早いもので、前回のワールドカップから4年たちます。今回はカタールでの開催ということで冬の開催ですが、いつもならヨーロッパのシーズンオフ、つまり6月から7月にかけて行われますから、いつもならもう終わっています。

それにしても、我がレアル・マドリードは前半戦の最終戦を白星で終えられてよかった。最後のほう危なかったけど。モドリッチがありえないシュートミスをしてた。よっぽど疲れてるんだろうなぁ。いままで魔法のようなプレーを何度も見せてもらってきたのでサンティアゴ・ベルナベウの観客同様、責められません。

って、そんなことは今日の本題ではなく、何と私は前回のワールドカップから日本代表の試合をただの1試合も見ていないのです。

もともとそれほど日本サッカーのファンというわけでもないし、「日本人は日本の応援をして当然」みたいな空気には積極的に反発したいタイプだし、何より、脚本家を目指していた10年以上前に『非国民』というシナリオを書いたことがあって、これはあるスポーツ嫌いの人との対話中にふと思いついたアイデアが基になってるんですよね。

「日本代表でエースナンバー10を背負う選手が、ワールドカップ直前に代表入りを辞退して非国民扱いされる物語」

ナショナリズムをサッカーを通して批判する内容でした。だからそれ以来、ワールドカップやオリンピックなどの「国別対抗戦」にはあまり興味がないのです。チャンピオンズリーグがあるならそれでいいじゃない、と。

とか言いながら、前回も前々回もその前もその前も、日本代表の試合はすべて見たし、終わったら、次の大会の予選を見たり、アジアカップを見たり、キリンチャレンジカップもときどき見てました。

それが今回はまったく、4年間でただの1回も見ていないのです。録画しようと思うものの忘れたり、せっかく予約しても試合があったことをコロッと忘れて、テレビをつけたら試合速報をやってて、結果がわかったものを見てもなぁ、と録画した映像を消去したり。

なぜでしょうか?

それはやはり、前回のロシア大会の決勝トーナメント1回戦のベルギー戦での負け方というか、負け方に対する日本国内の「ぬるすぎる対応」がとにかくいやだったからです。


AS20180703000586 (1)

あの試合、2ー2のスコアで後半アディショナルタイムを迎え、残り1分を切ったところで日本のコーナーキックでした。キッカーの本田は何とまともにゴール前に蹴り、ベルギーのGKクルトワがキャッチして味方にパス。超高速カウンターでデ・ブライネからルカクに渡り、ジ・エンド。

カペッロやベンゲルなど名将・智将と謳われた人たちが一様に批判してましたよね。「あのコーナーキックは絶対に蹴ってはならない。なぜキープして延長にもちこまなかったのか」と。

私も同じ意見でした。あそこで勝ち越し点を狙いに行くなんていくら何でも危険すぎる。

ところが……

次の日からはテレビで「あのコーナーキックを蹴るというのは正しい判断だったんですか?」との各番組キャスターの質問に対し、解説者たちは一様に「あれでよかった」というんですね。それに対して国民からも特に批判はなく、例によって「感動をありがとう」の大合唱。気持ち悪いったらありゃしない。

私が『非国民』というシナリオで撃とうとしたのはナショナリズムそのものであり、いまから思えば、ちょいと思考が硬直化してたかな、との憾みがあります。プロとしてありえないミスで負けても「感動をありがとう」という「ぬるい空気」をこそ撃つべきだった。録画を忘れたりしたのは、そういうぬるい空気に浸るのがいやで無意識に忌避していたのでしょう。

今回もそうですよね? 

まだ始まってませんが、いろんな番組で「優勝候補は?」との問いにブラジルを挙げる人が多い印象ですが、「日本の可能性はありませんか?」とかね。そりゃ出場するんだからないことはないでしょう。スポーツの世界は何が起こるかわからない。でも、スペインとドイツと同組なんですよ。それでなくともくじ運の良さでベスト16に残ったことが3回あるだけのサッカー後進国で優勝の可能性を云々する神経がわからない。まずグループリーグを突破できるかどうかでしょ!? 

ベスト8が目標とか言ってるそうですが、その前にまずベスト16に残れるかどうかじゃないの? あの強豪イタリアが2大会連続で予選落ちという厳しいヨーロッパ予選を勝ち上がった伝統国が二つも同組なんですよ。それをどう捉えているのか。

そりゃ、ヨーロッパのリーグは、ブンデスリーガなんかは今日も試合があるらしく、開幕まであと10日もないのに大丈夫なのかと思うし、レアルの選手も今日試合したばかり。疲労が溜まりまくっているだろうからスペインやドイツに勝つ可能性だってあるでしょう。しかし、ベスト8とか優勝とか、そんなことは突破してから言うこと。コスタリカにだって簡単には勝てないと思うし。3戦全敗の可能性だって充分ある。

でも、この国では「負けるかも」なんてことは「言ってはいけない」ことになってるんですよね。戦時中と何も変わらない。

それもこれも、この国には本当の意味での「批判」がないからだと思います。正確には、「批判を許容する土壌」がない。

第3戦のスペイン戦が終わるのはちょうど3週間後ですが、その頃の日本代表の結果はともかく、それに対する国民の言説、国内の空気がどうなっているでしょうか。突破が決まっても敗退しても似た空気だと予想しますがね。ボルテージが違うだけで。それじゃダメだ。


関連記事
西野ジャパン徹底批判!!!!!(なぜ1位通過を目指さなかったのか)
批判を許容しない社会について




このエントリーをはてなブックマークに追加