トリュフォーがヒッチコックへのインタビューで、「あなたの白黒映画の中で一番好きな映画」と賛辞を惜しまなかった『汚名』。何度見ても純度の高さにうっとりしてしまいます。

そして、専門学校時代の卒業製作で編集をしていたとき、監督から何度も「もっと余韻を!」と言われ、嫌気がさした私は、この映画を見るといい、と諭したことを思い出しました。


『汚名』(1946、アメリカ)
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原案:アルフレッド・ヒッチコック
脚本:ベン・ヘクト
監督:アルフレッド・ヒッチコック
出演:ケーリー・グラント、イングリッド・バーグマン、クロード・レインズ


スパイ・サスペンスの裏のラブストーリー
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父親がドイツのスパイダと容疑をかけられ有罪になり獄中で自殺する。その娘バーグマンは、ケーリー・グラントからナチスの残党クロード・レインズの情婦になって情報を仕入れてほしいともちかけられ……というスパイ映画なのですが、これは同時にラブストーリーなのです。

いや、表で語られるスパイ・サスペンスはあくまでも奥でうごめいているラブストーリーを盛り上げるためのものです。この映画はケーリー・グラントとイングリッド・バーグマンという不世出の美男美女スターの恋愛映画です。

クロード・レインズと結婚したバーグマンは、彼の屋敷のワイン貯蔵庫が怪しいとグラントに報告する。ここの二人の会話が秀逸です。

「パーティーを開くんだ。私も招待しろ。ワイン貯蔵庫を調べる」
「彼はあなたと私の仲を疑ってる。承知するかしら」
「俺の前で仲睦まじいところを見せるためだと言え。そうすれば私は絶望すると」
「その通りだわ」

この二人が本当の恋仲だと知っている観客は、バーグマンの「その通りだわ」というセリフが切なくて哀しくて、もういてもたってもいられなくなります。

完全にデキてる二人がスパイの上司と部下として冷徹きわまりない仕事に従事する。表面上は冷たく形式的だけれど、その実、内面では燃え上がるような熱情を秘めている。トリュフォーが絶賛したのもうなずけます。


「余韻を! もっと余韻を!」
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この『汚名』は、物語構成、セリフ、撮影や美術(あの階段!)など見どころがたくさんありますが、なかでも編集は特筆ものです。

ケーリー・グラントがバーグマンにクロード・レインズの情婦になれと、乗馬倶楽部で二人を急接近させたときのグラントの顔がとても印象的なんですよね。二人を近づけたことには成功したが、自分の好きな女が敵の男のものになってしまう……という複雑な表情。

その顔からオーバーラップして、夜の街で独りでコーヒーを飲んで淋しさと苦みとやるせなさを味わっているケーリー・グラントを映し出すんですが、ほんの一瞬と言っていいほどの長さで、すぐにフェイドアウトしてしまうんです。

この編集は何度見てもため息が出ます。普通は苦い思いをしているケーリー・グラントをもっと長く見せたいと思うはずなんですよね。しかも、この映画は、ヒッチコックが自分の製作会社を興す前の作品です。大プロデューサー、デビッド・O・セルズニック製作作品で、ヒッチ自ら語っているように、「他に編集のやりようがないように撮った」映画です。つまり、あの短いカットは最初からあの長さしか撮影してないんですね。驚き。

それはともかく、あの短さが絶妙なのです。短いからこそ次のシーンへ移ってもケーリー・グラントが感じている苦みと切なさが胸に迫ってくる。つまり「余韻」を味わうことができる。

専門学校での卒業製作の監督は、とにかく観客に余韻を感じさせるには「長く見せなければならない」と考えていたらしく、「もっと余韻を! もっと長く!」とばかり言うので、『汚名』を見ろと諭した次第です。

これについてはいまでも間違っていないと思うし、今回の再見でさらにその思いを強くしました。長く見せるより印象的なカットをほんの2秒ほど見せてスパンと切ったほうが余韻を感じさせられる場合もある。

もちろんその逆もあります。だから映画は難しい。


汚名(字幕版)
イングリッド・バーグマン
2020-03-06



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