見てきました。世間的にはまったく知られておらず、早々と打ち切られた劇場もあるらしいですが、ツイッター上では絶賛の嵐の『恋は光』。私は激怒しました。(以下ネタバレあります)


『恋は光』(2022、日本)
脚本・監督:小林啓一
出演:神尾楓珠、西野七瀬、平祐奈、馬場ふみか

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神尾楓珠が最終的に西尾七瀬とくっつくであろうことはほとんど冒頭で見当がついてしまい意外性がないとか、神尾楓珠の目に西野七瀬の恋の光が見えないのは、おそらく彼女の彼への想いが「恋」というより「愛」に近いからだろうと予想がついた(「彼が幸せならいいの。その相手が自分じゃなくても」と最初のパジャマパーティーで言ってましたからね。でも「母性」という言葉が出てくるとは思わなかった)とかはこの際どうでもいいです。

私は、脚本も兼ねている監督さんが「正直さをはき違えている」と感じました。


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登場人物はなぜあんなにまで自分の胸の内を馬鹿正直にさらけ出すんでしょうか。

平祐奈と神尾楓珠はもともとそういうキャラだからいいとしても、西野七瀬や馬場ふみかまで「好き?」と訊かれて「好き」と答えるなんてどうかと思います。

特に西野七瀬の場合は、10年もの間、神尾楓珠への恋心をひた隠しに隠して生きてきたわけでしょ? なのに、ほんの数日前に初めてちゃんと話をした女に「好きなんですか?」と訊かれて「好きだよ」なんて答えるだろうか。それまでの冒頭30分くらいの彼女のキャラとかセリフの言い回しとかが面白くて(「恋だな? 恋しちゃったんだな?」のシーンとかめちゃ面白いじゃないですか)これは西野七瀬を見てるだけで楽しめそうだと思ってたのに、あのシーンで一気に白けました。

登場人物が正直すぎるのです。好きだから好きだと言う。それっておかしくないですか?

好きだから嫌いと言ってしまうこともあるし、意地悪してしまうこともある。好きなのにどうにもならないから、「あの女は悪魔だ」と思わず陰口を叩いてしまい、その噂がまたたく間に広まってひそひそ笑われて恥をかく。そういうみっともなさが恋じゃないの? 人間なんじゃないの?

恋とは何だろうか、という疑問がテーマとして成立するのは、人間がわけのわからない生き物だからでしょう? なのに、好きだから好きとストレートに言いすぎ。人間はAIではないのだから。

世界中の脚本家が「I love you」に代わるセリフを探している、とは『踊る大捜査線』などの脚本家、君塚良一さんの言葉ですが、この『恋は光』の監督さんは少しもそれを考えてないと思う。

結論として、平祐奈は「恋とは本能と感情のせめぎ合いです」と言い、神尾楓珠は「恋は光だ」と言う。そのこと自体はいいけど、まるで彼らの言葉が作品そのものの主張みたいに描かれていて、いやいや、映画なんだからそれを言葉で言ってしまってはおしまいでは? と感じました。

でも、もっと腹が立ったのは……


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作者は作品に対して正直じゃないといけないのに、この監督さんは自分の映画に対して嘘をついていると思うのです。そこが私には許せない。

恋の光がどうとか、恋とは何かを文献から学ぶエキセントリックな女の子を登場させて語らせたりとか、そういうことなしに、自分が思う「恋とは何か」をさらすべきじゃないの? なぜこんなに狂おしいのか、なぜ好きなのにこんなに腹が立つのか、いや好きだから腹が立つんじゃないのか、え、ほんとに? などと同じところをウロウロウロウロ、いくらウロウロしても答えなんか出ないのにウロウロウロウロ……(以下一晩中続く)

自分自身が作品に対して正直にならないといけないのに、それをしない。だから理屈の言い合いに終始せざるをえない。西野七瀬以外はナマの感情がまったく感じられない。人間というわけのわからないものをありのままに描こうとしないから、結果的に登場人物がAIに見えてしまうほど正直に胸の内を吐露せざるをえないことになる。

劇場を出るとき、若い女性二人連れが「何か疲れた~~~」と言ってましたが、わかる! わかるぞ、君たちの気持ち。

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とはいえ、いいところもありました。

終盤、『初恋』と題された絵を神尾楓珠と西野七瀬が一緒に見るシーンに代表されるように、この二人は基本的に見つめ合わず、横に並んでいることが多い。

平祐奈の告白シーンでは徹底して見つめあっていた神尾楓珠が、西野七瀬とは見つめあわず、同じ絵を見つめ、同じ光景を眺めています。二人で初めて手をつなぐシーンでも並んだままで見つめあわない。(電車内で見つめあってるシーンもありましたが)

かつて脚本家の倉本聰さんが「夫婦が長続きする秘訣は?」と訊かれてこう答えていました。

「僕は同じものを見つめることだと思うんです。恋人同士のときはずっと見つめあっててもいいけど、結婚して子どもができて生活に追われて、というなかでなかなか見つめあうなんてできないでしょ。だから映画でも花火でも何でもいいんだけど、同じものを二人並んで見つめる時間をもつことが大事だと思うんです。『きれいだね』『そうね』と言って、そうやって二人は夫婦になっていくと思うんです」

神尾楓珠は西野七瀬の母性愛の虜になっているし、もう二人は精神的には「恋人」を通り越して、とっくに「夫婦」なんだと思いました。

あと、手持ちカメラが横行する昨今の映画界において、ほとんどのカットでちゃんと三脚にカメラを据えてフィックスで撮っているのも好ましかったし、『羊たちの沈黙』のパクリも悪くなかった。


「許せない映画」シリーズ
①『ダーティハリー2
②『L.A.コンフィデンシャル』
③『グレイテスト・ショーマン』
④『ゴースト・ドッグ』
⑤『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』
⑥『ダイ・ハード』
⑦『タイタニック』



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