『ターミネーター』を見て『ロッキー』と同じ話だと感じる人はあまりいないかもしれませんが、『ロッキー』を見て『がんばれ! ベアーズ』と同じ話だと感じる人はたくさんいるでしょう。このように、この世には似たタイプの物語がたくさんあります。

そんな「同じ構造をもつ物語」をご紹介します。

私は比較神話学とユング心理学を援用した『クリエイティヴ脚本術』という本を教科書にシナリオを書いていました。(他の教科書は松本俊夫監督の『映像の発見』と『表現の世界』、アレキサンダー・マッケンドリック監督の『映画の本当のつくり方』、そして蓮實重彦の『映画狂人 シネマ事典』)





神話を考えるうえで大事なのは、ほぼすべての神話は「英雄の旅=ヒーローズ・ジャーニー」だということです。

最初は恐れをなしていた一人の人間が、立ちはだかる門番に目を見開かされ、愛する人や助言者などの助けを受けながら、悪の中心「アンチヒーロー」と対決する。

そして、見事アンチヒーローを倒したヒーローは、愛する者と結婚するが……人がうらやむ生活を続けるうちに増長して暗黒面に堕ち、新たなアンチヒーローとして人々を苦しめる。

ヒーローとアンチヒーローは同じコインの表と裏です。同じ人間がヒーローにもなればアンチヒーローにもなる。

上昇してヒーローとして屹立し、幸福の絶頂を迎えるも、そこから堕落してアンチヒーローとして転落していく。そのような円環構造を描いた映画に『波止場』があります。


『波止場』(1954、アメリカ)
脚本:バッド・シュルバーグ
監督:エリア・カザン
出演:マーロン・ブランド、リー・J・コッブ、エヴァ・マリー・セイント、カール・マルデン、ロッド・スタイガー


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この映画で一枚のコインを成すのは、マーロン・ブランド演じる港湾労働者と、リー・J・コッブ演じる波止場を根城に悪行三昧にうつつをぬかすマフィアの親分です。リー・J・コッブは労働者に仕事を与える代わりに、自分に異を唱える人間を次々に殺していきます。そしてマーロン・ブランドの兄(リー・J・コッブの手下)も殺される。

マーロン・ブランドは何だかんだの末に、リー・J・コッブと殴り合いを演じ、重傷を負いますが、彼に勇気をもらった港湾労働者たちが蜂起してリー・J・コッブ一味を波止場から追い出し、マーロン・ブランドはヒーローとしてラストシーンを迎えます。


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大事なのはこのあとです。映画が終わっても物語は永遠に続くのです。すぐれた映画はみんなそうです。

マーロン・ブランドはおそらく恋仲だったエヴァ・マリー・セイントと結婚するでしょう。みんなから信頼の厚い親分として我が世の春を謳歌するでしょう。しかし、それがゆえに、彼もまたリー・J・コッブと同じように暗黒面に堕ち、周囲から忌み嫌われる親分に成り下がる。そして、そこへ新たな若者が現れ、マーロン・ブランドは波止場から追い出されます。

歴史は繰り返す。
ヒーローがアンチヒーローを追い出し、そのヒーローが新たなアンチヒーローとなり、新たに出現したヒーローに追い出される円環構造がこの映画の底に渦を巻いています。


三谷幸喜『王様のレストラン』(1995、フジテレビ)
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この大傑作テレビドラマも同じ円環構造をもっています。そして、『波止場』で描かれなかった「ヒーローのその後」が描かれます。

天才であるがゆえに傲慢だった親友のオーナーシェフの店をもう一度一流にするために新しいオーナーに雇われた千石さん。ヒーローとして期待された彼が、全11話の10話目で突きつけられるのは、他のみんなを見下すアンチヒーローだったという事実です。

先代オーナシェフのわがままを諫めていたときの彼は確かに「ヒーロー」だったでしょう。

しかし、月日は流れ、自分を知る人間がいない店に戻ったとき、彼はフレンチのことを何も知らない他のスタッフを見下し、簡単に人をクビにする先代オーナーシェフと同じ人間に成り下がっていたことを悟ります。ヒーローの「アンチヒーロー」への転落です。

『波止場』と違うのは、『波止場』が、一枚のコインの表と裏であるヒーローとアンチヒーローを二人の人間に分けているのに対し、『王様のレストラン』では一人の人間に集約していることですね。

『波止場』では、マーロン・ブランド的なものとリー・J・コッブ的なものが円環構造を成し、『王様のレストラン』では千石さん自身が円環構造の中をぐるぐる回る形になっています。


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スタッフのやさしい心遣いもあって、千石さん自身が新たなヒーローとして店に迎えられるところで物語は幕を閉じますが、面白いのは、数々の難題がふりかかった店に、新たな難題(得体の知れない中国人)が登場する場面が本当のラストシーンだということです。

これは別に続編を考えていたけど実現しなかったとかではなく、「このドラマはめでたしめでたしで終わってはいけない。店が営業を続けるかぎり難題は襲いかかってくるのだ」ということを示しているそうです。

三谷幸喜が神話の円環構造を知っていたかどうかは定かではありません。たぶん知らなかったと思います。知らなくても無意識に無限円環構造を描いてしまう。

すぐれた作家というものは本来そういうものでしょう。神話は人間の無意識に訴えるのです。


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波止場 (字幕版)
Eva Marie Saint
2010-10-01



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