャ・テイラー・ジョイだけ無罪放免になったのか、とか)いくつかの考察サイトを覗いたら、へぇー、これってそういう映画だったの!? あのシーンってそういう意味があったの!? と驚きはしましたが、私にとってはほとんどどうでもいいことです。

私にとって大事なのはやはりアニャ・テイラー・ジョイですよ。そしてレイフ・ファインズですよ。


無意味に露出を増やす
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アジア系の女優が演じる不気味なウェイトレスがいるじゃないですか。あの人が序盤になぜか理由もなくアニャの上着を無理やり剥ぎ取りましたよね。何だろうと思ってたけど、何の説明もなし。単にアニャという美女を薄いドレス一枚にして、体のラインをくっきり浮かび上がらせ、同時に肌の露出を増やす。男性観客の歓心を買おうという露骨な商魂だったわけですね。それならアニャが「ここ暑い」とか言って自分で脱いだほうが自然ですけど、あの不気味なウェイトレスが無理やり剥ぎ取ったほうが映画全体のテイストにも合う、ということなんでしょう。

アニャはそこから最後まで上着を着ません。映画は見世物なんだから美女は薄い服一枚でよろしい、という「映画の原理」の高らかな勝利に舌鼓を打ちました。

キャスティングがいいですよね。美人女優なら他にもいっぱいいますが、現在の若手ハリウッド女優からアニャ・テイラー・ジョイを選んだのはベストと思われます。だって彼女、美人だけど微妙に変な顔してるでしょ。この妙ちきりんな映画によく合っています。


拳銃
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超高級レストランでふるまわれる高級フルコースの「メニュー」が何やらおかしいことになってきて、副料理長が拳銃で自殺するという「メニュー」から事態は一気にホラー色を強めるんですが、見てるこちらは「いつ何が起きるんだ」と期待しまくってたから、あの拳銃自殺には狂喜乱舞しましたね! あれぐらい起こってくれないとお金を払った価値がない。映画は見世物ですから。

そのあと、何だかんだの末に、例の不気味なウェイトレスと我らがアニャ嬢が肉弾戦を演じることになります。丸腰のアニャに対してウェイトレスはナイフをもっている。結果的にアニャがナイフを奪ってウェイトレスを刺し殺すんですが、日本の時代劇でもそうですけど、どうしても刃物が武器だと、役者間の距離が縮まらないと決着がつかないので、映画の空間がせせこましいものになるんですよね。

でも、これはアメリカ映画である。しかもさっき副料理長が自殺したときに使った拳銃があるじゃないですか。これはもう最後は一発の銃弾でケリがつく、そういう映画だろうと決めつけてしまったんですが……違った。

アニャが通報して沿岸警備隊の隊員みたいな男が来て、ジョン・レグイザモの機転でこっそり「助けて」とシグナルを送り、隊員は拳銃を抜く。やったー! これで映画はがぜん活気づくぜ! と思ったら、その隊員は仕込みでレイフ・ファインズの仲間だった。すべてはヤラセ。しかも拳銃は偽物で実はチャッカマンだった、というオチ。

私としては、拳銃は本物で、前半で嫌味連発だった3人連れを撃ち殺してほしかったですがね。あの3人は当然殺されるだろうと思ってましたが、いやまぁ、殺されたんですけど、もっと痛快にぶち殺してほしかったというのが正直なところ。それでないと「見世物」じゃない。


鬼ごっこ
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中盤で外へ出て、「男性は逃げてください。45秒後に追いかけます」というシーンで、その肝心の鬼ごっこがほとんど描かれないじゃないですか。中に残った女性陣の食事シーンとかどうでもいいから、鬼ごっこという見世物をもっと見せてほしかった。

でも、その顛末には爆笑しましたね!

最後まで捕まらなかったのは、例の3人組の一人なんですけど、小さな小屋みたいなところに隠れていたら、窓が開いて「最後まで逃げおおせたあなたに特別メニューです」とかってお菓子か何かをもらうんですが、「最後まで逃げおおせたあなた」と言いながら、なぜ居場所がわかってるんだ、と。こういうツッコミどころ満載の映画はやはり楽しい。映画ならではのバカバカしさが横溢しています。


レイフ・ファインズ
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初めてレイフ・ファインズを見たのはもう30年も前の『シンドラーのリスト』で、あのときから不気味な顔をしてると思ってましたが、この『ザ・メニュー』はこれまでで一番彼の不気味さを活かしきった映画なんじゃないでしょうか。

アニャ・テイラー・ジョイは、美貌と色気担当。レイフ・ファインズは恐怖と笑い担当。

アニャがトイレに入ってるときにレイフ・ファインズが入ってきて、「なぜ食べてくれないんだ。私の料理の何が気に入らないんだ」とほとんど涙目で尋ねるシーンも爆笑ものでした。だって女子トイレなのに何の遠慮もなく入ってくるし。

まぁそんなことを気にする余裕もないくらい自分の料理には自信があるということなんでしょう。それが嵩じて最後はアニャ以外の全員で「焼き菓子」になってしまおうということみたいですけど、あれも笑うしかないですよね。誰も逃げようとしないし。

でも、そんな狂気の塊みたいなレイフ・ファインズですが、アニャが彼の部屋に忍び込んだときに見つけたのは、若かりし頃、満面の笑顔で料理している彼の姿が載った雑誌記事で、レイフ・ファインズの昔の顔だけで彼の心の変化を見せてしまうのも「見世物」たる映画の面目躍如ですね。

何でも考察サイトによると、あの写真でレイフ・ファインズが作っているのはチーズバーガーらしく、それでアニャは最後にチーズバーガーを注文し、それで無罪放免になるんですって。ふうん。ぜんぜん気づかなかった。

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とにもかくにも、妖艶な美女と不気味な男が奏でる笑いと恐怖の見世物映画。堪能しました。




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