ちょっと最近困っています。

長年飲んできた薬に発がん性物質が多く含まれていると判明し、来年2月には終売するということで、新しい薬を処方してもらったんですが、この副作用がきついのです。

徐々に移行させたほうがいいということで、昼だけ新しい薬に替えたんですが、たったそれだけであれだけしんどいというのは、まったく合っていなかったのでしょう。


hukuhannnou
ものすごい眠気と倦怠感、頭痛に発汗、動悸、口と喉の異常な渇きなどが主な症状ですが、寝てないとどうしようもないので寝てばかり。

今日こうして日記を書けているのは、2日前に病院へ行って薬を替えてもらったからです。といっても、その新しい薬を飲んでるわけじゃありません。薬局に処方箋をもっていったら在庫がないとのことで、月曜日の昼過ぎになると。それでこの2、3日はもとの薬しか飲んでいないのです。

だからいまは憩えてますが、月曜からはまた別の薬を飲まなきゃいけないので、戦々恐々ですわ。医者は「副作用の少ない薬を」と言ってたけど、それならそれを最初から出してよ! ともう少しで口から出そうになりました。しかし調べてみるとその薬はかなり値段が高いらしいです。その代わり副作用は少ないと。うーん、そうなのか。帯に短し襷に長し。

何か運が悪いなぁと思うのは、去年と今年、長年飲んできた薬が終売になるときに主治医の先生(仮にN先生としておきましょう)が大怪我、あるいは大病になる、というタイミングのことです。


doctor

去年は、別の薬が終売になるタイミングで、N先生は交通事故で首の骨を折り、2か月休診しました。

そのときは、大慌てで近くの薬局で教えてもらった病院に行くも完全予約制でダメ、もう一度薬局に戻って別のところを教えてもらい、そっちに急行、なんて、膝の痛みを抱えながら走りましたっけ。

とはいえ、30年以上診てくれていたN先生に薬の終売を告げられても「あ、そうですか」とすんなり受け容れられますが、同じ医者とはいえその日会ったばかりの人にそう言われても「ほんとに?」と疑ってネットで調べたり。

ネットがあるから本当だと判明しましたが、ネットのない時代だったらと思うと冷や汗が出ます。

だから今回の薬の終売にも最初は「ほんとに?」と疑ったんですよね。あとで調べたらどうも本当だとわかった。

N先生のときにも薬の終売はありましたが、完全に信用しきっていたので、「あの薬はもうないけど、これがあんたにはピッタリの薬」と処方してもらうと、何も副作用なんてなかったんですよね。

でも、いまの医者は、「もし副作用が出た場合は」などと最初に言うから、どうしても身構えてしまって、で、結果的に副作用が出てしまう。おそらくN先生に同じ薬を処方してもらったら、副作用は出るだろうけど、もっと規模が小さかったように思います。

この、終売というか、薬を替えなきゃいけないタイミングでのN先生の大怪我と大病は、だから「運が悪い」ということになります。今回は胃ガンでの入院とのことらしく、もうかなりの高齢なので事実上の廃業と思われます。

信頼しきっていたN先生の廃業……これはでもちょっと前から、正確には、去年交通事故で2か月休診したときから思っていたことです。それまでは「先生のほうがずっと年上なのだから先に死ぬ確率がずっと高い」というごく当たり前のことも頭になかった。ずっと先生がいてくれるという幻想にしがみついてましたね。

それが、2か月の休診中に、「いつか先生はいなくなるんだ。何とかしなきゃ」と思ったわけです。こんなに早く廃業になるとは思わなかったけど、でも心の準備はできていた。もし去年の2か月の休診がなく、いきなり廃業となっていたら、と思うとゾッとしますね。何の心の準備もできてないときに急にいなくなるというのは。

だから、去年、2か月の休診があり、別の医者にかかる経験ができたのは、「とても運がいいこと」だと思うんですよ。禍福はあざなえる縄の如し。人生、何が幸いするかわからんもんです。

別の医者とN先生をどうしても比較してしまうという経験をしたのも、よかった。今回、N先生の廃業を受けて、去年薬局で教えてもらった病院ではなく、もっといい病院を調べてそこへ行こうかと思ったんですがね、どこの医者にかかろうと、N先生と比較してしまって、「N先生とは言うことが違う。この人、やぶ医者では?」と疑心暗鬼になるのは必定。

それなら、薬局が教えてくれたところのままでいいじゃない、と。予約制だと体調が急変しやすい私には合わないけど、その病院はそうじゃないし。

もちろん、相手は医者なので何もかもを疑うわけじゃない。効くべき言葉は傾聴するし、「ん?」と思うところはN先生の言葉を思い出して、「N先生ならどう言うか」を考える。

billywilder

かつて、エルンスト・ルビッチのもとで脚本家としてキャリアをスタートさせたビリー・ワイルダーは、ルビッチの死後、自身の監督作品の脚本作りで壁にぶち当たったら、仕事部屋にでかでかと飾ってある額縁をじっと見つめて沈思黙考したそうです。その額縁には、

「ルビッチならどうする?」

と書かれていたそうで、私も、調子が悪くなったら、「N先生ならどう言う?」と考えようと思います。

N先生といえば……

一週間ほど前に、ずっと忘れていたことを思い出しました。

N先生にかかり始めて10年ほどたった頃、「この病気はいつ治るんでしょうか?」と聞いたところ、

「少なくともあなたのお父さんが死なないかぎり治らない」

との返答。親父は当時はピンピンしてましたので、薬を飲むのはほとんど食事をするのと同じ感覚で飲んでましたね。

もう20年以上、N先生のその言葉を忘れてましたが、こないだふと思い出しまして、「もう親父はとっくに死んだんだから、もしかしてもう薬を飲む必要はないのでは?」と。

それで現在の主治医にそれを言ったときに自分でも笑ってしまったんですが、あの支配欲の異常に強かった親父がいたなんて事実がまるでウソのようというか、最初からいなかったんじゃないかという気すらするのです。それら全部を言うと……薬を替えて安定すれば、薬をまったくなくすのを前提に減らしていくことを考えてもいい、とのこと!!!

これは大きい。それなら少しくらい薬価が高くてもいいから副作用が小さければ飲みますぜ。

でもネットがあるせいで、その薬の副作用とか見ちゃったんですよね。見たらアカンともう一人の自分が言ってるのに、つい見てしまった。こんなときネットさえなければ、と思ってしまうんですよね。ネットの功罪はどちらも大きい。


ここまで2000文字以上も書いたらちょっと疲れました。逆に、昨日まで細っていた食欲も出てきました。というわけで、いまからお昼ご飯です。


oishii1_boy

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