バズ・ラーマンが新作『エルヴィス』について、公開するのは160分ほどだが、240分のバージョンもある、と発言したと聞いて、またか……と、げんなりしました。


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バズ・ラーマンは、「いろんなことを盛り込みたかったが、すべてを盛り込むことは不可能なので、キャラクターの心の変化を追いやすいようにした」と語っています。

なら、なぜロング・バージョンを作ったんですかね?

あれはもう20年以上前でしょうか。まだDVDが出始めた頃、『セブン』のDVDが出たんですが、友人がそのDVDの特典映像に「もうひとつのエンディング」とあるのを見て衝動買いしたそうです。

『エルヴィス』の4時間バージョンもそうやって、DVDの特典に入れたり、あるいは標準バージョンが大ヒットすれば劇場公開するつもりなのでしょう。

バズ・ラーマン自身はオーストラリア人ですが、『エルヴィス』はアメリカ映画。それもワーナー配給のハリウッド映画ですから、彼に最終編集権はありません。

ほぼすべてのハリウッド映画は「プロデューサーズ・カット」であり、監督のお気に入りのシーンがカットされるのは日常茶飯事。でも、昔ならネガフィルムからあらかじめデュープネガというネガの複製を作っておき、それを編集するので、新たにデュープネガを作ればそれでディレクターズ・カットを作って儲けられる。(いまならデジタルカメラで撮るほうが多数派でしょうから別バージョンを作るのはもっと簡単でしょう)

その先鞭をつけたのは『ブレードランナー最終版』なんでしょうけど、何かそういう商魂が前面に出すぎたのは鼻白んでしまう。

しかしながら、商魂以上に思い出されるのは、映画学校での卒業製作です。


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私の班が作ったアクション・コメディで、私は録音と編集を担当したんですが、台本の時点ではまったくおかしいと思わなかったのに、撮ってつないでみると明らかに不要というか、そのシーンがなぜあるのか我々スタッフはわかるけど初めて見るお客さんには理解できないものとなっていることに気づいたんですね。だから切りました。もちろん監督の同意は得ました。

すると、「なぜカットしたのか」とみんなから言われました。私は、こうこうこういう理由でカットした、と説明しました。それでも「なぜカットしたのか」という声はやみませんでした。

私は「カットしたほうが面白くなる」と言っているのに、「カットしないほうが面白い」という声はまったく上がらない。

では、なぜ同期の人間たちは「なぜ」と連呼したか。答えはひとつしかありません。

「せっかく撮ったのに、なぜ?」

ということです。

編集では鬼にならなければなりません。「面白い映画を見せたいの? それとも自分たちがどれだけ苦労したかを見せたいの?」と私は問いましたが、そう言われたら黙る彼らも、本当にカットしてよかったのかといつまでも言ってました。

だから、バズ・ラーマンも「せっかく撮ったんだから」という理由で別のロング・バージョンを作ったのではないか、と邪推してしまうのです。

そりゃ私だって早起きして撮ったシーンをカットするのに何の痛みも感じなかったわけではない。特にそのシーンしか出番のなかった役者志望の人には申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

それでも、編集では鬼にならなければならない。身内を満足させるのではなく、お客さんを満足させねばならないのだから。



映画もまた編集である――ウォルター・マーチとの対話
マイケル・オンダーチェ
みすず書房
2011-06-22


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